68-1 恋をする気持ちは不要ですか?
「いたた……」
「大丈夫か、ウィズ」
「エランド兄様!」
一人穴に落ちていったエランド兄様を追い掛けて私も(ゼノを蹴り飛ばして)なんとか追い掛けて穴に落ちる事に成功した。けれど、落ちた先では既にエランド兄様が着地していて、後から落ちてきた私の体を受け止めてくれた。
「ここは、地下空間かな?」
「ああ、だが見た所廃坑という雰囲気だな、上と違って誰にも手入れをされた形跡がない」
そう言いながら兄様が上を見上げると、私達が落ちてきた天井は既に塞がっていたものの、パラパラと砂が落ちてきていた。
「上でルイ達が地面を破壊しようと試みているかもしれないな」
「でも、そのままって事は竜達でも破壊は難しいのかな?」
「それ程強い精霊の力が加わっているのかもしれないな、連れてきた竜達も戦闘形ではなく飛竜や子どもの竜だからな」
エランド様は少し考えあぐねてから、通路の先を指した。
「ここで待っているよりも先へ進んだ方がよさそうだ、いつまた精霊が襲ってくるか分からないからな」
「そうだね、兄様を狙っているみたいだから立ち止まっているのは危険かも」
エランド兄様はその通りだというように頷く。
「ここが廃坑だというなら、来る途中にあった立ち入り禁止だという入り口と繋がっている可能性は高い、そこを目指そう」
「なるほど!」
幸いな事に壁に散りばめられた月光石のお陰でここもほんのり明るいから、進もうと思えば歩けるもんね。
じゃあ早速向かおうと、抱きかかえられている兄様の腕から飛び降りようとしたのに、兄様にガッチリと抱きかかえられているせいで降りられない。
「兄様? 私一人でも歩けるよ!」
「ウィズ、なんでついてきたんだ」
兄様は私を抱えたまま歩き出した。
周囲を警戒している風だったけれど、その視線は私へと向いている。
怒っているというよりも、心配で堪らないという表情だった。
「ごめんなさい……あの状況では私しか兄様の側にいけないと思ったから……一人にしちゃ危ないって思って」
「こういう緊急事態に陥ってもいいように日々訓練もしている、一人になっても最悪な事態にはならないさ」
「でもっ」
「それよりも俺はお前をこんな危険な目に巻き込みたくはなかった」
すまないと言いながら眉間にしわを寄せて、兄様は悲しそうに目を閉じた。
「俺が会いたいと我が儘を言ってしまったばかりに……」
「違うよ兄様! 私が決めてここまでついてきたんだから兄様のせいじゃないよ! それに全然怖くないしね! 昔とは違って私だって戦えるし、兄様がいれば安心できるもん」
ふんっと胸を張って答える。いつもなら、ありがとうって優しく笑ってくれる筈なのに、何故か今日だけは神妙な顔つきのままだ。
「兄様?」
「また兄様呼びに戻っているな」
「あっ?! ごめんなさいっ、もう長年の癖でっ」
頭の中でエランド様! エランド様! と復唱して自分に暗示をかける! 長年呼び続けてきた名前の癖をすぐに直すのは中々に難しそうだ。
「このまま兄様呼びをした方がお前は楽なんだろうか……」
「え?」
「師匠に聞いた……お前が、呪われていると」
そういえばメイベルさんからそんな事を言われたね。命に関わるものではないからって言われたから、あまり気にしてなかった。
「そうみたいだね!」
「なんでそんなに明るく言うんだ、お前の心の事なんだろう?」
「心の一部が、えっと、封印されているんだっけ?」
「聞いていないか……誰かに恋をするという感情が、封印されている呪いだと」
やっぱりそれか。
でも、今まで恋をした事が無かったから、それを封印されていると言われても特に困惑もしない。
恋が出来ないと、この先の未来で何か困る事でもあるのかな?
「でも一体誰がこんな呪いを私にかけたんだろうね? あんまり実害もない気がするんだけど」
「実害がないって……」
「だって、私が恋が出来なくても特に何も問題はないでしょう?」
歩き続けていたエランド兄様の足がピタリと止まった。顔も強ばり、何を言っているんだというように私を見つめている。
「ウィズ……? このままじゃお前は誰にも恋が出来ないんだぞ? いいのか、例えば……メティスの婚約者のまま婚姻を結ぶ事になったり、俺とだってまた婚約を結び直す事もあるかもしれない。
その時に、お前は好きでもない相手と生涯を共にしなくちゃならないんだぞっ」
例えば……例えばかぁ。
エランド様は頼れる人でずっと守ってくれた私のヒーローだからずっと一緒は嬉しいね?
メティスは私に恋をしているという意味で好きだよと言ってくれたけど、私はその気持ちを返せないままという事になるんだね。
前に恋をして照れたり嬉しそうにしたり、心臓をどきどきさせたりしているメティスが羨ましいなと思った事はあるけど、無意識に自分にはないものだと分かっていたからだったのかな?
何故、そんな実害のない呪いを私にかけたんだろう?
「愛がなくても私は役に立つと思うよ! いっぱい戦えるし、いざという時は盾にもなれるかも!」
「ウィズ……」
「あっ、でもそれだとお嫁さんとしては駄目なのかな? ううん、じゃあやっぱり私はお嫁さんよりもポジェライト家の跡継ぎとして陰日向に二人を守った方が」
「俺もメティスもお前に身を削って守って欲しいだなんて思っていない!」
珍しく声を荒らげたエランド様にびくっと肩を跳ねて驚いてしまう。
「え、エランド様?」
抱き上げられた体勢から地面に降ろされたと思ったら、すぐに兄様に抱きしめられた。
逃げられない程に強く抱きしめられているのに、痛くはない。
まるで大切な宝物を守るように、離れないでくれという願いのように抱きしめられた。
「好きだ……」
「え」
「妹なんかじゃなく、一人の女の子としてお前の事が好きなんだ……ウィズ」




