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【おまけ】きみは僕の太陽だ

 

 あんな(ひと)だと思わなかった。


 アンジェリカの頭の中には、ラキームと過ごした日々が映像としてはっきりくっきり思い浮かべられるのだから最悪だ。

 でも、いいかげんに泣き()まねばならない。

 だって雨の中泣いている女なんて惨めにもほどがある。


 今日は久々のデートだったのに……。


 浮かれてお洒落してきた自分が滑稽で間抜けで可哀そうで溜らなくって涙が止まらない。


「アンちゃん!」


 ぐいっとお気に入りの赤いワンピースの袖で涙を拭ったところでアンジェリカは声を掛けられ、そして雨が()んだ。


「傘は? それに、どうして泣いてるの……?」

「……」


 声の主は、アンジェリカが働いている喫茶店の常連の青年だった──二つ年下のエンヴェアが、アンジェリカに傘を差しだして眉を下げて自分を見下ろしていた。

 いつもにこにこと美味しそうに自分の作ったパスタを食べる青年の、こんな顔は初めて見た。

 ふわふわのミルクティー色の髪がアンジェリカに傘を差しだしているせいでぺっしょっりと濡れている(さま)は、まるで大型犬が落ち込んでいるように見えて思わず頭を撫でて慰めたくなってしまう。


「ごめん。アンちゃん、ちょっと傘持っててね」

「あ、うん」


 押し付けられるように握らされた傘に呆然としていると、エンヴェアは着ていた上着を脱いでアンジェリカの肩にかけた。


「はい、これ着て」

「で、でも、悪いわ……こんな高そうなスーツ……」


 肩幅の広い彼の上着がずり落ちそうになって、アンジェリカは傘を持っていない方の手で上着の合わせを押さえながら言うとエンヴェアは首をゆっくり振って口を開いた。


「ちょうど新しいのを買おうと思ってたからいいんだ。だから、気にしないで。ね?」

「……ありがとう」


 アンジェリカが礼を言うと、エンヴェアは安心したように目を細めた。






 ゜+.――゜+.――゜+.






「……なんて男だ!」


 エンヴェアは激怒した。

 必ず、かの浮気野郎の男を除かなければならぬと決意した。

 が。その決意は愛しのアンジェリカに「そんなことをしてはだめよ」と諭されて、すぐに消滅した(かのように振舞った)。


 怒れるエンヴェアを鎮めた、太陽ことアンジェリカに恋して三年。

 ぴかぴかお日様みたいな笑顔に会いたくて、長く交際している恋人がいると知りつつも喫茶店に通っているエンヴェアは、彼女を泣かせた男を心の中で罵倒しまくった。


 太陽を曇らせた男は万死に値する!


「ありがとう。あなたが怒ってくれたおかげで、気持ちが軽くなった気がするわ」


 そんな男の為に、泣かないでほしい。

 目を真っ赤にして無理に笑顔を作るアンジェリカに、エンヴェアの胸は締め付けられた。


「浮気相手の子……いえ、彼の新しい恋人の子ね、昨日までうちの喫茶店で働いていた女の子なの。ほら、あの可愛い子よ」


 私と違って、守ってあげたくなるような女の子。

 と、続けるアンジェリカの声がどんどん小さくなっていく。


「そんな子、いた?」

 エンヴェアにとっての『喫茶店の可愛い店員さん』はアンジェリカだけだったので、本気でそう思った。


「いたわよ、もう。あなたってパスタしか見てないんだもの」


「違うよ? 僕はきみを見てたんだよ、アンちゃん」

 ふふっと笑うアンジェリカに、エンヴェアはややむきになって言い返す。


「え……」


「初めて会った時から、アンちゃんが好きだったんだ」

 そしてその勢いで告白もしてしまった。


「……まさか、だって、そういう素振りはなかったわ……よね?」

「あったんだよ。そのせいでマスターには僕の気持ちはバレてるからね」


 目を真ん丸にして驚いているアンジェリカの頬が赤くなっている様子に、エンヴェアは心底安堵した──どうやら、彼女は自分に嫌悪感を抱いてはいないようだ。


「マスターに注意されたんだ。『あの()には長く交際している恋人がいるから、恋しちゃだめだよ』って」


 エンヴェアは、こんなに弱ってる彼女に告白するなんて卑怯だとは思ったが黙っていられなかった。


 アンジェリカには笑っていてほしい。


「アンちゃん、自分を卑下しないで。きみはとっても素敵な女性だ。望みがないって分かってても三年も店に通うくらいきみに夢中な男がいるくらいなんだからね。……ああもう、本当にきみを傷付けた男を殴ってやりたい」

「そんな。殴るだなんてだめよ……それに、あの……私、今すぐに誰かとお付き合いするとかは、考えられないの……だから、その……」

「うん。長年一緒にいた男のことをすぐに忘れることはできないと思う。でも、僕がいることを覚えていてほしいんだ。そして、考えられるようになったら一番最初に僕のことを考えてほしい」


 なりふり構ってられるか。

 だって、ずっと好きだったのだ。


 エンヴェアはそんなことを思いながらアンジェリカの可愛くて素敵なところを並べまくった。






 ゜+.――゜+.――゜+.






「美味しい?」

「うん、美味しいよ!」


 エンヴェアの食べっぷりにアンジェリカは頬が緩みっぱなしだった。

 彼が食事をする顔を見てると幸せな気持ちになる。しかも、自分の作ったパスタでこんなに喜んでもらえるのだから最高だ。


 アンジェリカは結局、ブロッコリーは山盛りにはしなかった。

 代わりにサラダとオニオンスープをサービスした。



 アンジェリカは一週間前、エンヴェアの二回目の告白に「是非」と答えた。

 時間を作っては自分に会いにくる年下の男に根負けしたし、『彼を幸せにしてあげたい』という気持ちが生まれた為だ。


 気持ちが満たされているおかげか、さきほど帰っていった元恋人に対しては、幼馴染として幸せになってほしいと思えるほどにまでなっている。……まあ、だからといって、大好きな恋人の前で元恋人と話すつもりはなかったので対応はマスターに任せてしまったのだけれど。

 アンジェリカのあの態度はちょっと冷たかったかも知れないが、エンヴェアに不安な思いをさせたくなかったから仕方ない。

 それに元恋人にも変な勘違いをしてほしくなかった──まだアンジェリカの気持ちが元恋人にあると思われたら堪らない。


「ご馳走様、今日もとっても美味しかった」

「ありがとう。食後にデザートかコーヒーはいかが?」

「じゃあコーヒーもらってもいい?」

「分かったわ、とびっきり美味しいのを淹れるわね」


 エンヴェアと話しながらコーヒーの準備をしていると、マスターが「一緒に飲んだらいいよ」と言うので、有難く早めの休憩をとることにした。

 幸い、今日は週で一番客が少なく店内には常連客が三人ほどだった。


「私からのお祝いだよ」


 エンヴェアの隣に座ると、マスターは稀少な豆を挽いてコーヒーを淹れてくれた。


「わあ、これ飲んでみたかったんです! ありがとうございます、マスター」


 アンジェリカが感激して礼を言うと、マスターはうんうんと満足そうに笑って「やっぱりアンちゃんは笑顔が一番だね?」とエンヴェアに向かって片目を瞑った。


「あっ! マスター! それ僕のセリフですよ!」

「あはは。それは申し訳ない」


「ふふっ」

 二人のやり取りに思わず笑うと、エンヴェアがこちらを向いた。


 その目は眩しそうに細められていた。


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