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9.



 それからさらに一ヶ月の時間が経過した。

 季節はすっかり冬めいてきて、ペンネローズ家の庭先は木枯らしによって落ち葉の絨毯ができあがっていた。


「お兄さま、今年の冬はお父さまにお会いしたいですわ」

「む……父上か」


 朝食の席でシェリルにねだられたことにセオドリックはわずかに顔をしかめた。

 セオドリックが家督を継いで三年、後妻のケイトとともに屋敷から追い出した父は二年以上別荘地で暮らしてここには戻ってきていない。それはすなわち、二年以上シェリルは父親に会っていないと言うことだ。


「そうですわね。わたくしもお父さまに会いたいです」


 ネリネがシェリルに同意し、セオドリックは眉間の皺を濃くした。

 それはつまり、実母のケイトに会いたいと言うことだろう。

 伯爵家を傾けた張本人であるケイトをこの屋敷に受け入れるのは許しがたい。

 そう思うセオドリックに対し、朝食の席にも同席しているアーシュリアがやんわりと口を開いた。


「でしたら伯爵、シェリル様を主催に身内だけの正餐会を催すのはいかがですか?」

「正餐会?」

「ええ、貴婦人でしたらいずれは舞踏会や晩餐会でお客人を持てなさねばなりません。ふつう母親の側について学ぶものですが、シェリル様にはその機会がございませんでしたからね。先代伯爵を主賓にごく近しい方をゲストにした正餐会を催して練習をするのです。どうでしょうか?」

「……そうだな。いずれドナテロ伯爵夫人になるのだから、シェリルにはそう言った経験も必要か……そういうことなら」


 セオドリックがうなずくと、シェリルが身を小さくした。


「わ、わたくしが主催、なのですか?」

「もちろんわたくしも、それにネリネも手伝いますよ。伯爵もね。あなたが居心地がいいと思う空間を作ってお父さま方を持てなすのです。どうです?」

「いいと思うわ、シェリル。きっと伯爵様も喜ぶわよ!」


 ネリネが胸の前で両手を組み、きらきらと瞳を輝かせた。

 ネリネの言葉にシェリルが小さくうなずく。


「お、お父さまたちが喜ぶって言うなら……やってみるわ」

「決まりね」


 それからというものの、ペンネローズ伯爵家は俄に忙しくなった。

 先代伯爵夫人であるアイリスが病に伏してからと言うもの、その手の催しは規模の大小にかかわらず一切開かれていなかったからだ。

 昔の使用人がほとんど屋敷を辞めている関係で勝手がわかるものがおらず、結果としてアーシュリアがシェリルやネリネに指示を出しながら使用人たちを取り纏め、必要なものを取りそろえていくことになった。


「やれやれ、たいした規模でもないのに忙しいな……舞踏会なんか開いた日にはとんでもないことになりそうだ」

「あら……半年後には一応シェリルとカイルさまの婚約披露を考えているのでしょう? この程度で根を上げていたらとんでもないことになりますよ」

「そうだった……」


 セオドリックは頭を抱えた。

 冬の正餐会には父と後妻のケイト、それから世話になっている叔母夫婦とその子どもたち、シェリルの婚約者カイルとその両親のドナテロ伯爵夫妻、ネリネの婚約者ケヴィンとオーランド夫妻を招待することにした。

 ほぼ完全に身内だけの晩餐会だ。

 それでこれだけ四苦八苦しているのだから、もっと多くを招待する予定のシェリルとカイルの婚約発表会などどうなってしまうのか。

 セオドリックからすれば突飛な提案に思えた正餐会もこう考えると予行練習の一環として必要なことだったとわかる。


「カイルさまとシェリルですが、本当に二人を結婚させるのですか?」


 ふいにアーシュリアに尋ねられ、セオドリックは首をかしげた。


「ああ……そのつもりだ。それが母上の望みだからね」

「本当にお母さまはいまのカイルさまとシェリルの結婚を望むかしら?」

「それは……どういう意味だ?」

「私、思うのだけれど……あなたのお母さまが縁戚のドナテロ伯爵家とシェリルの婚約を望んだのは、自分が死ぬとわかっていたからなのではないかしら」

「それはまぁ……そうだろう……」


 母アイリスは長いこと伏せっていた。鉛中毒のせいもあるが、生来丈夫とはいいがたい人だったのだ。

 そもそも鉛の白粉を愛用するようになったのも顔色の悪さを化粧で隠すためだった。さすがに晩年は医者に止められて使うこともなかったようだが。


「女親が死んでしまうと娘の教育というのは本当に難しくなってしまうの。男の子なら寄宿学校に入れればなんとかなるけれど、女にはそんなものありませんから……だから幼い内に婚約して、将来の義母に娘の教育を任せたかったのではないかしら?」

「だが、父上もドナテロ家もそんな話はしてないぞ」

「ええ……女の教育に男親は基本口を挟みませんからね。あなたもわたしにシェリルの教育を任せたでしょう? 勝手がわからないから、と」

「それはまあ……そうだ」

「本当はドナテロ伯爵夫人が率先してシェリルの面倒を見るべきだったと思うのです。だけどあなたが帰国するまでドナテロ家はペンネローズ家なんか見向きもしなかったでしょう? あまりいい縁だとは思えないわ」

「それは……だが、……ううん……」


 セオドリックは口を閉ざした。

 的を射ているようにも思えたが、なぜ彼女がそんなことを言ってくるのか真意を測りかねたのだ。


「最終的にはあなたとシェリル様が話し合って決めることだとは思うけど……ドナテロ家は少し気をつけた方がいいと思うの。セオ……ちゃんとシェリルの話を聞いてあげてね」

「……わかった」


 真剣なアーシュリアの声にセオドリックは軽くうなずいた。

 といってもこのときなにもわかっていなかったのだというのは、あとになって思い知るのだが。




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