65-3 ストーカーは犯罪です~誤解とすれ違いのソナタ~
「俺の傍に火の大精霊と、土の大精霊がついてきているって?」
うんうんと頷くけど、エランド兄様は辺りを見回して、やっぱり何も見えないせいか、釈然としない感じである。
レアンニールの町から飛竜隊の竜に乗せてもらって旅立った私達。
ゼノのアークの数倍は大きい大人の竜達はその体に鎧を着て、巨大な翼を羽ばたかせて大空をぐんぐんと飛んでいく。
どれほどの突風を身に浴びるのだろうと思ったけれど、兄様を乗せている竜には防壁の魔道具を首から下げているらしく、風は全く感じない。流石王太子様、この辺りの対応もちゃんとされている。
他の竜騎士の皆さんは自分の相方の竜に跨がり操縦している。竜騎士でない人はその後ろに乗せて貰っているといった感じだ。
ゼノもまだアークが飛べないので、竜騎士の人の後ろに乗せてもらい、アークはその竜が鉄の籠を胴体に括り付けてその籠に乗せられて運ばれていた。
どうやらアークは中々に陽気な性格のようで、鉄の籠の中でご機嫌に鳴いている。
そして、私はベテランの竜騎士さんの背を見つめる形で、後ろにはエランド兄様が座り、しっかりと腰を抱かれて竜に跨がっていた。
こんな事態じゃなかったら人生初の竜との飛行にテンションが上がって大喜びしていた所なんだけど、はしゃいでいる場合ではないのでグッと堪えている。
なぜなら、こうしている今も火の精霊は宙に炎の足跡を残しながら駆けてエランド兄様の後ろをついてくるし、土の精霊は遙か下の大地を走行しながらついてきている。
なんとか竜の速さでこのお二人を撒けないものでしょうか……無理ですかねやっぱり。
「大精霊達は兄様が火山と岩山? に行った時からついてきていたみたいなの」
「心辺りはあるな……火の精霊達が住まうというデボラール火山に行ったのはこの旅が始まって最初の頃だ。俺は火の属性魔法があると言われていたから真っ先に向かった場所だった」
『その火山ヨ! そこが私の住処でしたエランド様! そこからずっと貴方様のそばにいたのでス!!』
「その火山からずっとストーカーをしていたらしいよ兄様」
『守っていたのヨ!!』
言い換えるな小娘と火の大精霊に怒られてしまう、しかも喋っていない他二つの獅子の頭もギャアギャアと鳴いて私を怒鳴りつけてくる。
「大精霊達が他の精霊を威嚇していたせいで、兄様はまだ契約が出来ていないみたいなんだよ!」
「そうだったのか、どうりで精霊殿の気配を一向に感じられない訳だ」
怒るどころがエランド兄様は目を細めて笑みを深めた。
「俺を望んでくれるとは光栄至極、今日まで見守って頂き感謝する」
『エランド様ァアアアアアッッッ!!』
アイドルのファンみたいな黄色い悲鳴が火の大精霊から発せられた。
ここが現代だったら手作りのうちわを振り回しながら「視線こっち」「ウィンクして」とかやっていそうな勢いである。
「だが、俺には力不足だろう? 大精霊の魔力を俺の力では支えきれない」
『そこをなんとカ!!』
「根性論ではどうにもなりませんよ火の大精霊様」
私が諭すと、火の大精霊は絶対に諦めないと炎の鬣を更に燃え上がらせた。
諦めてくれないとエランド兄様がどの精霊とも契約ができないのですが。
「俺の目標としては、中位精霊二体と契約をする事だったんだが」
「中位精霊を二体と?! そ、そんな凄い事が可能なの?!」
私の周りには大精霊と契約している人が不思議と多くいるけど、大精霊は本当に特例なのだ。その属性ごとに世界に一人しかいない王様だし、大精霊から契約をしたいと望まなければ契約など無理ない、その望まれる条件は不明だけれど。
