74-2 ピアルーンの伝説
通りの方で男の人の怒鳴り声が聞こえてきて、驚いてそちらへと振り向いた。
あれ……? さっき露店にいた女の子、確か名前をシアちゃんといっていた子が、腕を掴まれている?
「駄目だよ君! 旦那もいないのにお祭りに入ってきちゃ!」
「そこをなんとか許してください~っ! この街の平穏がかかっているんです!」
「何を訳の分からない事を言っているんだ! まったくどこから侵入したんだか、帰った帰った!」
「ひぃんっ!」
どうやらシアちゃんはお相手もいないのにこのお祭りにこっそりと侵入してしまったようだ、そういえば花冠をつけていないもんね。
シアちゃんは係員の人の背中に担がれて、街の外へと連れて行かれそうになっている、お祭りを楽しみたくて入って来ちゃったのかな?
「はいおまたせウィア、飲み物はこれでいいかな?」
「あ! メル、おかえり……」
私の顔を覗き込んで、アイスコーヒーを差し出しながらやんわりと微笑む水色の髪の男の人。
「えーと、あなた誰?」
「君のメルだよ、どうしてそんな事を言うのかな?」
「メルの笑顔はもっと優しいよ、それにアイスコーヒーを私に買ってきてくれる事はないよ」
メルに瓜二つの人は、ぱちくりと瞬きをして、メティスでは絶対出来ないような大笑いをした。
「あっははは! 一瞬にして見抜かれてしまうとは、結構似ていた自信があったんだけどね」
「もしかして……アレス?」
「正解ですレディ」
アレスが指を弾くとメティスの変身は花びらと共に解けてしまった。いつもの姿に戻ったアレスの頭の上には真っ赤なダリアの花冠が乗せられていた。
「メルに変身して入ってきたの?」
「いいや、一人でも出入り自由だから係員の姿を真似て入ったんだよ。因みに今花冠をかぶっているのはカモフラージュさ、設定では俺の花嫁は迷子中」
「なるほど~」
「それにしても、メル様の姿でからかって、メル様が焦る姿を見てみたかったのに、いやこれはこれで面白い物が見れたけど、あはは」
アレスは腕を組みながらカラカラと笑っている。ぱっと見は似ているけど、近くでみたら違いはしっかりと出るから分かりやすいと思うんだけどなぁ。
「それで? 何を見ていたの?」
「あ、さっき知り合った女の子がね、一人でお祭りに来ちゃったみたいで係員の人に見つかって追い出されそうになってるの」
「ああ、あれか」
じたばたと暴れながらも、連れて行かれるシアちゃんの姿を見つめ、アレスは「ん?」と首を傾げた。
「あの子……どこかで会った事があるような」
「知り合いなの?」
「いや、あんな可愛らしいレディなら一度見たら忘れない筈だけど、おかしいな」
けど、知り合いではないとも言い切れないようで、アレスは訝しげに眺め続けている。
うーん、アレスも気にしてるし助けてあげたいけど、お祭りの規則を破ってまで助けてしまうと、お忍びできている私達が悪目立ちしちゃって、メティスに迷惑掛けちゃうからなぁ……どうしようかな。
参ったねと唸っていた時、シアちゃんが大きな声で叫んだ。
「せめて魔王の逆鱗のあれだけでも破壊させてくださいなーーっ!!」
え……いま、なんて? ま、魔王の逆鱗って言った?
耳を疑ったけど、でもはっきりと言ってた、魔王の逆鱗って! ゲームでメティスがこの街を破壊した何かをシアちゃんは知っているの?
「……アレス」
「はい、レディ」
「シアちゃんと結婚してくれる?!」
ぶはっとアレスは驚きのあまり噴き出した。
「シアちゃんから色々とお話聞きたいの! だから助ける為にシアちゃんと仮の結婚をしてほしいの!」
「な、なるほどそういう事、とんでもない命令が来たのかと思ったけど」
アレスは咳払いをしてから、花の魔法で自分と同じダリアの花冠を作り出した。
「美しいレディを救えという命令なら喜んで受けましょう」
アレスは足早に係員とシアちゃんの元へ近づくと、息を切らした演技をした。
「探したよ!」
「へ?」
「待っていてとお願いしたのに君という子は、ほら無くしたと騒いでいた花冠も見つけたよ」
係員は肩に担ぐシアちゃんとアレスを交互に見た。
「なんだ、旦那とはぐれただけったのか?」
「え、ええと」
「そうなんです! 勘違いさせるような事をしてすみません、ほら戻ってこい」
アレスの手招きにシアちゃんは困惑していたけど、頷いて係員の肩から降ろされた。そして、アレスはシアちゃんの頭の上にダリアの花冠を乗せた。
「友達も待っているから、戻ろう」
「え、ええ……」
「君達! もう紛らわしいマネはしないようにね! 花冠を無くしてもまた買えるんだから」
「はいすみませんでした、行こう」
アレスに手を引かれてシアちゃんは何が何だか分からないという顔のまま、私の前まで連れて来られた。
「あら、貴女さっきの!」
「また会えたねシアちゃん! あのね、困っていたみたいだから友達にシアちゃんを助けてあげてって頼んだんだよ」
「まあ、そうだったのね、でもこの方のお相手は?」
「いないの、シアちゃんと同じく一人で侵入してきちゃってて。だからもしよければ、お祭りの間はこのアレスとペアを組むのはどうかな?」
「それは助かるわ! どなたか存じませんがよろしくお願いしま……」
シアちゃんが改めてアレスと顔を見合わせた瞬間、びゃっと跳び上がって、即座に自分のおさげを口元にくっつけてお髭を作った。
「し、シアちゃん……?」
「なななななにかしら?!」
「何をしてるの?」
「私……一日に数時間自分の髪で髭を作らないといけない宗教に入っているの!」
「髭の宗教?!」
「髭を作らないと死んでしまうの!!」
「髭を作らないと死んじゃうの?!」
どんな宗教なの?! 危ない宗教なんじゃない大丈夫?!
