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名前のない物語

護衛メイドは甘味に弱い

作者: 中田カナ

「お呼びでございましょうか?旦那様」

髪をきっちり結い上げてメイド服に身を包んだ彼女がやってきた。

「うん。来週なんだけど、また市場調査を兼ねて王都の街をまわろうと思うんだ。どこをまわるかはだいたい決めてあるけど詳細は後日説明するとして、当日は護衛が必要なので君についてきて欲しい」

「はい、かしこまりました」

我が家の若干特殊な事情により、うちの使用人達はメイドの彼女も含めてほぼ全員が護衛としても動けるよう訓練を受けている。

「君もそのメイド服じゃなくて新たにこちらで用意する服でよろしくね」

怪訝そうな顔をするメイドの彼女。

「旦那様、お言葉を返すようですが、外出着なら以前も同じようにいただいたものが何着もございます。わざわざ新たに用意しなくても、そちらでよろしいのではないでしょうか?」

「え~、でも以前と同じ店もいくつか寄る予定だから違う方がいいかと思って。それにもう用意しちゃったしね。あとでメイド長に確認しといて。当日の化粧や髪のセットもメイド長達がやってくれるってさ」

「・・・かしこまりました」

彼女はまだ不服そうな表情だったけどスルーしておく。

「それじゃ、当日はよろしくね・・・あ、これ、もらいものだけどクッキーあげるね」

紙袋に入ったクッキーを手渡す。

「・・・ありがとうございます」

ほんのわずかだけど彼女の表情が緩んだ。



メイドの彼女が去ってしばらくしてから執事が執務室にやってくる。

「坊ちゃ・・・旦那様、こちらが来週の外出ルートの最終版でございます。カフェはご指示通り手配済です。多少の時間のずれも考慮していただけるようにしてあります」

「ん、ありがとう」

執事が眼鏡を押し上げる。

「旦那様、差し出がましいようではございますが、わざわざ仕事にかこつけなくても素直にデートとして誘えばよろしいのではないでしょうか?」

「そりゃ僕だってそうしたいよ。だけど彼女がそういうのを簡単にOKすると思う?」

「そうでございますね。メイドとしても護衛としても非常に優秀なのですが、少々堅物に育ってしまいましたかねぇ」

「うちの父上達とともに領地へ行った彼女の母上も生真面目だったもんねぇ」


彼女の母上はいわゆる未婚の母というやつだ。

うちはあくまで実力重視なので、訳ありの使用人はさほどめずらしくはない。

彼女の母上の場合、先方はすでに奥方を亡くしていたので不義ではないのだが、身分差を考えて自ら身を引いたそうだ。すでに身重だったが、うちの母がすべての事情を知った上で侍女として雇い入れた。

だからメイドの彼女は生まれも育ちもこの屋敷の使用人棟。

幼い頃から使用人達に可愛がられ、仕事も出来て護衛としても腕の立つメイドとなった。

そんな彼女が僕と接するのは仕事だから、僕の前ではほとんど表情を変えることはない。

「・・・僕は彼女の笑顔が見たいんだよね」

ぼそっとつぶやくと執事は再び眼鏡を押し上げる。

「おまかせください。当家の使用人一同、全力で坊ちゃ・・・旦那様をサポートさせていただきます」

何も知らないのはメイドの彼女ただ1人だけだった。



爵位を父から継いだのは昨年のことだった。

両親はまだ若くていたって元気なのだが、まだ幼い妹や弟とともに領地で暮らすことを選んだ。領地の運営に関してもいずれは引き継がなければならないが、当面は両親に任せておける。


そもそも我が家は他の貴族とは少々成り立ちが異なる。

初代はいわゆる海賊の頭領だった。

そして当時の国王はなかなかに豪胆な方だったようで、海賊を退けるのではなく手を組むことを提案してきて、条件を詰めた末に自然の良港を有する海沿いの地を領地として与えられた。

今でも我が一族は海の守りの一端を担うとともに、諸外国との貿易によりこの国に多大なる利益をもたらしている。

執事をはじめとする使用人の多くも海賊時代から繋がりのある者たちの子孫だ。皆いつでも誰でも戦えるよう訓練を義務付けており、メイドの彼女のように王都出身であっても護衛として動けるくらいの訓練は行うことになっている。



