46-2 愛の告白と絆の盟約
「わかったよ、取りあえず体育館裏に行く感じでいいかな?」
「うん?」
メティスからの呼び出しについにきてしまったかと心の中で頭を抱えた。
今回の事は自分でもいけない事をしたなという自覚はある! いくら未来をゲームで知っていて時間が無かったとはいえ一人で危ない場所に突っ込んでいってしまったのだ、怒られてしまっても仕方ない。
悪い事をする! 怒られる! 即ち体育館裏への呼び出しだ!!
でもこの世界の体育館裏って何処なんだろう? まず体育館という施設はあるんだろうか? 困ったね。
「ウィズは本当に退屈させてくれないね」
メティスも靴を脱いで私の隣に座って足を湖に浸した。
「ここで話をしよう?」
「ここでという事はつまり私は簀巻きですか?!」
「僕が簀巻きにしたいのはブラッドだよ、ウィズの顔を叩いたり体に傷をつけたり……アイツは楽に死ねると思わない方が良い、尋問が終わったら必ず生きている事を後悔させてから沼に沈めるから安心して」
なんか凄く物騒な言葉が聞こえた気がする……でも、メティスの様子からしてどうやら私へのお仕置きをしたい訳じゃないみたい。
「メティス」
「なに?」
「めてぃすめてぃす」
「うん」
「メティス!」
何度も名前を呼んでにっこり笑うとメティスは不思議そうな顔をした。
「ねえどう? 私ちゃんとメティスの名前を呼べるようになったんだよ! 凄いでしょ?」
「あ……本当だね、二年前までは練習しても呼べなかったのにね」
「うん! 何度もメティスめてぃすって口に出して呼んで頑張ったの! だから、ちゃんとメティスとこうしてお話できて名前が呼べて嬉しいな!」
「僕も……」
眩しい程にメティスが微笑む。
「またこうしてウィズに名前を呼んで貰えて本当に嬉しいよ」
湖の水面が風に揺らめき、それに映る私達の姿も幻のように揺らめいた。
「兄上が王太子に任命される事になって僕の役目は終わったと思った、そこで今僕に何が残されているだろうと周りを見渡してみたら……何も残っていなかった」
メティスはゆっくり、ゆっくりと語り出す。
「好きだと思っていた人達は幻想で、幸せを共有してくれた大切な君は兄上のものになってしまったから」
「エランド兄様と婚約してもメティスと友達だよ!」
「駄目だよ……それは辛いもの、兄上の隣で段々と兄上に恋をしていく君の姿を友人として見守る事しか許されないなんて、ただの拷問だ」
メティスは私の手を取り、ぎゅうっと握りしめた。
「ウィズ、君に好きな人はいないんだろう?」
「沢山いるよ?」
「好意という意味じゃなくて、誰かに恋しているかという話だよ。念のために言っておくけど池にいる鯉じゃなくて、人に対する感情の恋」
「恋……かぁ」
昨日、前世の十七歳だった頃の記憶が少し甦った。その前世の記憶が産まれた時から頭の片隅にあったんだろう、この世界に誕生した時からあった一定の知識は前世で学んだ知識という事だと思う。
前世にテレビで見た事がある、三歳の男の子が突然「自分は前世でピアニストだったんだよ」と言って、触った事もない筈のピアノで美しい音色を奏でたってお話。だから、私の身に起きた事もそういう事、なんだと思う。
という訳だから、私の感情は今現在の五歳の感情と、前世の十七歳の感情のどちらにも引っ張られている感じだ。
恋をしている? と聞かれても、前世の年齢位の人達は「お兄さん」と見えるし、今の同じ歳の子達を見ると「可愛いね」とか「遊ぼう」とかそういう感じになってしまう。
まあ恋ってある日突然胸を狙撃されるものだって言うし、今平然と生きているという事は、私はまだまだ恋はしないという事なんだろうね。
前世の薄らある記憶を遡ってみても、私が恋をしていた記憶はない。
ない、筈だ。
「まだ狙撃されてないから恋はしてないですね」
「恋を狙撃という形で表現した人を僕は初めて見たよ」
メティスはクスクスと楽しげに笑って、とても優しい眼差しで私を見つめた。
「僕はね、恋をしているんだ」
「えっ! そうなの? 誰に?」
メティスに好きな人が出来ただなんて! やっぱり離ればなれだった二年間の間にいい人が出来たのかな? こんなに優しくて綺麗なメティスが好きになっちゃうなんて、一体どこの女の子だろう?
キラキラした目で見つめると、メティスは握っていた私の手を自分の口元へと誘い、私の手の甲へ口づけた。
「ウィズ、僕は君に恋をしているんだ」
「へ……」
恋をしてる? メティスが……私に?
友達だよって、ずっと一緒にいるよって話もしたし、それにメティスが凄く嬉しそうにしてくれていた事も知ってる。でも、それは私と同じ気持ちで、今のままずっとずっと一緒に笑い合って遊んで、悲しい時は助けて、楽しい時は分け合っていくっていう友達に向ける最上級の好意だと思っていた。
でも、メティスは違うんだって、恋……してるんだって。
理解が追いつかなくて、唸りそうになるのを必死に堪えながら首を傾げた。
「あ、の……恋の好きと、友達の好きは何が違うの?」
前世では漫画とかで恋をするお話を読んだ事だってある。勿論いいなぁとも思ったし、素敵だという憧れも僅かながらある。けれど、それが自分に当てはめられた時【好き】という感情の違いが分からない。
恋って必要? 友達のままの好きじゃ駄目なの?
「友達の好きとは全然違うよ」
私の手を両手で握り締めて、愛おしそうに微笑む。
「いつも君の事だけを考えてしまって、君だけがキラキラ輝いて見える」
「ひ、光ってるの?!」
「うん、だから声を聞けば嬉しくなるし、笑いかけられると幸せでいっぱいになって苦しくなる。離れてしまえば虚しくて悲しい、でも傍にいてこうして触れられると……」
私の手がメティスの胸元に押し当てられる。
手のひらから伝わってくる、ドクンドクンというメティスの心臓の音はとても早くて、楽しいダンスを踊っているかのようなテンポを刻んでいた。
「触れられると、嬉しくて恥ずかしくて幸せで、そんな気持ちをくれた君を産んだ世界をほんの少し好きになれる」
「そう、なんだ……」
「うん、友達の好きとは違うでしょう?」
「違うね……私は誰か一人にそんな気持ちになった事ないもん」
「そっか」
「メティス、なんだか凄く幸せそう」
百合の花びらのように白い頬がほんのりと朱色に染まっている。その頬を指先でツンツンと突くと、メティスは驚いたように目を見開いて更に顔を赤くした。
「メティス、いいなぁ」
「いいなって、僕をそうさせているのはウィズなんだからね?」
「あ、そっか……そうだったね」
メティスは私に恋をしてるのか……。
その言葉の意味を深く噛みしめて、でも私はどうしたらいいのか分からない。
「えっと、好きになってくれてありがとう?」
「え……うん、どういたしまして?」
へんてこな会話をして、二人でぷはっと噴き出して笑っちゃう。
「だからね、僕は」
メティスの瞳が、海の水面のようにきらりと煌めいた。
「君と結婚したいんだ」
「けっっ、けつこんっっ?!」
◇◇◇◇◇
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