で、でも人にはそれぞれあるもんね……うん、受け入れなくては、世界は広いのだ。
とりあえず一緒に座って休もうと勧めると、シアちゃんはしぶしぶと私の隣に座った。アレスもシアちゃんの正面の席に座って、またしてもシアちゃんをじーっと見つめている。
「もしかして知り合いだったりする?」
「シラナイヨ!!」
「そっかぁ」
知り合いじゃないらしい、まあ本当に知り合いだったら正体を隠す必要なんてないもんね。
それよりも! 私はシアちゃんのさっきの発言が気になっているのだ。シアちゃんは確かに魔王の逆鱗と口にしていた、何故魔王がこの街を襲うという事を知っているのか、そして逆鱗とはなんなのかを教えてもらいたい! 勿論その魔王のメティスが来ている事を秘密にしながらだ。
「あのね、さっきシアちゃんが叫んでいた声が聞こえたの、魔王の逆鱗を破壊させてほしいって、あれはどういう意味だったの?」
シアちゃんの目が泳ぐ、思わず叫んでしまった言葉だったのかな? あまり聞かれたくなかったみたいだ。
「そ、それはぁ……その、じ、じつは私夢をみましたの!!」
「夢?」
「はい! 私の夢はよく当たるの! そりゃもう365日中364回は的中するレベルなのよ!」
「めちゃくちゃ当たるんだね?!」
それってつまり予知夢なのでは?! 驚きの的中率だ……それならいくら夢だとしても馬鹿にする事は出来ないね?!
「お二人の会話にツッコミをいれたいけど、面白いから俺は見守る事にするよ」
アレスは頬杖をついて、続けてと促してくる。
そうだね! 今重要な話をしているからね! このまま続けます!
「その夢で見たのよ……銀髪に青目の魔王がピアルーンに光臨して、街を破壊してしまう光景を。因みに外見だけでしたら天使と見紛うような美少年です、ええ! 見た目だけなら!! お腹は真っ黒ですけど!」
「なんという事でしょうっ」
思いっきりメティスだ、メティスの容姿とどんぴしゃだ! 腹黒だと言う所もその通りだ凄いね!!
シアちゃんの夢は恐らく当たっている、だってその容姿を持ち合わせた魔王様が実際にこの街に降臨しているのだから! 変装はしているけれど!
「し、シアちゃん! その夢で魔王様はなんで街を破壊してしまったのか分かる?!」
「わかります!!」
シアちゃんは力強く頷いた。
「この街の伝説となっている少女をモチーフにした【花人形】を一目でも見てしまうと魔王の逆鱗に触れてしまうの!」
伝説の少女の花人形?
さっき露天のおじさんから聞いた伝説の事だろうか?
「聖光誕祭の締めに必ず見る事になるからね、それ」
アレスが街の中央を指さすと、そこには小さな教会が建っていた。
それに見覚えがあって、ぞくりと背筋が凍り付く。
あの教会は……ゲームで、メティスが街を破壊したあとで高笑いをしていた教会だったのだ。
「あの教会に伝説で語られている少女の花人形が厳重に保管されてる、それが人々の前に出てくるのはこの祭りの最終日の締めの時だけ」
「じゃ、じゃあ今は街のどこにもないんだね?!」
「ないさ、そんな簡単に出していいものじゃないようだし」
アレスさんの言葉にシアちゃんも頷く。
「少女の花人形は聖光誕祭の最終日に仮夫婦達だけが見る事を許される聖なる人形なの、だから普段は決して見る事は出来ないわ」
じゃあ、今はメティスの目に触れる事もなくて一先ず安心という事だ。
でも、そうなるとやはり不思議に思う、メティスは何故その花人形をみて街を破壊してしまったんだろう? 今の所、聖光誕祭自体はメティスも特に気にしていないのに。
「それが私の見た夢の話……」
「ありがとうシアちゃん、すごく助かったよ」
お陰でメティスの逆鱗に触れさせない方法が分かった、誰かが故意的にメティスに害を与えてメティスが怒って街を破壊するなどの理由だったら私が守ろうと思っていたけど、物を見て逆鱗に触れてしまうというのなら、それをメティスの目に触れさせないのが一番だね。聖光誕祭の最終日前に街から出てしまうのが一番よさそうだ。幸いにも、その花人形は聖光誕祭の最終日以外にはお目見えする事がないというし。
「ウィアちゃん?」
シアちゃんに呼びかけられ、何かなと首を傾げた。
「凄く真剣に聞いてくれたけど、私の話信じてくれたの?」
「勿論だよ、大切なお話を教えてくれてありがとう!」
シアちゃんは驚いてから、花が開くように可憐に嬉しそうに笑った。
普通なら信じられない話なのかもしれない、でも私は生前どきるんをプレイしていて、色々と知識があるからシアちゃんの話の信憑性を信じられる。
そういえばアレスもずっと聞いていたけど……どこまで信用したかな?
「アレスは今の話を聞いてどう思ったの?」
「あはは、睡眠の質を上げる為に寝る前にコップ一杯の水を飲むことをオススメするよレディ」
「もう! 私の話を信じていないわね!」
シアちゃんが拳をぶんぶんと振りながら怒っている、可愛い。
アレスは今の話を子どもの作り話とでも思って信じていないみたい、ううん? でも信じていないんだろうけど、妙に落ち着いて聞いていたのはなんでだろう?
キャラクター紹介3にアレスのイラストを追加しました。




