66-1 王太子の師匠と隠された呪い
ワープホールを抜けた先はヴァンブル王国の遙か南、ホルドー地方だった。
もし最北のサムツェル地方の、ポジェライト領からそこへ馬で向かうとしたら軽く一ヶ月はかかるらしい。
黄土色の山々が多く、緑は少ない。気温は体感温度で三十度は超えていそうな程で、とても暑い。前世も今世も北国に慣れているこの体には厳しい暑さだ、溶けそうです。
ワープホールを出た先とドワーフの村、ドデゴバ村は直結してはいなかったので、飛竜で岩山を幾つか越えて、更に洞窟を進み奥へ奥へと進んだ。
そして、その行く先に現れたのがドワーフの村ドデゴバ村、ようやく到着しました。
「うわぁ! 職人さんの村って感じがするっ」
入った瞬間から、あちらこちらから「トントンカンカン」と石と鉄を打ち付ける音が響き渡る。
どうやら大きな崖そのものがドワーフ達の村になっているようで、至る所に鉄であしらわれた足場が備え付けられていた。その足場を使って、崖の奥に掘られている家を行き来するという仕様になっていて、イメージするなら光の入る縦に長い開放的なモグラさんの家という感じだろうか?
表は丸出しの崖なので鉄の足場で行き来し、掘られている空洞にある家はお隣さんと繋がっていて螺旋階段のように下の階、下の階へと下っていける仕様のようだ。
ドワーフの村の入り口はそんな崖の最上階にあり、段々と下に下っていく度に家が増えていく形だった。 下を覗き込むと最下層に大きな岩で作られた立派な家があって、もしかしたらあそこが村長さんの家になるのかもしれない。
「兄様、ここがドワーフの村なんだね!」
「そうだ、人間達の町とは随分と違うだろう?」
「うん! 職人の技を感じる構想ですね!」
興奮気味にキョロキョロと辺りを見回していると、兄様は笑いながら私と手を繋いできた。
「落ちると危険だから手を繋いでおこう」
「そっか、ありがとう兄様!」
笑顔でお礼を言うと、エランド兄様は何故か少々不服そうな顔になった。
「兄様?」
「ウィズ、その兄様っていう呼び方はいつまでするんだ?」
「もしかして、私にそう呼ばれるのは嫌なの?!」
ショックで脳内にガーンっという音が響いた! エランド兄様はずっと私を守ってくれた兄様みたいな人だったからそう呼んでいたんだけどな……やっぱり大きくなってきたから、王太子様に兄様呼びはマズイという事だろうか。
「今からでも王太子殿下って呼んだ方がいいかな……」
「畏まった呼び方をしてくれと言っている訳じゃないんだが、俺はお前の兄さんではないだろう?」
「でもメティスが、いつか兄上はウィズの義理の兄になるから兄様呼びを続けた方がいいって前に言っていたから」
エランド兄様の後ろに控えているゼノが大きく舌打ちをした音が聞こえた。
「あんの腹黒第二王子っ、兄呼びを強いてウィズ嬢に恋愛感情を生ませない作戦か! 卑怯にも程があっ」
「ゼノ様落ち着きましょう!」
ゼノの口をルイさんが塞ぎ、ゼノは不服そうにまだもごもごと何か言っていた。
「なる程な、分かった。じゃあ今から俺の事は名前で呼ぶように」
「名前で?!」
兄様呼びが駄目で何故名前呼びになるのかな?! 兄様呼びだと婚約者のメティスのお兄様だから私も許されていたという感じはあるけど、お名前呼びは流石に貴族の常識的にマズイのでは?
「王太子様のお名前を私が呼んじゃうのは不敬じゃないかな?!」
「俺が許すから問題ない」
「で、でも、私もこんなでも一応貴族令嬢だから礼儀を欠くと作法の先生に怒られちゃう……」
「呼んでみろウィズ」
「ええっ」
「ほら」
笑顔で凄くごり押ししてくる……この有無を言わさない笑顔メティスにそっくりだ、流石兄弟という感じだなぁ!
「え……エランド様?」
「呼び捨てでも構わないが?」
「それは流石にゼノに刺されるから駄目だよ!!」
今兄様が呼び捨てで良いといった瞬間にゼノから「まさか本気で呼ばないだろうな?」と刃物のような視線が突き刺さったもん!! 流石にそれはマズイという事は私にも分かる!!
エランド兄様……じゃなくて、エランド様は楽しそうに喉を鳴らして笑い、私の頭を撫でた。
「メティスの目がない内に上書きされたものを修正しておかなくちゃならないからな」
「ん? どういう意味?」
「俺の想いは隠すつもりもないから、周知の事実として広めておこうと思ってな」
兄様……じゃなかった、エランド様は私の手を引いてドワーフの住処の中へ進んでいく。
中々に難しい話をしていて私にはどういう意味なのかよく分からなかったけど、エランド様は何か広めたいものがあるのかな?
「もう兄様呼びが出来なくても、エランド様の事は好きでいていいの?」
兄様は私に振り返り、大きく目を見開いて瞬く。
何故だろう、エランド兄様だけじゃなくて、後ろにいる竜騎士のみんなもざわついて動揺しているみたい。
兄様呼びしちゃ駄目っていうのがなんだか、お兄ちゃんではいられないからと遠くにいってしまうみたいで寂しかったんだけどな……まだ、甘えて頼って、好きでいても許されるだろうか?
「勿論」
エランド様は私の頬を撫でて嬉しそうに微笑んだ。
「お前の好意はたとえどんなものであっても有り余るほど俺に向けて欲しい」
「兄様……っ!」
「そしていつか、俺からの好意を与える事を許してほしい」
「ぐはっ」
兄様の言葉に感動していると、竜騎士の中の一人が何故か心臓を押さえながら倒れた。
「こいつはもう駄目だ……」
「王太子殿下の愛の囁きは第三者が見ているだけでも兵器並ですね」
「自分も立っているのがやっとです」
「は? お前達何を言っているんだ?」
「ゼノ様はそのままでいてくださいね」
一体なんの会話をしているのだろうか……? よく分からないけど、兄様呼びが出来なくても好きで居続けてもいいという事だ! 距離を開けろと言われなくて良かったとホッとした。
「ウィズ、呼び方が戻ってるぞ」
「あ! そうでした! エランド様だねエランド様!」
「はは、少しずつ慣れてくれ」
「ようやく帰ってきたようだね馬鹿弟子!!」
洞窟の奥の方から大きな声が響き渡る。
その声を聞いて、竜騎士のみんなは姿勢を正し、エランド兄様は胸の前に手をおいてお辞儀をした。
「無理を言って出掛けてすみません、師匠」
「王太子ともあろう者が私に頭を下げるんじゃないと何度言えばわかるんだい!!」
「女性には礼を尽くせといつも言っているのは師匠じゃないですか」
「分かったような口を叩くんじゃないよ!!」
巨大なハンマーを引き摺りながら現れたのは筋肉質のお婆様だった。騎士のような鎧を身に纏い、白髪の髪を頭の上でくくっている。声も身長も大きく、歴戦の戦士のようなオーラすらも纏っている。
「おやっ」
橙色の瞳がギロリと私を捉え、私も思わず気をつけをして正してしまった。
「アンタが噂のレディかい?」
「えっ、噂?」
「アタシはメイベル! そこの王子様に武術を教えたババアだよ!」
メイベルは自分の事はババアと呼んでも他人からババアと呼ばれるとぶち切れるタイプの可愛い人です(?)