けれど、中位精霊も一般レベルよりも遙かに魔力が高い人、王国でいうのなら魔力のスペシャリストが集まる魔塔の上級者達のような人達しか契約出来ないのだ。
そんな中位精霊二体と契約だなんて聞いた事がないよ。
「自分の特異体質を利用してな」
エランド兄様は自分の目元を指先でなぞり微笑む。
「中位精霊二体と契約出来る位に強くなくては、いつの日かメティスには挑めないだろうから」
「なんでメティスに? 手合わせでもするの?」
私の腰を抱く兄様の手がぎゅっと強くなる。
「今はまだ秘密だ」
「そっか~」
エランド兄様は後ろから私の腰を支えたまま、私の頭の上に自分の顎をぽすんと乗せてきた。
「光栄な事ではあるが、俺では大精霊と契約は出来ないから断らせてもらうしかないな」
『そ、そんナ!! 嫌です駄目です私は諦めませン!!』
地上からも諦めないぞーみたいな土の精霊の気を感じたようなきがした。
「そうだ! いざとなったらメティスに頼んでポセイドンで火の大精霊様をぶっとばしてもらえばいいんじゃないかな! 水属性の方が有利だって聞いた事があるもん!」
『小娘!! 愛らしい顔をして怖ろしい事を言うナ!!』
「俺と離れるのが嫌だと言っているのなら、大精霊とはいえレディに恥をかかせる訳にはいかないだろう、気が済むまでついてくるといい」
『エランドさまアァアアアアアアアっっ!!』
また黄色い悲鳴が飛び交う。ペンライトを振りながら涙を流していそうな勢いだ。
「だが、俺も悠長にしている暇は無い、中位精霊との契約を優先しなくちゃならないんだ。そこの部分は悪いが聞き分けて欲しいと伝えてくれ」
エランド兄様が「すまないな」と申し訳なさそうに謝ると、火の大精霊はあうあうと言葉を濁し項垂れてしまった。
エランド兄様との契約は諦められないけど、兄様に迷惑をかけるのも嫌みたいだね。
「話はこの辺にしておこうか、そろそろワープホールを潜る地点だ」
「わーぷほーる?」
「この国には空や大地に幾つか国が定めたワープホールと呼ばれる強大なワープ出来る魔道具があるんだ。
主に使えるのは国王に了承を得られた上位貴族と、資格を得ている魔法騎士や魔術師になり、勝手に使用するのは禁止されている」
「つまり、兄様は許可があるからそれを使用出来るって事?」
「ああ、ワープホールに魔力を注いでくれる魔術師の者も同行してもらっているからな。その魔術師が開門をしワープホールが開き、目的地点のワープホールまで瞬間で移動してくれる」
「す、すごーい!! じゃあ一気に遠くに行けちゃうんだね?!」
前世では有り得ない事だ! 魔法の世界って新鮮な事が沢山あって凄くわくわくしちゃうね!
「目的地はここから遙か南に位置するドワーフの住処、ドデゴバ村だ。暑い地域だから心しておけよ」
「うん!」
飛んでいく空の先に巨大な銀色のリングが宙に浮いているのが見えた。
竜で先陣を切って飛んでいた魔術師の人が杖を振り何か呪文を唱えると、そのリングの中央が青白く輝きを放って波打ち、誘うように私達を吸い込んだ。
「ワープホールを抜ける時は激しい反動がくる、舌を噛まないように気をつけろ」
「は、はい!」
どんな反動がくるんだろうと身構えて、思わずエランド兄様の体にぎゅうっと抱きつくと、兄様は一瞬驚いてから微笑みながら私の肩を抱いて支えてくれた。
「……またこうして会えて嬉しい」
「うんっ?」
「なんでもない、行くか」
バシュンッと音を上げて、竜騎士と私達はワープホールへと突入していったのだった。




