47-2 帰還
「ウィズ様!」
「うぃ、ウィズ様!」
真っ先に声を上げたのはアリネスとソフィアだった。
アリネスは安堵したように息をつき、ソフィアは涙ながらによかったと口にしていた。騎士団のみんなも本当によかったと頷いてくれていた。
「…………」
けど、パパが無言の圧を貫いて仁王立ちしているせいで誰一人私へは近づいてこれない。
「あ、あの……パパ?」
「伯爵以上の爵位を持つ貴族の内、十二家門の婚約異議の署名があれば王家との婚約も無効に出来る筈だった」
「え」
「こうしてタイムリミットギリギリまで集めてきた訳だが……」
パパは書類の束を空へと投げ捨てた。
「まさか、第二王子の方が謀るとは想定外だったな」
「謀るとはなんの話でしょうか?」
微笑みを浮かべるメティスと、絶対零度の無表情でメティスを見下ろすパパ……っ。
ま、まさか……パパが忙しくしてて昨日も姿が見えなかったのは、その署名を集めて、私とエランド兄様の婚約に意義を唱える為だったのかな?
だというのに、朝になったら私がまさかの第二王子のメティスと大精霊の祝福を通して婚約していたものだから寝耳に水だったという事だね。
「ぱ、ぱぱ……あの、ごめんなさ」
「何に対しての謝罪だ」
パパに睨まれてぴょんと飛び上がってしまう。
「あ、あの、抜け出した事と、こんやく……」
「悪いと思って謝っているのか」
「えっと……」
「本当に悪いと、思っているのか」
「……抜け出した事は後悔はしてないんですぅ」
私の心の内を見透かしたようなパパの言葉に肩を落としながら涙目になる。
「あの、あのね……メティスが攫われたって聞いて、助けなくちゃって思って」
「それで幼いお前が一人で助けに言ったというのか、大人を誰一人頼らずに、愚かな選択はするなとあれ程言っただろう」
「はい……」
「お前が居なくなったせいで、どれだけの人間が寝ることもせずに必死に探し回ったと思っている」
「はい……」
「あんな置手紙を残して探せる訳がないだろう」
パパは私が書き残しておいたメモを懐から取り出すとそれを取り出して見せた。
興味津々とばかりにそれを見たメティスは「あー」と気の抜けた声をだす。
「うん……気合は伝わるけれど、どこに行ったのかは全然わからないね」
「でもすぐ戻るつもりだったから!」
だから私は手紙にこう書いたのだ『みんなへ。ダッシュで帰ります!』と。
メティスを助けたらすぐにダッシュで帰るつもりだったからこれでいいかと!!
「そういえば、僕へ宛てたウィズからの手紙も根性論が多かったな……今度僕が手紙の正しい書き方を教えてあげるね」
「なんでそんな生易しい目で肩をたたいてくるのメティス?!」
「とにかく」
パパは手紙をしまうと、苦し気な面持ちで私を見つめた。
「心配で……生きた心地がしなかったんだぞ」
どこか顔色が悪く、一晩でやつれたような顔をしたパパに申し訳なさで胸が締め付けられる。どれ程心配をかけてしまったんだろう。
「ごめんなさいパパぁ~~っ、今度からちゃんと言うようにするよぉっ」
「こういう事を二度とするなと言っているんだ」
「でもっ、メティスを助けられて後悔してないからそれは約束できないよぉっ」
「お前……」
すると、パパの後ろから現れたセバスチャンがパパの肩をポンポンと叩いた。
「まあまあヴォルフ様、こうして帰ってこられたのです、もうお説教は良いではありませんか」
「だが」
「私は覚えておりますよ、ヴォルフ様がお小さい時にウィズ様と同じように屋敷から抜け出し、一人で賊を倒しに行った日の事を」
この場にいた一同が「え」と零しながらパパを見つめた。パパはとてもばつが悪そうな顔をしている。
「やはり親子は似てしまうものですね?」
「……親になってようやく、父上達の気苦労が俺も理解出来るようになった訳だ」
パパは頭を抱えながら深く溜息をつき、しゃがんで私へと手を広げた。
「ウィズ……来い」
「ぱぱ~~っ」
半泣きでパパに駆け寄って抱きつくと、パパは私を抱っこして立ち上がった。
「戦ったのか?」
「うんっ、いっぱい倒したよ」
「流石俺の娘だ」
「えへへ」
「だが危険な真似は二度とするな」
「……はい」
「前にもそうして目を反らした事があったな?」
パパはフゥと溜息をついて、メティスに振り向いた。
「攫われたと聞いていましたが?」
「ウィズと親切な騎士に助けてもらったんだ」
「それは何より、ですが……何故ウィズが大精霊の盟約を結んでいるんですか?」
「逃げ出した先の湖で偶然大精霊ポセイドンが僕の事を気に入って契約をしてくれたんです。その時にウィズの事も大層お気に召したようで、僕の番にと選んでくれました……この国にとっても水の大精霊の加護を受けられるなんて素晴らしい事ですよね?」
目力でメティスを凍らせられるのではという位の鋭い目でメティスを睨み付けているパパ。
「さも、水の大精霊と契約したのが今日であったと言っているかのようですね」
「そうですが?」
「馬鹿な、俺が大精霊の姿を捕らえる事が出来る事をお忘れか」
「その証拠はどこにもありませんけどね」
さぶぅういいっ!! パパからリアル吹雪が吹き荒れるっ! 氷点下! この場が氷点下に包まれていますぅっ!!
