70-1 太古の壁画
『ギャウ~』
獣の鳴き声に私だけでなく、メティスもエランド様もその鳴き声に反応した。
こんな場所に獣なんていただろうか?
視線の先には、地面にぐったりと倒れ込んでいる小さな赤毛の獅子がいた。それに、全身びしょ濡れだ。
「え……もしかしてこの子、火の大精霊様なんじゃっ?!」
「ああ、流石に数回直撃しただけじゃ消滅しないよね。ちょっと待っててねウィズ、すぐにやってくるから」
「何をしようっていうのメティス?!」
笑顔で倒れている火の大精霊の元へ行こうとしたメティスの腰に抱きついて止める!! 魔法属性の相性と、メティスの魔力の高さと、ついでに魔王というステータスを総じて考えてみても、このままじゃ本気で火の大精霊様が危ない!!
火の大精霊様はどうしたことか、元の三つ首の巨大な獅子の姿ではなくなっており、首も一つでライオン位の大きさになってしまっている。毛並みは赤く、鬣は炎で出来ていてユラユラと力なく揺れている。どうみても、メティスの攻撃のせいで弱ってしまっている。
「メティス!! 誰も殺しちゃ駄目って言ったよね?!」
「君の望みだからとりあえず人間は殺さないよ? でも精霊ならいいよね?」
「よくないよね?!」
「でもコイツを生かしておいたら、またウィズとの絆の盟約を破棄させようとしてくるよ、やられるまえに殺っとこう?」
「物騒な発音で言わないでぇええええっ!!」
煌めく笑顔で怖ろしい事を言うメティスを必死に止める!! もう絶対にメティスの腰から離れない! なんて細い腰でしょうっ!! 普段何を食べているんですか心配です!!
「その獅子は精霊なのか?」
「えっ?!」
エランド様の声に驚く。エランド様は火の大精霊様が見えていない筈じゃないの?!
エランド様は不思議そうに火の大精霊に近づくと、しゃがんで頭に手を伸ばした。
「触れるな、幻覚ではないようだ」
『ゴロゴロゴロ……』
「喉鳴らしてる……」
エランド様に頭を撫でられた火の大精霊は目は閉じているものの、嬉しそうに喉を鳴らしている。もしかしたら、気絶したフリをしてメティスをやり過ごそうとしているのかもしれないけど、喉を鳴らしてしまってはそれもバレバレだ。
「エランド様、火の大精霊様が見えるの? さっきまでは全然見えていなかったのに」
「見えるな、突然この場に現れたかのように感じるが……」
「ああ、じゃあ本当に堕ちてしまったかもしれないね」
メティスがなる程と一人納得している。どういう事? と首を傾げるとメティスは笑顔で説明してくれた。
「僕に殺されかけて力を霧散させられたせいで、大精霊の魔力値から中位精霊レベルの魔力にまで堕ちてしまったんじゃないかな?」
「ええっ?! そんなことあり得るの?!」
「どうやら大精霊という生き物は各属性に一人しかいないようでね、例えばポセイドンは水の大精霊だけど彼も魔力を霧散させられれば魔力が枯渇して中位精霊レベルに堕ちてしまう。
けれど、水の大精霊はポセイドン以外はなれないんだ、ポセイドンがまた力を蓄えて大精霊に戻るまで、その空きは他の精霊では埋められない。
大精霊は誕生した時からその者ただ一人と決まっているから……と、ポセイドンから聞いた事があるよ」
「つまり、力が強いから大精霊になっている訳じゃなくて、ポセイドンだから水の大精霊だという事?」
「大妖精の代わりは誰もいないって事みたいだね」
そして、メティスは怪しげな笑みを浮かべて火の大精霊を見た。
「魔力がかなり枯渇したせいで兄上にも見えるようになったんだろう、あの人も中位精霊は見える程に強い魔力はある筈だからね。
でも、生きている限りまた魔力が回復すれば大精霊の姿にも戻るだろうから今のうちに殺っとこうか」
「そうやってすぐに破壊行動にでちゃだめ!!」
腰にくっついた私を引き摺りながらでも火の大精霊の元へ行こうとするメティスを必死に地面を踏みしめて行かせまいと頑張る!!
「落ち着いてメティス! ほら! ゲームでもね! エランド様は火の大精霊を連れていたみたいだからここで倒しちゃったら未来がどう変わるか分からなくなっちゃうでしょ!!」
「え?」
メティスはピタリと動きを止めて、私に振り向いて小さな声で話しかけてきた。
「それはおかしくないかな」
「へ、なにが?」
「だって、兄上は大精霊と契約出来る程の魔力はない筈なのに、何故げーむでは火の大精霊と契約出来ていたの? 普通に考えても不可能なのに」
「あ……確かに」
あまり深く考えていなかったから気がつかなかった。確かに、エランド様はどうして火の大精霊と契約する事が出来たんだろう? しかも、その姿も今の弱っている炎の獅子ではなく、全身に炎を纏っている美しい炎の化身の女性の姿だった。
ゲームが未来の話であるのなら、過去の今の時間で何か特別な事件でもあったという事だろうか?
