80-1 ピアルーン街の防衛戦
「今の揺れはなんだ?!」
「大変だ! 魔物が街に押し寄せてくるぞ!!」
「へ、兵士は?! 他に助けは来ないのか?!」
魔物が数分後には街に襲来するという知らせを受け、街の人達は闇夜で悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
教会の屋根の上からなら遠くがよく見える。魔物達がまるで呼ばれているかのように引き寄せられて、ピアルーンの街にやって来る姿が。
これは、メティスが花人形を見てしまったせいだ。
ゲームではお祭り中に花人形を見てこの事態になってしまった。だから私はそれを防ぐ為に花人形を隠すか破壊したかったのに、結局未来は変えられなかった。
「メティス! メティス!」
倒れてしまったメティスの肩を揺らしながら呼ぶけど反応は返ってこない、気絶してしまったようだ。
アリスが言っていた、この魔物の襲来はメティスの怒りと悲しみが呼び寄せたのだと。魔王であるメティスが魔物達を呼んでしまったんだ。
メティスは花人形を見て何を思ったんだろう? メティスの感情に同調した魔物がこの街を破壊する理由は何?
花人形は初代聖女を象って作られたとアルヴィンは語っていた。
初代聖女と、メティスの間には何かあるのだろうか?
「……大丈夫だよメティス、貴方を絶対に魔王と恐れられる存在になんてさせないからね」
パンッと顔を両手で叩いて気合いを入れる。
言葉通りの意味じゃない、私は別にメティスが魔王であっても構わない。けど、魔王だから街を滅ぼすのだとか、魔王だから人を殺したのだと、人々に生きて行く事を拒絶され、罪を背負うような事態にはさせたくない。
魔王である貴方にも、貴方が望む道を歩んで欲しいから。胸を張って好きなように生きられる希望は必ず残しておきたい。
「一緒に生きて行くって決めたんだから!」
立ち上がり状況を確認する、街に魔物が近づいてきてはいるものの、その数はゲームで聞いていた数程ではない。
ゲームでは山と見紛うような数の怖ろしい魔物の大群が街を襲い、数時間で街は壊滅してしまったとされていたから、ゲームの時よりも状況は悪くない。もしかしたら、メティスが完全に魔王に覚醒していない事が功を奏したのかもしれない。
「街の兵士さん達に合流して私も戦えば……倒せるだろうか」
魔物との戦闘経験値はほぼ無い、勝算がなく結果が見込めない戦いに趣くのは無謀で愚か。何かいい案があればいいのに……っ、それを示してくれそうなメティスは今は気絶しているしっ。
『ウィズ様……』
脳内に響いたのはアイビーの声! 夢じゃなくて、本物の声は久しぶりだ!
「アイビーなの?!」
『はい、私は出来るだけ見守らねばと思っていましたが……この事態は黙って見過ごすべきではないかと思いお声を掛けましたの』
アイビーにはルティシアちゃんの事や、アルヴィンと知り合いなのかなど聞きたい事が山程ある! けれど、今はそんな暇はないだろう。
『もしもあの魔物の群れに挑むつもりであれば、私の魔力を最大限お貸し致しますわ』
「本当?!」
『はい、それがどこまで力になれるかは分かりませんが、無いよりはマシかと』
「それはとっても助かるけど……メティスの事も心配で、花人形も」
アイビーの視線がメティスと花人形に移る気配を感じる。深くじっくりとそれを見ているようだ。
『メティス様の事が心配でしたら私が一時的にその身を預かり守る事が出来ますわ。花人形に関しては当初の予定通り破壊しておけば安全かと』
「そんな事が出来るの?」
『ええ、今この街の人間に魔物を呼び寄せたのがメティス様だと勘づかれると厄介かと思いますし』
「確かに……」
いくら第二王子様とはいえ、街に魔物を呼び寄せたなんてバレたらどんな目に合うか……。魔王の命を狙うというアルヴィンにも今のメティスに会わせたくないし、安全な場所で守ってもらったほうが私も安心して戦えるかも!
