66-3 王太子の師匠と隠された呪い(エランド視点)
66話のサブタイトルを現在のものに変更いたしました。
「エランド、ちょっとツラかしな」
「師匠?」
ドワーフの村長宅で現状報告と今後の対策を提案していた所、メイベル師匠が一人でやって来た。師匠の傍にウィズの姿が見えない事に焦る。
「師匠、ウィズは一緒じゃないんですか?」
「着替えさせてるよ、あんなビラビラした衣装でこんなクソ暑い場所を歩かせる訳にいかないだろ」
「歩かせるって、ウィズを危険な鉱山になんて連れていきませんよ?」
「あの娘、自分の剣をドワーフに作って欲しいそうじゃないか。なんの対価もなしに作ってもらうなんて甘いって言っといたよ」
「師匠……」
ウィズがドワーフの武器を欲しているなら、事態が収束してから俺がドワーフに頼んでみれば解決するだろうと思っていたが、師匠はそれを許さないだろう。
ドワーフとの繋がりを求めるなら自ら絆を築かなくては彼らは部外者を信用しないだろうが、ウィズにそれは必要ないだろうし。
「いいから外に出な、アンタにだけ伝えておく事がある」
「分かりました」
控えている部下達と、村長に席を外すと一言告げて、師匠と共に外へ出た。
師匠は、ひとけの無い空き家の裏に俺を連れ立ち、更に周囲に誰もいないか確認していた。
「師匠? 何かあったんですか?」
「エランド、お前はアタシが呪術を受け継いできた民族の生まれだって事は知ってるね?」
「はい、師匠はその中でもトップクラスの呪術師だという事も存じています」
「フンッ、それを知っても怯えず蔑まず、敬意を失わないのはお前とディオネぐらいだよ」
呪術師、その名の通り対象者に術や呪いをかける事が出来る術者の事だ。
その力は対象者の心に僅かな疑念を持たせたり、夢を操作したりという精神的な術が殆どだが、強力なものになると精神だけでなく外傷を伴うものを与える事ができるそうだ。しかし、呪術はその力を使うとそれ相応の呪いが返ってくる。だから、彼らは呪術と同時に解呪も取得するのだという。
呪術は禁忌とされ、その力を使える者は滅びた太古の国の王族の生き残り達のみとされている。その民族達の住処を知る者はおらず、彼らは国のどこかでひっそりと暮らしている。
そして、メイベル師匠はその民族の元長だ。今はそのしがらみが面倒だと里を捨てて一人各地を転々として暮らしているお方だ。
師匠の力は呪術者の中で最も怖ろしいとされており、もし師匠が本気を出してしまえば、対象者を呪い殺す事も可能なのだという。
しかし、女性には敬意を持って接しろという言葉が口癖な、人を大切にする師匠が誰かを呪い殺すという事はしないだろう。その力を持っているだけで、それを使うかどうかというのはまた別の話だ。
それに俺は、師匠と過ごした年月の中で少なからず彼女の人となりを理解しているし、信頼している。
というより、師匠の場合は呪術を使うよりも体術や剣技が怖ろしくお強いのだ。呪術者としての自分に反発する為に若い頃に鍛えたらしいが、その強さが最早剣聖レベルで、俺でもまだまだ師匠に勝てる未来が見えない。
今までに俺に稽古をつけてくれた先生方はもう越えてしまったし、師匠を紹介してくれた兄弟子のディオネには感謝をしてもしきれない。
自分よりも遙かに強い人が師匠である事。俺のような常に人の上に立たなくてはいけない人間はそれがとても嬉しく、出会えた事が奇跡だと言えるだろう。
しかし、師匠が呪術師である事は俺はかなり前に知っていた事だ、何故師匠は今更その話をしたのだろう?
「呪術に関する事でなにかあったのですか?」
「お前の大切な子のようだからね、伝えておくよ」
師匠は声を小さくして、衝撃的な事を口にした。
「あのウィズって子、呪われているようだよ」
「なっ?! 呪いっ」
「大きい声を出すんじゃないよ、呪った奴が聞いている可能性だってあるんだからね」
唾を飲み込み、頷く。
この話が本当だというなら冷静にならなくては、一体なんの呪いなのかもまだ聞いていない。
「その呪いとはどういったものですか?」
「命の危険があるものじゃあない、どうやら感情を制限する呪いをかけられているようだ」
「感情を制限?」
命の危険がないと聞いて一先ず安堵したが、感情を制限する呪いなんて聞いた事がない。ただでさえウィズは感情が顔に出やすく、大人しい所が元気が溢れんばかりにある女の子だ。ひまわりのように笑う笑顔が本当に可愛らしくて……いや今はその話はいい。
「ウィズが感情を制限されているようには見えないのですが」
「感情の全てを制限されている訳じゃないさね、一部分だけその感情に鍵をかけるかのように呪われているようだよ」
「特定の感情だけが無い状態という事ですか?」
「ああ、これは呪術師であるアタシの勘だけど、あの子が呪いを掛けられている感情っていうのが【恋をする感情】という部分じゃないかと思うね」
恋をする感情……?
つまり、誰かを好きになる事が呪いのせいでウィズは出来ないという事か?
