76-2 怪盗マッチョメン
シアちゃんと一緒に教会の裏手に回り、どうやって侵入するか考える。
梯子を使って上まで昇ってステンドグラスに穴を開けて侵入するか、それとも厨房の窓を開けて侵入するか。
後者の方が侵入しやすいけど、ルート的に見つかりやすい。前者だと侵入は難しいけど見つかる確率は低い。
「シアちゃんは十メートル位の高さは受け身とか取って着地出来る?」
「普通に無理では?!」
「そっかぁ」
花人形の仕舞われている場所が分かるというシアちゃんと絶対一緒に行かなきゃいけないからね、危ないから待っていてねは通用しないのだ。場所だけ聞いても私は花人形を見た事がないから正確に探す事が出来ないし。
「それじゃあ、厨房の窓から侵入しちゃおうか」
試しに窓に手を掛けてみるけど、当然の如く鍵が掛かっていた。ならば仕方ないと、円柱ナイフを取りだし、それを窓にくっつけて回転させた。
円柱と同じ大きさの丸い穴がガラス窓に空いて、そこから手を入れて鍵を開ける事に成功した。
「鍵空いたよ! この窓から入ろう!」
「手慣れた動き……だと?」
先に私が窓を開けてジャンプして中へ侵入して、中の様子を確認する。
明かりも無く真っ暗で誰の気配もない……古びた一般的な教会の厨房という印象だ。
近場の椅子を窓の下に持ってきて、それに乗り、外のシアちゃんに手を伸ばす。
「シアちゃん!」
「うん!」
私の手をがっしりと掴んだシアちゃんの体を室内へ引っ張り上げる。
「ひとまずは中に入れたね」
「問題はここからね」
シアちゃんは厨房の扉から顔を出して外の様子を確認してから私を手招きした。
「左の通路にいくと神父さんの私室がありますから、右の道をいきましょう!」
「詳しいね~! それも予知夢なの?」
「そ、そうね! まずは礼拝室の裏手にある倉庫を目指しましょ!」
真っ暗な教会の中を足音を殺しながら慎重に進む。
「ウィアちゃん私ね」
「うん?」
「私の話を信じてくれた事、本当に嬉しかったの」
シアちゃんは自分の両手を合わせてくすぐったそうに笑った。
「街が滅ぶだとか、魔王だとか、そんな話誰も信じてくれないだろうと分かっていたから……でも、分かっているのと現実って違うもので、やっぱり信じてもらえないのは寂しい事だったの」
ふわりと花開く様に、シアちゃんは可憐に笑みを深め、私にありがとうと告げた。
「信じてくれる味方がいるというのは本当に心強いわね!」
「そう、だね! うん分かるよ」
私もシアちゃんと同じ状況の時に、メティスが全く疑いもせずに私の話を信じてくれた時は凄く嬉しかったもん。
信じる事は勇気も必要だけど、信じて貰える事は前に進む元気を貰えるよね。
「よろしければこれからも仲良くして欲しいわ!」
「うん! 私達もう友達だもんね!」
「と、友達……!」
シアちゃんはぽぽぽっと嬉しそうに顔を赤らめてから、へにゃりと笑った。
「ちゃんとした女の子の友達は初めてだわぁっ、嬉しい~!」
「あっ、私もそうかも! 男の子の親友ならいるんだけどね」
ゼノっていうんですけどね、はい、私が親友になりたいだけでまだ片想いなんですけど、将来親友になるという事で言っちゃっていいだろう。
「あと、そのぉ」
「うん?」
「この事件が解決したら少しお時間くださる? 私の事情というか……隠している事をですね、ウィアちゃんには私の口から伝えたいのよ……アレスさんにはバレてしまったから」
「うん? 勿論だよ」
アレスにバレた? という事は、やっぱり知り合いだったのかな? 一緒にダンスも踊っていたし、あれだけ至近距離なら気づく事があったんだろうね。
シアちゃんが教えてくれるというなら、シアちゃんから聞くのを待つ事にしようっと。
「あ! ここだわ!」
しばらくして、シアちゃんが奥まった先を指さした。二人で頷いて、静かに扉を開けて中へ入った。
「普通の倉庫だね……」
「女神像の横に階段があるでしょう? そこから地下へ進めるの。
そこに花人形が置かれている場所があるわ」
「教会の地下……」
目的としては、メティスの逆鱗に触れてしまうその花人形を持ち出して、どこかへ隠す事。
この街も無事で済むし、メティスの魔王覚醒も防げるので、それで丸く収まる筈。
「シアちゃん、花人形ってどういう物なのかな? どんなお人形?」
「それが私もよく分からないの、描写では名前しか出なかったから」
「そっか……とにかく、行ってみるしかなさそうだね」
私が先導して前を歩いて階段を降りていく。
真っ暗な中、手探りで壁を伝いながらゆっくり、ゆっくりと……暗闇へと堕ちていく。
「また扉だ」
「きっとその先が花人形が置かれている部屋だわ!」
「うん! 急いで花人形を盗んでここから退散しよう!」
明日になればお祭りで花人形が公開されてしまうだろう、それを大切にしている方々には申し訳ないけど、メティスや街を守る為だ。もうチャンスは今夜しかない!
