68-2 恋をする気持ちは不要ですか?(メティス視点)
「壊れちゃったね」
『いえ、あれは壊れたではなく、壊したと言うのではないでしょうかメティス様……』
ドワーフ村付近の山頂にて、大変残念な事に国の貴重なワープホールが壊れてしまった光景を眺めながら作り笑いを浮かべていた。
まあ、正確にはポセイドンに乗って僕と、ライアン、アレスがワープホールを潜ってこの場所に移動したせいなんだけどね。
国王である父上の許可なんて取っている暇も惜しかったから、無理矢理使おうとしたら防衛機能が働いて、僕達を弾き出そうとしたものだから、ポセイドンに無理にでも通れと命じ、ワープホールに魔力を直接注いで通れない筈の道を無理矢理魔力を干渉させてワープしてきたから、僕の魔力干渉の負荷に堪えられなかったみたいだ。
「まさかこんな事になるなんて思わなかったよ」
『全て予測がついていたのでは……」
冷や汗を掻きながらそう言う龍の姿に戻っているポセイドンに不敵な笑みを送る。
「事故だよ、ウィズを追い掛けようと空を飛んでいたら、道を知らなかったポセイドンが偶然ワープホールの場所に入ってしまって、偶然呑み込まれて、外に出ようと足掻いたら偶然壊れちゃったんだよ」
『いえ、私は貴方様に命じられてワープホールに……』
「ポセイドン」
『……私が道を間違えたせいでご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした』
「いいんだよ」
そう……全て偶然だよ、ワープホールでここに素早く移動して、それを壊してウィズと兄上の退路を断っただなんて……そんな事してないから、ね?
「許可もないワープホールを移動出来るだなんて流石ですメティス様!!」
食い気味にライアンが僕を褒め称えてくる、暑苦しいから絶対に目は合わせない。
「普通なら許可無く使用しようものなら弾かれ魔道具による攻撃を受けます! ですが、メティス様は類い希なる魔力の力で強制的に突破しただけでなくワープホールの魔道具自体に干渉して繊細なる起動路を操り計算尽くされた方法で破壊されるとは素晴らしい事です!!」
「ライアン、あれは僕が破壊した訳じゃない、壊れたんだよいいね?」
「はいメティスさま!! あれはポセイドン様が破壊しました!!」
『何故私が破壊した事になるのだ?!』
ポセイドンがライアンを怒鳴りつけるが、彼の姿はライアンには見えていないのでライアンは目を輝かせて僕を見ているだけだ。
ライアンはポセイドンの姿は見えないが、僕の傍にいる事はなんとなく分かるのだそうだ。
普段、ポセイドンは鎧姿で僕の護衛騎士をしていると教えてやった時はハンカチを噛みしめながら羨ましがっていた、とても面倒臭い。
「メティス様お疲れではございませんか? この辺りには汚れた岩肌しかありませんし、私が椅子になりましょうか?!」
「ライアン、黙れ」
瞬間ライアンは口を閉じ、了解ですと言うように敬礼をした。やっぱりコイツは置いてきた方が良かっただろうか。
『しかしこんな場所でメティス様を待機させる事になるとは』
「流石にドワーフの里に無断で入る事は出来ないからね」
装置を一つ壊す事とは訳が違う。
部外者の侵入を嫌うドワーフ族だ、王族と言えど許可も取らずに勝手に入ろうとすれば今後彼らの恩恵を受けられなくなるかもしれない。
ただでさえ、兄上がドワーフを助けた事で信頼を勝ち得たらしいというのに。僕の味方にならずとも敵にはまわしたくないな、今の所は。
「しかし、本当にウィズはドワーフの村に行ったの?」
『はい、気配が追えたのはドワーフの村まででしたが……今は何故か消えてしまったかのように追えないのです』
「お前が言っていた精霊の干渉というやつか」
スッと目を細めて嫌な事を思い出す。
ライアンとアレスから聞いた、ウィズが兄上に愛を告白していたというそれ。
この現状だけを見るなら、ウィズがゼノに頼み込んで兄上に会いに行き、再会した所で告白、僕との婚約から逃れる為に遠くへ逃げて、気配が追えない手段を手に入れた……か。
そうだとなればこの状況に全て納得がいく。駆け落ちのような形でウィズは居なくなったのだと。
そうなのかと思った時、目の前に火花が散った。
ウィズは僕が独りよがりに捕まえて婚約で縛り付けているだけで、本当は兄上が好きで……僕の事は本当は邪魔で、こうして逃げ出したい程だったのかと。
ウィズに邪魔だと思われて捨てられると……それでも僕は君を憎めない。
ただ縋るように捕まえて、君が兄上を愛していると言っても……僕という牢獄に捕らえておかなくてはと。
君にふられてしまうという事は、悲しくて、辛くて、きっと上手に呼吸をする方法も忘れてしまう、その時に僕は正気を保てる気がしない。
僕の愛しい大切な宝物。
他は全て失っても構わない、君以外を僕は望まない。
腕を組んで、掴んでいる自分の手に力が入る。
けれど、本当にそうだろうか?
