6-1 弟を守れなかった日【エランド視点】
「おめでとうございます、エランド様は火属性の才能があるようです」
三歳になった日に、王宮の魔力鑑定士に魔力の属性について占われた。
この国の貴族の殆どが生まれながらにして魔力を持っている。その魔力量は人によって異なり、魔力がより高い者が高位精霊に好かれやすい。
精霊とは、この世界に生きていて人の世界とは表裏一体。すぐ近くに居て、とても遠くにいる存在。
数多の精霊が存在する中で、人々が最も崇めているのは五行属性の精霊達。
火、土、金、水、木。これらが精霊達の起源とされていて、彼らを筆頭に他にも精霊は数多にいる。
例えば、音、氷、花、風、雷などの多様な精霊達が居るが、この五行精霊が起源となり後に産まれてきた精霊達だと言われている。
そして、精霊の属性ごとにも位があり、妖精、精霊、中位精霊、大精霊とある。
精霊の加護を受けるに値する魔力が高い人間は精霊の姿を見る事が出来ると言われているが、魔力が低い人間は精霊の姿を見る事は出来ない。もしも、中位精霊と契約出来る高い魔力を持っていたとしても、大精霊の姿を自力で見る事は叶わない。
貴族として産まれたのなら魔力がある、しかしその魔力には産まれながらに魂に刻まれた素質というものがあり、それは努力で変えられるものではない。
貴族は魔力が世界に馴染み安定する三歳から魔力鑑定が行えるようになり、自分がなんの魔力に適正があるのか鑑定出来るようになる。そして、その魔力の属性と同様の精霊と将来契約してようやく、魔法を自由自在に操れるようになる。
俺の属性はどうやら【火属性】であると鑑定結果が出たようだ。五行の一つであり強力な魔力であるが故、城の者達は皆これは素晴らしい事だと喜んだ。
しかし、皆が喜ぶ中で国王である父上だけは静かに俺を見つめていた。国王としての言葉で賛辞を送り、父親としての目は悲しげだった。
この視線の意味を後に知る事になる、第一王子である俺とその弟の事を心配してのものであったのだと。
◇◇◇
俺が火属性の魔力持ちだという話は一夜にして城内に広がった。多くの者達が喜んでいたが、中でも一番喜んでいたのが【紅蓮院】の者達だった。
紅蓮院とは、高位貴族達の中で火属性を崇拝する者達の集まりの事だ。
精霊達の中で火属性が最も秀でていると崇拝する者達、彼らが火属性の王族を持ち上げるのは当然の事で、気がつけば俺の周りは紅蓮院の派閥の者達で囲まれていた。
この時は、将来国を治めるのだから自分の力を誇示するという意味でも、味方は多いに越したことはないだろう位にしか考えていなかった。
「エランドにいさま、火ぞくせいの魔力ってほんとう?」
俺が四歳になる頃、弟のメティスが俺の服の袖を引っ張りながらそんな事を聞いてきた。俺を真っ直ぐに見つめる大きなブルーの瞳がきらりと煌めく。
メティスはまだ二歳だというのに、落ち着いていて言葉も通常の子どもの何倍も喋る。この王子は天才だと城中の者が口々に絶賛していた。
当然だがメティスが産まれた時から一緒だったし、人見知り気のあるメティスが俺の後ろを黙ってついてくる姿は可愛いと思っていた。いつも俺の背に隠れているだけだったメティスが、ある日突然そんな事を聞いてきたものだから少し驚いたけど、俺は素直にそうだよと頷いた。
「うん、鑑定士に診て貰ったから間違いないよ」
「火……なんだ」
メティスは何度か口を開きかけては止め、しかし意を決したかのように自分の頭上を指さした。
「にいさま、これ……みえる?」
「ん?」
メティスの指が示した方向を見ても城の天井があるだけだ。部屋をぐるりと見回しても、いつもと変わらない俺の部屋の風景だった。
「なにも、みえないけど」
「……そうなんだ」
その時のメティスの顔を見て「まずい」と俺の頭の中で警告音が鳴り響いた。
何かに落胆して、酷く落ち込んで諦めたような……そんな絶望に染まった顔色をしていたから。
俺は何かしてしまったんだろうか? なら、謝れば許してもらえる?
「メティス、あのな」
「もう、いい」
メティスは掴んでいた俺の服の袖を手放し、少し震える声で俺に背を向けた。
「もう、ぼくにかまわないで」
「え……」
「飽きた、エランド兄上はもう……いらない」
一瞬何を言われたのか分からなくて反応が出来なかった。その隙にメティスは俺に振り返る事なく走り去って行ってしまって、急速に冷えた身体と震える指先が、俺の心が酷く打ちのめされたという事を知る。
弟に……メティスに嫌われた、どうしよう。仲直りしたい、仲直りしなくちゃ、また一緒に遊びたい、でも俺が傷付けたのかな、わからない、でも、どうしよう、どうしよう。
脳内でぐるぐると弱音が這いずって、王太子としてしっかりとしろという教えもこの時は守れなくて、年相応の子どもと同様に狼狽えて泣きそうになった。
この日からメティスは俺の事を「エランドにいさま」とは呼ばなくなった。
朝、夕の食事の時は同席しているけど、王族の食事なんてテーブルマナーが厳しくて気軽に雑談なんて出来ない、その間メティスは一度も俺と目を合わせようとしないし、食事が終わるとすぐに父上の所へ行って父上を引き連れてどこかへ行ってしまう。
俺がメティスの部屋を訪ねても、メティスの部屋付の騎士に「今は勉学に励んでおられますのでお会いになれません」と追い返されてしまう。
明らかに避けられている……でも話をしなくちゃ、そうしないとずっとこのままだ。仲直りしてまた前みたいに話をしたい、メティスは人見知りだからお兄ちゃんの俺が守ってやらないといけないのに、喧嘩してる場合じゃない。
だから、深夜に自室から抜け出した。
正面ドアは兵士が待機しているだろうから、窓からあらかじめ用意してあったロープで下の階のバルコニーに降りて、その空き部屋から廊下に出てメティスの部屋へ向かった。メティスの部屋はこの階の一番奥だ、道伝いに進んでいけばすぐに辿りつくから何も問題はない。
そう……何も問題はない筈だった。
ちゃんと話を聞いて、俺が嫌われた理由も理解してから謝って、また一緒に居ようって……そう素直に話し合おうと思っていたけれど。
ガシャァンッ……と、メティスの部屋から何かが壊れる物音が響き渡った。