ドアノブを押して部屋の中へと入る──。
するとその先は、不思議な空間が広がっていた。
壁も天井も青いペンキで塗られていて、床にはぎっしりと四つ葉のクローバーが敷き詰められていた。
地下の筈なのに天井からは光が降り注ぎ、室内だというのにまるで外にいるかのような錯覚に陥る。
そして、部屋の中央には人一人分のガラスの棺が置かれていた。
「ここ、なに……?」
「わからないわ……でも、なんだか気分が悪い」
シアちゃんは口元を押さえて本当に具合が悪そうに青ざめている。
気味の悪い空間ではない、けれど作り物の世界という感じが歪さを感じてしまうのだ。
そして、そのガラスの棺の横に誰かが座っている事に気がつく。
棺に全身を預けてもたれ掛かり、瞳を閉じている。
それは眠っているというよりも、それに想いを馳せているかのようで、動きも無く静かだというのに何故か激しく心を揺さぶられる光景だった。
何故思わず駆け寄って、触れてあげたいという感情が沸き上がるのだろう……彼の事はあまり知らない筈なのに。
「アルヴィン……?」
名前を呼ぶと、アルヴィンはゆっくりと目を開けた。
「驚いた、ここに来るとは思わなかった」
立ち上がり、私達を交互に見つめた。
「今までは、一度もここに辿り付けた事が無かったのに」
アルヴィンは私とシアちゃんの両方に話しかけているようだった。
「シアちゃん……アルヴィンの事を知ってるの?」
「ええと、名前だけは知っているけど、直接知り合いではないかと」
「二人とも会ってるよ」
シアちゃんは「え」と呆けた声を漏らした。
「ウィズは教会で、ルティシアは森で」
「ルティシアって?」
「ウィズ?」
私とシアちゃんが交互に首を傾げる……あれ? もしかして、お互い本名を隠してた? シアちゃんが話したいと言っていた話ってこれなのかな?
「それにしても、二人でここに来てくれるのは俺にとって都合がいいな」
アルヴィンはガラスの棺を指でなぞる。
「これを見にきたんだよな?」
「見に来たというか……そう! 私はそれを盗みにきたんだよ!」
もう見つかってしまったんだから正直に言ってしまえ! と堂々と叫ぶと、アルヴィンは目を丸くした。
「盗むって、これが欲しいって事か?」
「とある事情があってね! それを盗んで隠させてもらうよ! この怪盗マッチョメンと! 怪盗上腕二頭筋の二人がね!」
「待って?! 怪盗上腕二頭筋って私の事じゃないわよね?!」
「シアちゃんにも超かっこいい怪盗の名前を用意しておいたんだよ!」
「普通に嫌だよ?!」
もう~~! そんなに照れなくてもいいのに! かっこいいよね上腕二頭筋!! 世界のどこを探してもこんなにかっこいい名前の怪盗はいないよ!
アルヴィンは少し考えてから噴き出すように笑った。
「あははっ、面白いネーミングセンス! ウィズはやっぱり筋肉が好きなんだ、前にも言ってたもんな」
「筋肉があれば全て解決できる!」
うんうんと頷いて、アルヴィンはシアちゃんも見つめた。
「ルティシアは同じ英雄の子ども達にちょっとコンプレックスを持っているって言ってたよな、自分の力の弱さを嘆いてた」
「なっなんでそれを知っているの?!」
「前に話してくれただろ?」
アルヴィンは考えるように顎に手をあてて唸る。
「自分を無力だと嘆いて、力が欲しいという姿は二人とも似ている……共通点が多すぎて二人のどちらなのか、俺でも分からない……いや分からなくさせられているのか」
「なんの話?」
アルヴィンは目を細めた。
「ここに辿り付けた事を暁光と思おう、今なら教えてあげるよ」
棺の中を眺め、再び私達を見た。
「ここにある人形は、謂わば君達どちらかの抜け殻だ」




