神の手腕
始まりは手だった。
空が崩れ、現れたのは巨大な手。地表から見上げる我々が、遥か彼方を飛ぶ鳥に影を落とすその物体を、紛うことなく「手」であると認識できたのは、それが余りにも巨大だったからだ。
手から腕、腕から肩、空を破りながら何かが徐々に姿を現す。煌めく飴色のすじが垂れたと思えば、やがて冠を乗せた艶やかな髪、青藍の瞳、そして手よりも更に大きな顔が見えた。乗り出すように空から現れたという事実よりも、それが神に違いないと我々を実感させたのは、そのあまりに美しすぎる造形からだった。
空から生まれた神が、今度は地下深くにその身を横たえた。神は生まれてすぐに眠りに落ちたのか?――違う。
莫大な「力」を蓄えた体は、人間にとってあまりに強大な脅威だった。神は睫毛ほどの「力」だけを地表に置いて、それ以外は全て地の底に仕舞った。神の配慮によって、我々は莫大な「力」に当てられることなく生きている。
地表にある末端の「力」はといえば、人間を模した姿で我々を導いた。それでも溢れ出す「力」は収まりきらず、模したはずの大きさは人の倍だった。
見上げる体躯に人々は首を垂れ、溢れる光に涙を流した。尊き訓えに心身を捧げ、人々は勤勉に日々を過ごした。
やがて神は人並みの大きさになった。放つ光も消え、人混みの中では人間との違いを探す方が困難だった。
それでも人々は変わらず神を崇めた。神の言うことは全て聞き入れ、神の手となり足となった。
それからどれほどの時が経ったのだろう。人類の顔は随分と神に似てきたようだった。信心の現れだと、人々は喜んだ。人々のほとんどが、神と同じ顔をしていた。
神と人と、並べば違いを探す方が困難だった。人類のほとんどは皆、神になった。
人類が神になったのか? 神がその身を増やしたのか?
――人間は、消えたのか。
神と似ても似つかぬ男は怯える。自分以外の人が皆、同じ顔をしている。
神には見えぬ女が憂う。自分はいつか神になれるのだろうか。
人の子は首を傾げる。自分は誰から生まれたのだろうか。
神々は笑う。人の子らよ、神になれと。
神になれぬ人々に、神々は強いる。汗水流し寝る間を惜しんで働きとおせ、神のためにその身を捧げろ。そうすればやがて、選ばれなかったお前たちも神になれるのだと。
やがて、やがて。
人々は消えたのか。地表の全ては神なのか。
人々は、やがて。
山の奥、森の深く、海の向こう、その先へ。当てもなく逃げ惑い、逃げた先で怯えて暮らした。いつか神が来はしないかと。やがて神になりはしないかと。
神に見つかればどうなるのだろう。引きずり出され、死ぬまで働かせられるのだろうか。
人々は怯えの中で慎ましく、知恵を働かせ、日々を生きた。
そして一人の神が人間の寝ぐらを探し当てた。洞窟の中を覗き込み「ここに人の子がいる」と、他の神へ告げようとした。その神の顔は笑っていた。笑ったまま、神の首は地に落ちた。傍らに立つ、人が握った刃には、人とよく似た赤い血が滴る。人が神を殺めたのは、その集落ではそれが初めてだった。
一人、二人、数を減らしていく神々に、人々は反逆を覚えた。
一人、二人、数を増やしていく人々に、神々は憤慨を覚えた。
人と神は対立した。
人々は神を、神々は人を、殺し殺され日々を生き抜いた。
初めて神が殺されてから、数百年の年月が過ぎた。
人々は神よりもその数を増やし、やがて最後の神を殺した。人類は笑う。ようやく人間が勝利を得たのだと。
その笑い声を突き破るように、大地が底から穿たれた。
始まりは手だった。
地が割け崩れ、現れたのは巨大な拳。勝利の空を見上げて笑う我々が、遥か彼方を飛ぶ鳥のように空へと投げ出されたその物体を、紛うことなく「人」であると認識できたのは、空から雨の如く落ちて潰れたものが血肉の臭いと人の衣を纏っていたからだ。
手から腕、腕から肩、大地を崩壊させながら何かが徐々に姿を現す。煌めく飴色の輝きが放たれたと思えば、やがて冠を乗せた艶やかな髪、青藍の瞳、そして手よりも更に大きな顔が見えた。乗り出すように大地から現れたという事実よりも、それが本当の神に違いないと我々を実感させたのは、そのあまりに美しすぎる造形からだった。
人々は真の神を見た。神と騙る人ではない。
真の神は人々に報復するために現れたのか? 祝福するために現れたのか。報復ならば人々は先手を打たれた。祝福ならば、死んだ人々は尊い犠牲だった。
大地から生まれた神が、今度は天高くにその身を昇らせた。神は生まれてすぐに空へと消えたのか?――違う。
莫大な「力」を蓄えた体は、人間にとってあまりに強大な脅威だった。神は睫毛ほどの「力」だけを地表に置いて、それ以外は全て空の裂け目に仕舞った。人は言った、神は我々を見定めていると。
地表にある末端の「力」はといえば、人間を模した姿で我々を導いた。それでも溢れ出す「力」は収まりきらず、模したはずの大きさは人の倍だった。
見上げる体躯に人々は畏怖の首を垂れ、溢れる光に本能の涙を流した。尊き訓えに神の現れは祝福だったのだと、人々は神を敬った。
さて、次は神が勝つか人が勝つか。
人の世に混ぜて残す文献は、どこからどこまでを切り取るべきか。アイツには「人でなしが我々だなんて人を騙るな」と怒られそうだ。だが神様気取りがよく言う。こんな悪趣味な遊びを繰り返すなら、さっさと支配してやれば良いものを。
「いずれはこちらが勝つのだから」と余裕で語るのが気に障るから、人の肩を持ちたくなる。肩を持ったところで、意見そのものは同じなのだが。
そういえば徐々に周期が短くなっているが、そろそろ飽いてきたのだろう。さっさとここを支配して、次の惑星へ渡るのはどうだ。