「幾ら貴族の署名を集めても、英雄の貴方が異を唱えても、水の大精霊の盟約を破棄する事など出来ないですよ、ポジェライト辺境伯」
綺麗に、狡猾に微笑むメティスにパパはギリリと歯を噛みしめた。
けれど、私の顔を見るなり爽やか過ぎる素敵な笑顔を浮かべた。パパの笑顔はとても貴重なので私もテンションがあがってしまう!
「ウィズ」
「なあにパパ?」
「俺は世界一お前が可愛いと思っているが」
「ホントーーっ?!」
ちょうかっこよくて強い自慢のパパが世界一可愛いって思ってくれてるの?! どうしよう! すごく嬉しい!
「お前が世界一好きなのは誰かな?」
「パパだよぉおおおおっ!!」
パパの首に抱きついて満面の笑顔できゃーっと笑うと、パパは満足そうによしよしと私の頭を撫でてくれた。
こんなかっこいいパパが傍に居たら親離れ出来る予感が全然しない! パパ大好き! 私のパパは世界一!
いちゃらぶして幸せいっぱいだというのに、使用人の皆はゴクリと唾を飲み込んで青ざめている、そんなみんなの前には真っ黒な笑顔を浮かべるメティスがいる訳で。
「ポジェライト辺境伯? そういった親子の会話は後ででも良いのでは?」
「即席の婚約者には羨ましい光景だったろうか? 気を使えず申し訳なかった」
今度はバチバチと二人の間で火花が飛ぶ。
そういえばこの世界には花火とかあるのかな? また見たいな~。
「早く城へ帰って皆を安心させた方がよろしいですね、馬車を手配致しますよ」
「いいえ結構ですよ、ポセイドンで空から帰還した方が大精霊と契約した証明にもなって丁度良いですから」
そのまま帰るのだろうと皆が胸を撫で下ろした矢先、メティスは魔法で出現させた水を蹴って宙に浮かぶと、私の額にちゅうっと口づけた。
「またね、僕の可愛い婚約者さん」
「へあ」
パパの手が魔方陣を生み出す前にアリネスとセバスチャンがパパの腕にしがみついてそれを止め、その隙にメティスはポセイドンに跨がり空高く飛び上がった。
「ウィズ! 今日はありがとう、またすぐに会いに来るからね」
「二度と来るなクソガキッ」
パパの罵倒など気にも止めず、メティスは私へウィンクをして手を振ってから飛んで行ってしまった。
「メティス行っちゃったね……」
「ハァーー……」
パパが指を鳴らすと氷漬けだった屋敷の氷が粉々に砕けて消え去った。
「詳しい話は屋敷の中で聞かせてもらおうか」
「うん! 私頑張ったんだよーーっ!」
「本当に反省してないな……」
パパが振り向くと、屋敷の皆の笑顔が私を迎えてくれた。
「ウィズ様! ご無事でなによりです……!」
「おかえりなさいウィズ様!」
「みんなただいまーーっ!」




