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12.


「あんたのせいだ……あんたが来たせいでなにもかもめちゃくちゃだ……!!」


 縛り付けられ、警察に連行させる直前、ミリアは門前でアーシュリアにそう唾を吐き付けた。

 アーシュリアはミリアを見下ろして冷たく目を細める。


「帳簿の偽造に架空請求、横領までしてなにを言っているの……まったく、これだけ出来る才能があるなら、まともに働いても出世できたでしょうに……」

「は! ……あんたみたいなお嬢さまにはわかんないでしょうよ! 親なしで修道院に入れられた女にはまともな働き口なんかないんだ……おもちゃにされてお終いなんだよ!」

「だからされる前に他人を取って食おうとしたというわけね……言い分はわかったけど、断言するわ。貴女は馬鹿よ」

「恵まれてるやつはなんだって言えるだろうよ!」

「……そうかもね」


 アーシュリアは酷薄な瞳でミリアを真っ直ぐ見つめた。


「でもね……ミリア、修道院がどういうところかわたしも知っていますけど……それと犯罪は無関係よ。それにわたしは修道院に入れられて、それでも努力して成功した女性を知ってるの。あなたが彼女と同じくらい努力をしてそうなったなら同情するけど……違うとわかるからしないわ。罪を裁かれ、罰を受けるといいでしょう」

