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11.



「あ、アーシュリア嬢……」


 アーシュリアの姿を見て、カイルがあわを食った顔つきになった。


「神々の家に行っていたのではないのか?」

「ええ、行ってきましたわ。バザーの準備は思いの外お手伝いをする方がたくさんいたので早く終わったのです。それで戻ってきてみれば、ね……」


 アーシュリアは腕組みをして一歩踏み出した。

 セオドリックははっと顔を上げる。


「アーシュリア、いまの話は本当なのか? きみは帳簿の改ざんを?」

「どうして私がそんなことをしなければならないの?」


 セオドリックの質問にアーシュリアは心底不快だというように眉間に皺を寄せた。


「私、そもそもお金になんて困ってないわ」

「うそだ! 金に困っているから働いているんだろうが!」

「まあ一般的にはそうなんでしょうけど……わたしが家庭教師として働いているのは教育を普及させるためよ。いまは女子教育をしようと思ったら各家庭にこうしていくしかありませんからね」

「なに意味のわからないことを言ってやがる、この売女が!」

「カイル!」


 侯爵令嬢相手に向けるべきではない下品な言葉にセオドリックが眉を吊り上げた。


「伯爵、こんな女の言うことに耳を傾けるべきじゃない!」

「あら、それだとまるで私の言い分を伯爵に聞かれたら困るとでも言うかのようですよ……ねえ、ミリア」

「……貴女の言い分がどのようなものであっても、罪は明らかです。ここに証拠の帳簿があるんですもの」

「帳簿、ね……あなたそれをどこから持ち出したの?」

「もちろん、貴女の部屋からよ!」


 そういってミリアは帳簿をアーシュリアに突きつけた。


「大掛かりな行事を取り仕切ったことなどないでしょうから、と貴女が私から帳簿を取り上げたんでしょう? そして部屋の鍵付きの引き出しにしまって必要なときだけ旦那様に見せていたのだわ!」

「そういう言い分ね……残念だわ、ミリア」


 アーシュリアが腕組みをほどき、瞼を閉じて首を左右に振った。


「わたしの部屋に侵入したところで……帳簿なんてどこにもなかったでしょうに」

「は?」


 アーシュリアの言葉にカイルが口をぽかんとする。

 ミリアは顔をしかめた。


「なにを言っているの? 机の引き出しにちゃんと入っていたわ」

「机の一番上の引き出しのものでしょう? あれは教材でこの家の帳簿ではありませんよ。ねえ、二人とも」


 アーシュリアが扉の前から一歩、身体をずらした。そこでようやく彼女と扉の影になっている場所に少女が二人立っていることに気がついた。


「そうです……お兄さま、その帳簿は偽物です。 だって本物の帳簿はここにあるんですもの!」


 声を上げたのはシェリルだった。

 その胸にはミリアが持っているものによく似た皮の表紙のノートが抱かれている。

 ミリアが瞠目した。


「ど、どうしてお嬢さまがそれを……!」

「当たり前でしょう? 家政を預かるのは屋敷の女主人の仕事。旦那様が帳簿の管理をしないならそれをするのは女主人……つまり今このペンネローズ家ではシェリル様の仕事なのです。わたしが帳簿の管理をしているはずがないではありませんか」

「どういうことだ?」


 セオドリックはアーシュリアの影から姿を現わした妹に目を向けた。


「正餐会の準備が始まってから、わたくしが先生から帳簿をいただいてずっと管理をしていたんです。わたしの私室で保管していて、先生も何処にあるのかは知らなかったはずです。記入するときだけ勉強部屋に持ち込んで先生に見て貰っていましたから」

「業者から請求書を貰ったりして先生に帳簿の書き方や数え方を教えて貰ったりしてたんです。そうしたらシェリルが帳簿の数字がおかしいことに気がついたんですわ」


 そう口を開いたのシェリルの隣にいたネリネだった。


「正餐会だからお金が掛かっているという話だったけど、似たような金額の出費が過去にも何度もあるのです。それで業者にいろいろ尋ねてわかりました。ミリアは帳簿を弄っているって」

「な……!?」


 セオドリックは驚いてミリアを見つめた。


「お兄さま、どうかこちらをご覧になってください」


 セオドリックはシェリルから彼女の持っていた帳簿を受け取った。

 帳簿の最近のページはシェリルの筆跡で書かれており、遡ると筆跡がミリアのものになった。

 そしてシェリルの指摘通り、ミリアの筆跡で描かれた帳簿には所々最近の出費と同額程度の金額が記入されている。


「どういうことだ、ミリア。説明しろ。なぜ帳簿が二冊ある? この数字はなんだ?」


 セオドリックの問いかけにミリアは顔をうつむかせた。

 カイルがうろたえた声で彼女を呼ぶ。


「み、みりあ……」

「ふう……がっかりだわ……」


 ミリアが息を吐き出し、つぶやいた。

 そして突然、アーシュリアに向かって突進する。

 その手のひらに鈍く光る銀色を認め、セオドリックはとっさに机の上のものを引っ掴み、ミリアに向かって全力投球した。

 白粉の陶器の入れ物が割れる音が響き、真珠とシルクの粉がきらきらと宙に舞う。

 それを目くらましにセオドリックはミリアに体当たりした。

 ミリアが後ろに吹き飛び、したたかに頭を打ち付ける。


「ごほ……アーシュリア、大丈夫か!?」

「え、ええ……あなたこそ大丈夫?」

「問題ない」


 セオドリックはまだ舞い上がっている粉を手で払いながら立ち上がった。


「誰か、ミリアを縛るものを……あと警察を呼んでくれ!」

「すぐに呼ぶわ!」


 ネリネが執務室から飛び出していった。




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