69 恋を知りたくなった
「あの、あとでゆっくりと誤解を解くとして、今は緊急事態だから外に出る方法をですね」
「駄目だよウィズ、兄上と何処へ逃げようというの?」
「どこにも逃げないよ?!」
メティスは完全に勘違いしているようで、私の弁解など全く耳に入っていない。それどころが、ここから逃げる為の言い訳をしていると思っていそうだ。
私達はこの鉱山に住まう精霊の暴走をどうにかする為にここに来たんだったんだけどなーーっ!! 地下へ落とされるわ、火の大精霊様に襲われるわ、メティスが現れてなにやら怒っているわで、もうごちゃごちゃだ!
「兄上、存じているとは思いますがウィズは僕の婚約者ですから」
メティスが手をかざすと、そこから水の渦が浮かび上がった。
「気安く触れないで頂けますか」
メティスが手を払うと水の渦が唸りをあげてエランド様目掛けて襲い掛かった。
「っ?!」
「ひゃあっ?!」
それはエランド様を弾き飛ばし、私から強制的に引き離した。
「ウィズ、おいで」
「へっ?!」
私の体を水の蔦が絡み取ったかと思ったら、そのままメティスの元まで運ばれていく。クレーンゲームのぬいぐるみになった気分だ。
「ウィズ?!」
エランド様が慌てて私を追い掛けようとしたけど、それよりもメティスの元へ辿り着く方が早かった。メティスの前に降ろされると、すかさず抱きしめられた。
「ウィズ、僕から逃げたくても、もう遅いよ」
「メティス?」
ぎゅうっと私を抱きしめるメティスの手が僅かに震えている事に気がついた。
「僕達はもう、出会ってしまったんだから」
メティスの体温が驚く程冷えている事に気がついた、暖めてあげたくてもキツク抱きしめられて体を拘束されているから思うようにいかない。
「め、メティス! どうしてそんなに体が冷たいの?」
「ウィズが……僕を傷付けたから」
「えっ?! ご、ごめんね? でも、それって誤解な気がっ」
「このまま城に連れて帰ろうかな……でも城は君を助けに来る人間が多く来そうだから面倒だな……ポセイドンの住処を君の好みに作り替えてしまってもいいか……誰にも君を奪われない場所を作らないと」
「なんの話をしてるのメティス?」
ん? お城の部屋が気に入らないからリフォームしたいって話? ビフォーアフター?
メティスは何も答えず、その代わりに正面から私を抱きしめたまま、空いた片方の手を再び後方へかざした。
「ウィズを連れ帰る前に、アレは消しておかなくちゃね」
「アレ?」
「見た所、火の大精霊かな」
メティスが命じると水の柱が槍のように浮かび上がり、それは火の大精霊目掛けて襲い掛かった。
『キャアッ?!』
「お前だろう……僕とウィズの絆の盟約を断ち切ろうとしていた愚か者は」
『そ、れはっ』
「兄上に命じられて強行でもしたのかな?」
メティスの目が赤く光る、そして限界まで目を見開いてニヤリと笑った。
「堕ちてしまえ」
鼓膜を揺らす程の大きな音をたてながら、巨大な水泡が火の大精霊目掛けて放たれた。火の大精霊は慌てて炎を吐き出して応戦していたけど、水属性であり、更にはポセイドンの加護を受けているメティスには力及ばずなようで、炎は全て水に呑まれて背を丸めながら逃げ回る事しか出来なくなっている。
「め、メティス?! やめてあげてっ、私は大丈夫だったから! ほらっ、メティスとの絆の盟約もそのまま残ってるよ!」
「大精霊同士であれば結んだ盟約も断ち切る事が出来るというのなら……ポセイドン以外の大精霊を全て消滅させれば君との婚約を破棄される事もなくなるよね」
「そ、そんな事しちゃだめ! 私はちゃんとメティスの所にいるから! ねっ?!」
「駄目だよ……だって」
火の大精霊に攻撃を続けながら、メティスは私に悲しげな眼差しを向けた。
「君は、僕の事を愛してくれないんだから」
「え……」
「君を奪われてしまうぐらいなら、その可能性は全て潰して、僕に捕らえておかないと……」
また火の大精霊に攻撃を始めるメティス。そして、エランド様は火の大精霊が見えないからメティスが何もない場所にひたすら攻撃をしている姿を立ち尽くして見ている。
メティスに辛い顔をさせてしまった……。
愛してくれないと哀しむメティス、けれど私はどうやら恋が出来ない呪いにかかっているという。その呪いは私や周りの人に直接的な被害はないから、別に放置していてもいいかなと思ったけど……メティスがこんなに苦しいというのなら話は変わってくる。
メティスが私を好きだと言ってくれる気持ちはどんなものなのか、私も知りたいもん。
「メティス落ち着いてっ、私もちゃんとするから!」
「君は僕の腕の中にいればいいよ、すぐに終わらせるから」
「違うの! 私はメティスを愛せないんじゃなくって!!」
「兄上が好きだって話? 別に構わないよ、君が誰を選ぼうが僕は君を離すつもりは……」
「ちっがーーうっ!!」
話を聞こうとしないメティスの顔を両手で掴んで、私を見てと無理矢理顔をこちらへ向かせた。
「私も恋が知りたくなったの!!」
「え……」
メティスはずっと好きだよって言い続けてくれたのに、エランド様も私を好きって言ってくれたのに、その好きが分からなくてどうでもいいやと放置してしまうのは、とても失礼な事だ。
メティスはこんなに辛いって言って、エランド様も自分の心を知ってくれと願ってくれたのに、私が呪われたままでは私を好きになってくれた二人の心を踏みにじってしまう事になる。
それに私も、恋をしたらどう変われるのか知りたくなったんだよ。
みんなの好きとは違う、恋をする好きという気持ち。汚くて美しいというそれに染まったらどうなるんだろうって。
呪いをかけた誰かは、私に恋をするなと言うのだろう。私が知らないうちに呪いをかけて、恋をするなと望むふざけた悪行に屈する必要はない。
そんな奴っ、すぐに見つけてこてんぱんのコッテコテにしてやる!