「は……そんな女がいるなら見てみたいね……」

「たぶん見たことがあるはずよ。とっても有名で、街中に肖像画も飾ってある女性ですからね」


 ミリアはさらに何か言おうと口を開いたが、それよりも前に警察が彼女を引っ立てて馬車に押し込んだ。

 それを見送りセオドリックとアーシュリアは屋敷に戻る。


「すまない!! きみを疑ってしまった……!」


 応接室に入るなり、セオドリックはアーシュリアに頭を下げた。

 途中まで完全にミリアに騙され、アーシュリアが伯爵家の資産を横領していると思い込んでしまった。


「いいわ……気にしないで。あれはミリアが上手かったのよ。彼女、才能あったと思うわ」

「犯罪の才能なんてあってどうする」

「本当ですよ、先生」


 ネリネが呆れた様子でため息を吐き出し、アーシュリアの前に紅茶のカップを差し出す。


「ミリアはずっと伯爵家の帳簿を管理してたの。それが出来るくらい頭がよかったんだから、犯罪なんかする必要ないのに……どうして?」


 肩を落としてつぶやいたのはシェリルだった。

 アーシュリアが紅茶を一口口に含む。


「どうして彼女が罪を犯したのかはわからないわ……それはミリア自身の問題だから……それよりもあなた方はこれからの伯爵家について話し合った方がいいでしょう」

「これからの伯爵家?」

「ええ……ミリアは捕まったけど、カイルさまの問題があるわ」

「そうだ……カイルはなんであんなところにいたんだ?」


 カイルはミリアが捕縛されるといつの間にかこそこそと帰ってしまっていた。

 どうして二人が揃って執務室にアーシュリアの解雇を訴えてきたのかは不明なままだ。


「それの答えはたぶんこれですわ、お兄さま」


 そう言ってネリネがテーブルの上にぱらりといくつかの便せんを放り投げるようにした。


「ミリアの部屋に隠してあったカイルからの恋文です」

「恋文!?」

「どうもミリアとカイルは恋人関係だったみたい。ミリアは横領したお金の一部をカイルに流していたようですわ、お兄さま」

「なんだって!?」


 セオドリックは慌てて便せんに目を通した。

 ネリネの言うとおり手紙の内容は下品な恋文で、カイルがしばしばミリアに金を無心している様子が窺えた。

 読み込めばカイルがギャンブルに嵌まり、さらに実家に借金がある様子が窺える。

 ミリアがカイルに伯爵家の様子を教えていたこともなんとなくわかった。それでカイルがアーシュリアたちが不在のタイミングでセオドリックを尋ねてきていたのだ。


「なんてことだ……」


 セオドリックは頭を抱えた。

 母が亡くなって以降積極的にペンネローズ家と関わっていなかったドナテロ家がシェリルとの婚約だけは前向きな理由がこれでわかった。

 借金の返済にイリスローズ商会の資産を当てにしていたのだ。


「あの方、シェリルのことを馬鹿にしている風で嫌いだったけど、これで大っ嫌いになったわ」


 ふん、とネリネが鼻先を膨らませた。

 どうやらネリネがカイルとシェリルの間に立っていた理由はカイルに色目を使うためではなく、妹を守る為だったらしい。


「お兄さま、シェリルの姉として言わせて貰いますけどこの婚約わたくしは大反対です!」

「言われるまでもない……ドナテロ家とは縁を切る。シェイリルもそれでいいな」

「は、はい! もちろん……正直すごく、苦手だったので……ありがとうございます」


 胸に両手を当ててほっと息を吐き出すシェリルの姿にセオドリックは息を吐き出した。


「礼を言う必要はない……どちらかと言えば俺が謝らなければならない話だ。すまなかった、シェリル。もっとちゃんとおまえの意見を聞くべきだったな」

「いえ……わたくしの方こそ、ミリアのこと、もっと早く気づいておけばよかった。ネリネにも……お義母さまのこと……ごめんなさい」


 セオドリックははっとする。

 そうだ。ミリアの帳簿の偽装は昨今のことではない。

 恐らくもっとずっと前から、ケイトが屋敷にいたときからの可能性は高い。

 長く使えた家令を追い出したのはミリアが告発した二重帳簿の件だったのだ。一度使って成功した手をもう一度使っていたとしたら……。


「恐らくミリアはケイト様と家令の間に立って二人が対立するように仕向けていたのではないかしら? ケイト様は平出で貴婦人の教育なんて受けてませんから、きっといろいろ勝手がわからなかったはず。ミリアが親切を装ってあれこれアドバイスしたものをそのまま聞いていたのではない?」

「先生の言う通りです……お母さまは本当は地味なドレスが好きだけど、ミリアが流行じゃないからっていって派手な服を着せていたの。それで変に浮いちゃったりして……おかしいとは思ったけど、具体的にどうおかしいのかわからなくて……先生がいろいろ教えてくれたおかげでようやく理解できました」

「ネリネ……すまない。おまえにもおまえの母にも……俺はとんでもないことを……おまえたちをずっと疑って……」

「いいの、お兄さま。わたしとお母さまがしっかりしていなかったせいで伯爵家がめちゃくちゃになったのは事実だもの……でもお兄さまのおかげでこんなに素敵な方を先生にしてもらってわたしは幸せだわ」

「そう思えるならネリネ、あなたはとっても素敵な女性だわ」

「うん。わたくし、ネリネがずっと一緒にいてくれて本当にいろいろ励まされていたもの。ネリネがこの家にいてくれて本当によかった」


 そういってシェリルがネリネに抱きついた。

 二人の少女がくすくすと笑う。それは紛れもなく仲のいい姉妹の姿だった。

 勝手に二人の関係を決めつけて引き離そうとしていたこともあるセオドリックはさらに頭を抱えそうになった。


「セオドリック、前から思っていたのですが、商会のお仕事を二人に手伝って貰ったらどうですか?」

「え?」

「ネリネはもともと貴女の仕事に興味があるようですし、以前も行ったとおりシェリル様には絵の才能があります。商品の宣伝ポスターやカタログの装飾の一部をシェリル様に任せてみてもよいように思えます」

「ぜひ! お兄さま……わたしお店に立ちたいです!」


 アーシュリアの提案にネリネが前のめりになった。


「以前お店に覗ったとき、わたし悔しいと思いましたの! お店の外に可愛らしい女の子たちがいるのに店内に男しかいないから入れずに困っていたのですわ。ケヴィン様も女性が接客したらいいんじゃないかとおっしゃっていて……わたし、やってみたいです!」

「わ、わたくしも……絵を描くのは大好きです。神々の家に奉納したときも喜んでもらえてうれしかった……お兄さまのお店でそういうお仕事が出来ますか?」

「そう……だな。イリスローズ商会の商品は化粧品だ。手に取ってもらった女性に喜んでもらうためにある……」

「なら、協力させてください。わたくしも家のために出来ることがあるならしたいのです」

「いいのか? 上流の娘が仕事をしているなんていい顔しない人も多いぞ」


 セオドリックの言葉にネリネとシェリルは顔を見合わせた。


「お兄さま、わたしはもともと平民ですもの。婚約者のケヴィン様も応援してくださるのにためらう理由はありませんわ」

「わたくしも……芸術は貴族の嗜みだと聞きました。それにお兄さまのお仕事を馬鹿にするような人とは結婚したくありませんから、ちょうどいいです」

「なら決まりね。よかったわ」


 紅茶を片手にアーシュリアが朗らかな笑みを浮かべる。


「これであとは正餐会を成功させるだけだわ」

「……父上とケイトにも謝らないとな」


 セオドリックは大きく息を吐き出した。




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