72-1 魔王様の剣
何か大切な事を忘れている気がするなぁと思いながらも、ドドブル鉱山での事件を解決した次の日。
ドワーフの一部の人には珍獣を見るような目で恐れられ、また一部の人には何故か頬を染めながら見送られて私とメティスは一足先に帰る為にドワーフの里を後にした。
こんな感じでドワーフの皆さんには警戒されているから、とても剣を作って下さいとは言える雰囲気ではなかった……残念です。
因みにエランド兄様はロタの剣がまだ完成していない為、ドワーフの里に残る事となった。剣ができ次第、火の大精霊と契約した事を報告しに王城へ戻るのだという。
メティスが事前に呼んでいた馬車二台。前方の馬車にはアレスとライアン様が、後方の馬車には私とメティスとポセイドンが乗っていた。
私達の方は婚前まえの男女が二人で乗ってはいけないとかでポセイドンが建前上一緒に乗ったのですが、馬車の扉が閉められた瞬間メティスが「わかるよねポセイドン、その鎧だけ置いて本体の君は邪魔だから出て行って」と笑顔でポセイドンを閉め出してしまった、相変わらず容赦がない。
鎧(ポセイドンの憑依なし)があるから、他の人は私達と護衛が一人馬車に乗っているように感じるんだろうなぁ。
「これから帰るのにどれぐらい掛かるのかな?」
「そうだね、王族の特権でワープホールを使えば半日位で屋敷に帰れたんだろうけど……」
向かいに座るメティスは輝く笑顔を私に向けた。
「そのワープホールが【何故か】壊れているようだから、このまま馬車で向かったら帰る迄に一ヶ月はかかるかもね」
「一ヶ月もぉ?!」
「残念だね、まさかこんなタイミングで、偶然、ワープホールが壊れているなんてね」
ニコニコと凄く嬉しそうに笑っているメティス……全然残念そうじゃない。
「だから一ヶ月はずっと一緒だねウィズ」
「ひぇえ……一ヶ月も帰れないんだね……」
メティスは片眉を上げて唸る。
「一ヶ月僕と二人きりは嫌?」
「メティスと一緒は嬉しいよ?」
「うん、僕もすごく嬉しい」
けど正確には二人きりではないからね、馬車は別だけどアレスさんもライアン様もいるし、今頃上空では半泣きのポセイドンも居るはずだ。
「あ! ポセイドンに頼んで乗せて貰ったら早く着くんじゃないかな?」
「でもねウィズ、ポセイドンは契約者の僕と、絆の盟約の婚約者である君を乗せるのはいいだろうけど、他二人を乗せる訳にはいかないんだよ、アレでも水の大精霊だからね、敬意を示さなくてはね」
「け、敬意かぁ」
メティスの口から初めて聞いたよ、ポセイドンに敬意だなんて。
「僕としても大切な臣下の二人を置いて先に帰ってしまうだなんて心苦しくてね」
何故だろう……メティスの申し訳ないという顔がものすごく嘘くさく感じてしまっているのは。
「だからポセイドンには乗れないから、馬車で一ヶ月かけてゆっくり帰ろうねウィズ」
パァッと輝く笑顔を向けてくる、しばらく会えなかったから私もしばらく一緒にいられるのは嬉しいんだけど……ほら、脳裏に怒りに任せて屋敷を凍らせてしまったパパの姿がちらつく訳ですよ……前に一度やっている訳ですから。
「あ、敬わなくちゃいけないんなら、やっぱりポセイドンにも馬車に乗ってもらったらどうかな? ずっと飛んで付いてくるなんて疲れない?」
「水の大精霊なんだからそれ位で疲れられちゃ困るよ、飛ばせておけば良いんだよ邪魔だから」
「敬意は?!」
メティスは「まあまあ」と笑い、自分の隣に座っている鎧を指さした。
「この鎧、馬車が揺れるとガチャガチャと五月蠅いから椅子に寝かせておいて、僕はウィズの隣に座ってもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ふふっ」
言葉の通り鎧を椅子に横たわらせ、メティスは私の隣に座った。
肩と肩がぴったりとくっつく位に近くに座り、至近距離で私の顔を覗き見た。
「あのね、ウィズがここに来る前にポジェライト邸に会いに行っていたんだ」
「私に?! 王都から遠いのに会いに来てくれていたの? あっ、そういえばメティスがなんでここにいるのかも詳しく聞けてないね?!」
「君が屋敷にいなくて追い掛けて来たんだよ、それでね、屋敷に行ったのには君に渡したい物があったからなんだ」
「渡したいもの?」
メティスは頷いて、手のひらサイズの高級そうな赤い箱を取りだした。
「本当は原石だけを先にあげて、後程加工を施そうと思っていたんだけど、丁度良くドワーフの里に入れたからね、昨晩から徹夜でお願いして作って貰ったんだ」
「ううん?」
原石? 作ってもらった? なんだろう?