「じゃあアイビー、メティスの事をお願い出来る? それに、アイビーが力を貸してくれるなら私も魔物達の戦いで有利に戦えるかもしれない」
『勿論ですわ、それではメティス様をお預かり致します』
黒い煙がメティスの体の周りにぶわっと巻き起こり、メティスの体が浮き上がった。
『では、ウィズ様もお気を付けて……』
「ねえそれ、闇の大精霊の力じゃないか?」
第三者の声に驚いてアイビーは魔法を解除してしまい、メティスの体は元の場所に寝転がった。
振り向けば、こんな真夜中なのに眩しい程の金の髪の少年、アルヴィンが私の後ろに立っていた。
「あ、アルヴィン……」
「ねえ、いまそこに闇の大精霊がいる?」
「い、いないよ! 居ない!」
アイビー! 知っているかもしれないけどアルヴィンはアイビーの事も狙っているって言ってたの! 隠れて!
心の中で必死にアイビーに語りかける。アイビーはそれを察してくれたのか、先程まで繋がっていた意識が煙に巻くように消えてしまった。
折角アイビーが手伝ってくれそうだったのに~~! なんでこんなタイミング悪く現れるのかなーーっ!!
「ああ……消えちゃったか」
「だから居ないって言ったじゃない!」
「残念だ、殺しそびれたよ」
笑顔でそんな事を言う、やっぱりアイビーと会わせるには彼は危険すぎる。
「そ、それよりも、今は大変なの! 貴方こそさっきまで戦っていた帽子屋って人はどうしたの?!」
「さあ? ちょっと戦ったけど、途中で慌てて帰っていったよ。忙しいのかな?」
アルヴィンはそこでようやく倒れているメティスに気がついた。
「うん? 何故彼はそこで倒れているの?」
「うえっ?!」
アルヴィンにメティスが魔王だと気づかれるのはマズイ! この魔物襲来の事態がメティスのせいだと結びつけさせる訳にはいかないっ!
「あ、あの! メティスは心配して来てくれたみたいなんだけど!」
「うん」
「私との約束を破って付いてきちゃった事にムカっときちゃって! おしおきにお腹に気合い一発の拳を打ち込んだら気絶しちゃいました!!」
全然言い訳がでてこなかったぁーーっっ!!
まさかの私がメティスを殴って気絶させたという猛烈に怪しい言い訳しか出てこない! 苦しい! こんな言い訳で信じて貰える筈が……。
「ははっ、ウィズの拳は痛そうだからな、しょうが無いね」
信じてくれたーーっ!! よかった! アルヴィンがちょっと天然チックな人で良かった!
「そ、そういう訳なので、メティスをここに寝かせておくのも可哀想なので宿に連れていこうかなぁと!」
「じゃあ俺が手伝うね」
来ないで貴方は来ないで!! アルヴィンが近くに居るとアイビーが出てこられないんだから!
アルヴィンは無邪気なキョトン顔をしているけど、迷惑な事この上ない事をしていると気づいて欲しい。
「え? これ何事ですか?」
「アレス?!」
気がつけばアレスがメティスの隣にしゃがんでいて、メティスの頭を強めに突いている。私怨を感じる突きかただ。
「いつからそこに?!」
「アルヴィン様が屋根から屋根に飛んでいく姿が見えたので、まさかと思って追い掛けてきたらこれで」
つまり今来たばかりという事らしい。メティスのあれこれなどを見られていなくて良かった。
「こんな真夜中なのに俺はまたこの人にこき使われていた訳なんですよ、こんな夜中に。とても眠いですし疲れているので早く仕事を終わらせて休みたいんですけど、俺に仕事を与えた本人がこれじゃあねぇ」
「あ、アレス? そんなにメティスの頭を強く突かないであげてっ」
「ああ、失礼。兎に角とある情報を手に入れて来たんですが、まさかこんな事態になると思っていなかったものの、時間さえ稼げばこの街もなんとかなるという状況でしょうかね」
「時間を稼げばって……?」
その時、地上から声が聞こえた。
「ウィズちゃーーーーーんっ!!」
「えっ、ルティシアちゃん?!」
地上からは顔面蒼白になったルティシアちゃんが大きな声で叫んでいた。
「大変ですのーーーーっ!!」
「な、何が大変なの?! この魔物襲撃よりも大変な事態?!」
「お、おかっ」
「おか?」
ルティシアちゃんは半べそをかきながら叫んだ。
「お母様達がこの街に向かっているそうなんですのーーっ!!」