「弱っているな……火属性だというのなら、俺の魔力も少しは役にたつか」
エランド様は火の大精霊様の頭を撫でながら自分の魔力を分け与えてあげた。
エランド様はやっぱり優しいな……! 突然見える様になった自分ストーカー相手に心配して魔力を分け与えてあげるだなんてっ。
対してメティスはその行為を見ながらあからさまに不服そうに顔を歪めている。お願いだから見逃してあげてほしい。
エランド様の魔力のお陰なのか、火の大精霊の炎の鬣の消えかけていた炎が段々と勢いを増して燃え上がっていく。
『……あ、ありがとうございますエランド様』
「状況の全ては理解出来ていないが俺の為にと自分を傷付けるな」
エランド様の優しい言葉に火の大精霊様は前足で頭を抱えながら蹲っている。推しに優しくされてもう死んでもいいと悶えているファン状態だ。
『私の名は【フォムフレイア】、このご恩は必ずお返し致しマス』
「気にするな、この場にいる俺が一番この役目に適していただけだ」
『いいえ!! 是非ご恩を返させてください是非!! もう絶対に!! 是が非にでも!!』
めちゃくちゃ前のめりに言い寄っている。エランド様はポーカーフェイスのままだが、内心動揺しているに違いない。
「ポセイドンといい大精霊って契約者に凄く執着するんだね」
「本当に迷惑な話だよね」
ここにポセイドンが来ていなくて本当によかったです、メティスの発言に傷つく所でしたね、うん。
『ご覧の通り私の力は今弱っています! 今ならお力になれマス!!』
「力になる?」
『はい!! 貴方様の力が覚醒するまで私はこの堕ちたままの姿でいましょう!
ですから、私と契約してくださいエランド様!!』
「は……」
エランド様は呆けた顔をして驚いている。そりゃそうだよね、突然契約しようと言われても驚くよね!
というかその相手はエランド様とずっと契約したくて付きまとっていたひとだからね!! しかも他にエランド様と契約したくて近寄ってきた精霊達をことごとく追い払った同担拒否系大精霊様だからね! 厄介な匂いがプンプンしちゃいますよね!!
「申し出は有り難いが、俺の為に大精霊の力を制御させ続ける訳には……」
『いいえ!! そのような心配は必要ありまセン! 私は貴方様で無ければ契約が出来ないのですから!!』
エランド様じゃないと契約が出来ない?
大精霊は人間から申し出る訳じゃなく、大精霊が人間に契約を持ちかけるのだというけれど……選ばれた特定の人じゃなければならない理由があるという事?
理解が追いつかなくて、メティスにも意見を聞こうとしたその時、小さな振動が地面から伝わり、それは段々と大きくなっていく。
「地震?! も、もしかしてまた?!」
「また? ここで何か起きていたの?」
「そうだよ! さっきから言っていたけど本当にここで話し込んでいる場合じゃ無いんだよ! エランド様が狙われててそれで落とされた先がここで!」
「落ち着いてウィズ、どういう事なのか説明を……」
ドォンッ! と壁が砕ける音が響き渡る。何事かと振り返れば壁の岩が崩れ落ち、それは土砂崩れになり、私達目掛けて怖ろしい速さで襲いかかって来た。
「こ、これも絶対さっきの精霊様のせいだよねーーっ?!」
「ここに居たら呑まれる! 奥へ逃げよう!」
「走れ!!」
左右の手をメティスとエランド様に掴まれて土砂崩れから逃げる為に洞窟の奥へと走って逃げる!
いえあの、凄く気持ちはありがたいんだけど両手を掴まれると走りにくいといいますか、気分的に捕まった宇宙人みたいといいますか?!
そんな抗議している暇もなく、足をもたれつかせながら走っている最中、地面の出っ張った石に躓いて転んでしまった。
「いたっ?!」
「ウィズ?!」
「大丈夫か?!」
「だ、大丈夫! いや大丈夫じゃないかも?!」
土砂崩れはもう、私の背後ギリギリまで迫ってきていた。
「私の事はいいから二人とも先に逃げて!!」
メティスとエランド様は一瞬何を言っているのか分からないと言う顔をしてから、すぐに眉を釣り上げた。
「君を置いていく訳ないだろう!!」
「必ず守ってみせる!!」
土石流から私を守るように、メティスとエランド様が私の体を抱きしめた。
だめっ、このままじゃみんな土石流に呑まれちゃうっ!!
ぎゅっと目をつぶり、次に来る筈の衝撃に体を強ばらせた。