どういう事か分からず瞬いていると、メティスは楽しげに微笑んだ。
「君に喜んで貰えるといいんだけど」
まるで婚約指輪を見せるように、赤い箱をパカッと開けてその中身を見せてくれた。
「わぁ……! 黒い剣のペンダント?」
箱の中には小さな黒い剣のペンダントが入っていた。全体が黒く、縦一線に銀色の模様が描かれている。装飾には赤い宝石が埋め込まれていてとても綺麗。
「とある魔石を元にドワーフに作って貰ったんだ。ちょっとした守護の魔法と、まじないが掛けてあるよ」
「おまじないって?」
「これはただのペンダントじゃなくてね、これに魔力を込めると……」
メティスが試しにとペンダントに魔力を込めるとペンダントは脈を打ち、一瞬にして大剣に姿を変えた。
「すごぉいっ?! 大剣だ!! ぶんぶん振り回すかっこいい剣だ!!」
私が興奮気味に食いつくとメティスは安心したと笑う。
「喜んでもらえて良かった、君は前から大きな剣を操りたいと言っていたからね、普通の大剣じゃ重くて扱いづらいし君が武器として使うのは無理だと思って、特別加工した物を作って貰ったんだよ」
そうなの! こういう大ぶりの剣が欲しかったんだよーーっ!! 力でどかんどかん戦えるかっこいいやつ!!
「ほら持ってみて、重くないから」
「ほ、本当だ! すっごく軽い! おにぎり一個分位しか重さないね?!」
「オニギリってなに?」
目を輝かせながら大剣を手に持ったままクルクルと回して色々な角度で見る。
「この剣ってドワーフのひとに作って貰ったんだよね?! こんなに早く出来る物なの?!」
「鍛治師として有名なドワーフを五人程集めてね、彼らが満足いく位の【気持ち】をあげたら喜んで大急ぎで作ってくれたよ」
「そうなんだーーっ!!」
気持ちで作ってくれるなんてドワーフのみんなはなんていい人なんでしょう!?
「あと、半日で鉄を打って冷やすために大量の水が必要だからね、そこはライアンに頑張ってもらったよ」
「ら、ライアン様も?!」
「うん、だって彼はこの為だけにここに連れてきたからね」
ライアン様公爵様なんだよね……? そんな下働きでこき使って良いのかな……?
「あと僕の魔力も込めてあるからね」
「メティスの?」
「うん、僕の」
メティスは大剣に埋め込まれた宝石部分を指で突いた。
「本当は君のイメージだったら白い塗装の剣に青い石をはめ込んだものを作っても良かったんだけど、君には僕の心を持っていて欲しかったから」
瞳を緩ませ、メティスは自分の胸に手を当てた。
「ほら、魔王みたいな色みたいじゃない?」
「あ」
本当だ、黒に銀色、赤い宝石ときたらこれは魔王様の色にそっくりだ。
銀の髪に赤い瞳、身に纏う魔力は膨大が故に黒く歪む。
超かっこいい魔王様の色だ。
「ありがとうメティス! すっごく素敵! 一生大切にするね!」
「魔王の色だよ?」
「うん! かっこいいね!」
「不気味じゃない?」
「かっこよくて大好きだよ! えへへ~お屋敷に帰ったらパパやハイドやみんなに自慢するね!」
「……うん」
メティスは少し驚いた表情をしてから、心底嬉しそうに微笑んだ。
そして、私の肩にぽすんと頭を乗せてくる。
「ありがとうウィズ」
「え? 貰ったのは私なのになんでメティスがお礼を言うの?」
「どんな僕でも受け入れてくれるから……いつも僕の心を救ってくれるから」
メティスがくっついてくるので、大剣の刃が当たらないか心配で、試しにもう一度魔力を込めてみたら大剣はペンダントのサイズに戻った。
なるほど、魔力を込めると大きくなったり小さくなったりと変化出来るみたいだね。こんな剣見た事もないから、とても貴重なものを頂いてしまったんだね。
「でもメティス、私誕生日でもないのにこんな素敵なプレゼント貰っちゃって良いの?」
「いいんだよ、それは僕の勝手な意地みたいなものだから」
「意地って?」
「君は今でも兄上に貰った竜の赤いぬいぐるみを大切にしているから……」
私に寄り添い、腕をぎゅっと掴んできた。
「僕も君が心から喜んでずっと傍においてくれるようなプレゼントがしたかったんだよ」
私が今でもエランド兄様に貰った竜のぬいぐるみ(ゴンザレス)を寝室において、一緒に寝るくらい気に入っている事をメティスは気にしていていたようだ。
ヤキモチを、妬いていたのかな?
なんだか胸がふわわんとした、なんだかこう……他の猫を撫でていたら自分に懐いている猫ちゃんが一定の距離からじーっと悲しげな目で見られていた事に気がついた気持ちと一緒というか。こう……申し訳ないんだけど、可愛いというか、こう堪らんと言う感じ。
「ねえウィズ、プレゼントをしたからって訳じゃないんだけど、一つお願いを聞いてくれないかな?」
「へ? お願いって?」
こてんを首を傾けたメティスが上目遣いで視線を合わせてきた。
「君に、甘えてもいい?」
だめだ可愛すぎる。
前から思っていたけど、メティスは私が可愛いものに弱いと分かっていて、日に日にあざとくなってきているよね?!