「恋が出来ないっていう呪いが解けたらちゃんとメティスへの想いにも応えるから!」
メティスの青い瞳が瞬かれて、瞳の奥で小さな光がきらりと煌めいた。
「だから、それまで私の心を待っていてくれる?」
辺りに水がバシャンと落ちる音が響く。
メティスはじっと私を見つめて、自分の頬に添えられた私の手にそっと自分の手を重ねた。
「ウィズは、兄上に恋をしている訳じゃないんだね?」
「違うよ、私はまだ誰にも恋が出来ていないの」
「僕が嫌になって逃げ回っていた訳でもない?」
「そんな事しないよ、何度も言ってるでしょう? 私はメティスが大好きだよって! 会えて喜ぶ事はあっても嫌いになったり、逃げたりなんてしないよ」
「……うん」
ふ……とメティスから息が一つ漏れた。
目を閉じて、心を落ち着かせて、メティスは瞳を開けた。
「……君が僕に心を預けてくれると言うのなら、いつまでも待つよ」
「うん! だから、私の想いの行方のせいで悲しまないでメティス」
「……それは難しいね」
メティスは私の頬に口づけてから、そっと耳にキスを落とした。
「ひえっ?!」
「君の事が好きだから、心が乱れる事は制御出来そうにないよ」
み、耳にちゅーされたっ。私はくすぐったくて耳を押さえているのに、メティスは私の耳を指先でなぞって微笑んでいる。
先程までの怒れるオーラは身を潜めてくれてほっとした、あのままでは火の大精霊様だけでなく、怒りの矛先がエランド様にも向かいかねなかっただろう。
それに、メティスに約束したからね。
恋心というものについて「まあいいか」と流してしまわないで、ちゃんと向き合って呪いを解く方法も探していかなくちゃ。
「ところでウィズ」
「え、なに?」
「恋が出来ない呪いって何?」
「あ……」
説明がまだだった。
「初耳なんだけど」
「や、あの、私もさっき知らされたばっかりで……」
ぐいぐいとメティスが顔を近づけて、説明を求めてくる。
「呪いって何? 誰にかけられたの? 体や心に異常は出ている?」
「だ、大丈夫だよ! 私もあんまりよく分かっていなくて、誰にかけられたのかも見当が付かないし」
「早く呪いを解く方法を見つけないと」
メティスは悩む素振りもなく即答した。その姿に一番反応を示していたのはエランド様だった。とても驚いた様子で、メティスが放った言葉を疑ってすらいるようだった。
「メティス……お前は、いいのか」
場が落ち着いたおかげで、エランド様もこちらへと歩み寄ってきた。そして、メティスに問う。
「ウィズの呪いを解くという事は……今お前と婚約を結んでいるウィズが他の誰かを好きになる可能性が生まれるという事だぞ」
「そんなもの世界を滅ぼしたい位に嫌に決まっています」
じゃあ勘違いしていたさっきまでは世界を滅ぼそうとしていたんですか魔王様……とは、空気を読んで聞かない事にしておく。
「それ以上に、ウィズが呪われているという状況の方が耐えがたい」
メティスは迷いなく言い放ち、エランド様は酷く驚いて言葉を失っていた。
「でも、そうだね、ウィズはまだ子どもで恋愛感情に疎いだけかと思っていたけど、そうじゃないというのなら……呪いが解けたらウィズは自由に恋愛が出来るようになるんだね」
メティスは私の両手をぎゅっと握って笑みを深めた。
「どちらにせよ、ずっと一緒だよウィズ」
「どちらにせよ……?」
とは?
これに関してはあまり深く考えちゃいけない気がしたので、私はここで思考を一度放棄した。
けれど、メティスは呪いを解く方法を探そうと言ってくれた。
メティスはいつも私の味方でいてくれるんだなと実感して、嬉しくて笑みが零れてしまった。
ウィズが恋が出来ない呪いに掛かっている。
と、いう事を踏まえた上で【0-zero- プロローグ】【53-3 心臓がもにょもにょする】を読み返すと、また違った目線で見える様になるかもしれません。
あと、プロローグのイラストのウィズの心臓の辺りが……。