過去のウィズの行動を思い返してみるが、俺が婚約者候補であった時はウィズはまだ幼かったし恋なんて分からないだろうから返ってくる反応が薄いのだと思っていた。
今現在は毎日のようにメティスに好意を示されていると話は聞いている。そして、それに対してもやはり反応が薄く、胸を高鳴らせたり頬を染めたりといった反応もないと……聞いてもないのにロッカスが調べて教えてくれていた。
それもまだ幼い子どもだからだろうと考えていたが、呪いのせいだとしたら……?
「その呪いのせいでウィズの命が危うくなる事も、精神が崩壊する事もないんですね?」
「まあ、ないとは思うけどね」
「何故曖昧な言い方を?」
「昔にあった例を話してやろう。とある既婚女性がその女性を愛する男に記憶を消される呪いを掛けられ、女はその状態のまま攫われて呪いをかけた男と結婚する事になった。
最初は何不自由なく暮らしていたそうだ、自分の記憶を消した奴だとも知らずに、優しく接するその男を愛し仮初めの幸せの中で暮らしていたと……だが」
「だが?」
「元の旦那が必死の思いで女を捜し出し、再会した事でかけられた呪いにほころびが生じてしまったのさ。
呪いのせいで記憶はない、けれど知らぬ筈の目の前の男が愛しくてたまらない、だが自分には別に旦那がいる。会った事が無いのに知っている、会った事がない筈なのに愛しくて嬉しくて悲しい……そんな感情の濁流に呑まれた女は、そのまま精神を煩って目覚める事なく眠ってしまったんだよ」
「そんな事が……」
「呪いをかけた男は、女の呪いがとけかけたせいで呪いが自分に返ってきて記憶を失い精神を病んで死んじまったがね」
師匠は深く息を吐いて、腕を組んだ。
「今の話は女が既に他の男を愛していた感情をねじ曲げられたせいで起きた精神崩壊さ。けれど、ウィズはまだ恋を知らない状態でその呪いを掛けられただろうからね、精神に異常をきたすことは無いと思うよ」
「……そうですか」
「子どもがその状態で精神異常を起こすなんて、前世で恋をしていた頃の記憶がある……なんて絵空事の話でもない限り有り得ないからね、安心おし」
「はい……」
師匠は問題無いだろうと言うが、何故か胸騒ぎがする。師匠が言うような事などある筈はないというのに。
「ですが、一体誰が何の目的でウィズに呪いをかけたんでしょうか?」
「さあね、アタシが付けていた解呪用のブレスレットを破壊する位に協力な呪いである事は確かさね」
師匠が腕を見せてくるが、確かにブレスレットが無くなっている。師匠は解呪も得意とする方であるが、その師匠のブレスレットが破壊される程という事は、簡単には解けない呪いという事なのか。
それ程にウィズに恋をさせまいと呪う奴は誰だ? 何が目的でウィズを呪った?
ふと、先程の師匠の話を思い出す。
まさか、ウィズに恋をする誰かがウィズを欲するあまり呪ったなんて事は……ないだろうな。
「ともかく、教えといてやったからね、呪いを解いてやりたかったらお前がなんとかしな」
「師匠の解呪では解けないほど強力な呪いなんですか?」
「さあね、ブレスレットが破壊される位に強力って事はわかったけど、正式な手順で解呪はしてないから分からないね」
「ならっ」
「アンタも知ってるだろう、解呪するには条件が幾つかある。
まず、呪った相手を特定する事、呪いの媒体を見つける事、呪いの対象者の心の拠り所を強く保つ事。
これらのどれかでも失敗すれば対象者の精神は破壊されるし、アタシもタダじゃすまない」
「それは……そうですね」
「別にアタシはあの子に思い入れはないんでね、自分を犠牲にしてまで助けてやろうって気はないのさ」
確かに師匠にも危害が及ぶ恐れがあるのに、無責任に解呪を請う訳にはいかない。呪われていると分かっただけで、それを取り巻くものが何なのか検討もつかない状況なのだから。
俺がどうしたらウィズを助けてやれるだろうかと頭を悩ませていると、師匠は甘い毒を吐いてきた。
「このままの方がアンタには都合がいいんじゃないのかい、エランド」
「え……」
「ウィズは第二王子の婚約者なんだろ? このまま呪われておけばウィズは第二王子にも恋をする事はない、あの子の心は誰のものにもならないんだよ。
それはアンタにとっても喜ばしい事態なんじゃないのかい?」
ウィズがメティスに恋をしなくなる……。
今は俺よりもメティスの方が圧倒的にウィズの傍にいる時間が多い。呪いさえなければ、遠くない未来にウィズはメティスに恋をする感情が芽生えるかもしれない。
そうなればもう、俺があの子の隣に寄り添うという事は許されなくなってしまうのだろう。
「…………」
「まあせいぜい悩むといいさ、あの子は呪われていても今の所問題ないからほうっておきな」
「……」
「フンッ、お前のそんな情けない顔は初めて見たね」
師匠は俺の肩をポンと叩き耳打ちした。
「もしもあの子が心臓の痛みを訴えたら気をつけな、呪いのせいで鍵をかけられた心が悲鳴をあげているサインだからね」
「わかり、ました」
「さあ、いつまでもこんな場所にいられないね! 戻るよ馬鹿弟子!」
すぐに師匠を追い掛ける事が出来ずに、前髪をくしゃっと握りしめて項垂れた。
ウィズが呪われていると知ったのに、助けたいと即答出来ない卑怯な自分に辟易した。