僕が知るウィズは、とても悲しい事に僕にも兄上にも全く恋愛感情がないように見える。
しかも、ウィズの念願であるポジェライト領に帰還したばかりだというのに、駆け落ちだなんて強硬手段を取るだろうか?
それに、ウィズなら好きな人が出来たらきっと逃げるようなマネはしないだろう。
真っ正面から僕に告げる筈だ……好きな人が出来たと、ごめんなさい……って。
自分で考えた事だというのにグラリと目眩がした。
もし本当にそんな事になってしまったら僕は正気を保てる気がしない。
その時は僕が狂う前に、ウィズの手で僕を葬ってほしい……僕が君の心を傷付けてしまう前に。
ウィズの事を信じているからまだ僕はこうして正気を保てている、真実がどうなのかは……会えば分かるだろう。
『メティス様、戻ったようです』
ポセイドンの声に反応して振り返れば、砂利道を一人登ってくるドワーフの姿が見えた。
「おかえり、どうだった?」
「事前情報の通り、エランド殿下はドワーフ達に信用を得ているようで、集落の中に拠点を作っているようでした。エランド殿下の師匠であるメイベル様がこの集落のドワーフと婚姻を結んでいる事も大きいのでしょうね」
目の前のドワーフのフリをしている男は頭を掻きながら、噎せ返る程の花の匂いを撒き散らしながら花びらを舞わせて元の姿へと戻った。
「ウィズは居なかったの、アレス?」
アレスは自分の肩に舞い落ちた花びらを指で摘まみ上げ、それにフゥッと息を吹きかけて空へ飛ばした。
「いませんでしたが、エランド殿下一行とドドブル鉱山に向かったらしいです」
「ドドブル鉱山? ここから近いけれど、なんで?」
「それを調べようとしたんですが、集落に残っていたメイベル様に怪しむ眼差しを向けられたので、逃げて来ちゃいました」
アレスはへらへらと笑いながら、軽くすみませんと言う。
アレスは木属性の配下である花属性の魔力を使う事が出来る。
花属性の魔力は種子があれば、それに花を咲かせる事が出来るだとか、花が何を望んでいるのか分かるだとか、あまり実用的ではない魔力という世間の認識があるが、ミラー家は違う。
今は亡き長子アルベールは幻惑の達人であった。
自身の周りに花の魔力を纏わせ、その香りで周囲の人々に幻覚を見せる事が出来た。目の前にいるのはアルベールだが、魔力をたっぷりと含んだ花の香りに魅せられた者達が脳内でそれを勘違いして幻覚となって姿を変える。
これは、ただの花属性の魔力持ちでは扱えない高度な魔法だ。
まず、魔力が人並みを遥かに超えていなくてはならない、周囲全体に魔力を混ぜた花の香りを充満させ、維持させ続けなくてはこの幻惑は使えない。相手の心を虜にし、幻惑を魅せる高度な魔法を操る技術、その魔法を苦も無く扱える人間はこの魔法を編み出したミラー家だけだ、他の花属性持ちはその魔法の作り方すら知り得ず真似事も到底不可能だろう。
そして、僕はミラー家のその力が使えるであろうとこちら側へ引き込んだ。
特に彼はこの力以外にも、役に立つ裏の顔もあるから僕との相性も良い。
彼とは互いに秘密を握り合っている。
僕が、彼が、裏切らない限りこの密約が破られる事はない……。
そして、今回アレスはドワーフに扮して集落へ偵察に行ってもらった訳だけど、ウィズの居場所が知れただけでも成果があったようだね。
「ウィズがドドブル鉱山のどの辺りにいるのかは分かるの?」
「ドワーフの集落側の入り口から入ってやや暫く経っているようです。なので、正面と開通している裏側のどちら側の近くにいるのか分かりかねますね」
「なら、ライアンとポセイドンは正面口へ向かえ、僕とアレスは裏口から向かおう」
「な、何故私が幽霊みたいなポセイドン様と一緒なのですか?!」
『無礼な!! 貴様が俺の姿が見えない脆弱な奴なだけだろう!!』
「君達は鉱山に入らなくていい、正面口でウィズが出てこないか見張っていろ、僕が裏口から入った方がそちら側に進んでいるウィズと早くに合流できるだろうから」
「ですが何故私がポセイドン様とっ」
『私はメティス様についていきます!!』
「ライアン」
名を呼ばれライアンが姿勢を正す。
「ポセイドン」
ポセイドンの体が強ばる。
「お前達は、正面口で、待て、だよ」
「……はい」
『はい……』
アレスに行こうかと声を掛けて歩き出す。
「お供が俺でいいんですか? メティス様」
「いいんだよ、この中で君が一番理性的だから」
「そうでしょうね、俺の一番はメティス様じゃないので、冷静な判断も下せるかと思いますよ」
へらへらと笑う全く信用が出来ない男に、面白いと笑みが漏れた。
「またその首を斬られないように僕の役に立っておくれ」
「はいメティス様、俺なりに頑張らせて頂きます」
それだけで会話を打ち切り、足早に歩みを進めた。
早くウィズと合流しなくちゃね。
慌てふためきながら誤解だと言って、いつもの笑顔を見せて僕を安心させてほしい。
なのに、さっきから嫌な予感がするのは何故なんだろうね?