「旦那様、お待たせいたしました」

エントランスで待っていると、いつものメイド服ではなく襟にレースをあしらった濃い緑色のワンピースを身にまとった彼女が現れた。

いつもはきっちり結い上げている髪を下ろし、長く真っ直ぐな黒髪がさらりと揺れる。うっすら施した化粧も彼女の美しさを存分に引き出している。

その背後では、メイド長とその部下達がニッコリ笑ってガッツポーズをしていた。どうやら会心の出来らしい。

「ううん、全然待ってないよ。そのワンピース、よく似合っているね。選んだかいがあったな」

「・・・ありがとうございます」

少しだけ顔が赤くなる彼女。

ポケットを探り、お目当てのものを取り出す。

「あ、そうだ。馬車の酔い止め代わりにキャンディあげるから口を開けて」

素直に従う彼女の口の中に小粒なレモン味のキャンディを放り込む。

キャンディをあげるのは彼女が幼い頃からの習慣なので、特に疑問には思っていないらしい。

できればずっとこのままでいて欲しいものだ。

そんな彼女に腕を差し出す。

「いつものように外でその格好の時は旦那様とは呼ばないようにね。それじゃ行こうか」

「はい、侯爵様」



我が家はさまざまな事業にも力を入れており、まずはうちの店をまわって現状を確認したり報告を受ける。次に競合店をいくつかまわる。爵位を継いだばかりでまだあまり顔が知られていないことを利用して、いいとこのボンボンと連れの女性を装いつつ、価格の相場などをチェックしていく。

「あ、そうそう。今日はここも寄るよ」

「こちらは女性向けのドレスの専門店・・・ですよね?」

「うん、君のドレスを作るんだ」

「なぜでしょうか?メイドの私がドレスを着る機会などないと思いますが」

小首をかしげる彼女。

「そうでもないよ。ほら、これから夜会などで護衛を兼ねてついてもらうこともあるかもしれないし、それにもうすぐ16歳の誕生日でしょ?1着くらいいいのを持ってた方がいいって」

「そう・・・でしょうか?」

「そうそう、さぁ入るよ」

彼女を言いくるめる話力だけは年々腕を上げてるんだけどなぁ。

ドレスを作る打ち合わせは思ったより時間がかかった。

採寸はともかく、デザインに関して僕と店のオーナーとで熱い議論が展開されたからだ。

「できれば地味なものを」という彼女の意見は真っ先に却下した。



「さて、そろそろちょっと休憩しようか」

あらかじめ予約しておいたカフェに入る。半個室なので周囲を気にする必要はない。

「それ、王都で大流行してるふわっふわなチーズケーキなんだってさ。僕はこの間に書類に目を通しているからゆっくり食べてね」

「はい」

僕はコーヒーを飲みながら書類に目を通すふりをして彼女を盗み見る。

小さく切ったケーキを口に運ぶたびに極上の笑顔に変わる。

彼女の最高の笑顔を確実に見られるのがこの瞬間しかないという今の状況、早急に何とかしたいんだけどなぁ。


彼女はケーキを、僕は彼女の笑顔を堪能したところでカフェを出る。

しばらく歩いていると彼女が小声で話しかけてくる。

「・・・あの、侯爵様?」

「うん、気づいてる。誰かにつけられてるね」

「どういたしましょうか?」

「そうだねぇ・・・目的がわからないから、とりあえずご用件を聞いておこうか」

僕達はにぎやかな商業エリアを抜けて運河沿いにある倉庫街へと向かった。


周囲に人がいないあたりまでやってきた頃。

「ちょっと待ちな」

振り返ると人相の悪い男達が5人ほど立っていた。

「ああ、貴族の坊ちゃんに用はねぇんだ。そこの連れのお嬢ちゃん、ちょいとついてきてもらおうか」

「え、私ですか?」

彼女の目がまん丸になっている。

「そう。アンタ、先王の娘なんだろ?海賊侯爵のところで匿っているという情報はつかんでたんだが、屋敷の方はガードが固くてな。こうして出てきてくれるのをずっと待ってたんだよ。アンタに会いたいって御仁がいるんだ。悪いようにはしねぇからついてきな」

リーダーらしき男が近寄る。

「あの・・・人違いでは?私は侯爵家のメイドなんですが」

「は?」

僕は彼女の肩を軽く抱き寄せる。

「そうだよ~。彼女はうちのメイドさん。可愛いでしょ?」

リーダーらしき男が彼女の腕をひっぱって僕から引き剥がす。

「だったら、このメイドを人質に取りゃいいだけの話だろ!こいつの命が惜しかったら」

言い終わる前に男は彼女の投げ技をくらって地面に叩きつけられていた。

続いて襲い掛かってくる男も蹴り技で軽く沈める。

僕も残りの男達をちゃっちゃと片付けた。


駆けつけた騎士団が男達を縛り上げている様子を眺めていると、彼女に話しかけられた。

「あの、旦那様」

「ん、何かな?」

彼女の方を向く。

「旦那様に護衛は必要でしょうか?私よりずっとお強いのに」

じっと睨む彼女。

「必要だよ~。君は僕の護衛だけど、僕は君の護衛だからね」

しばらくの沈黙の後、彼女が口を開く。

「旦那様。今日の件、何か隠してらっしゃいますよね?」

「まぁね。さて、ここは騎士団に任せて帰ろうか。詳しくは屋敷で話すよ」



「今回の件はね、僕の幼馴染でもある国王陛下からの依頼だったんだ。若くして王位に就いた彼のことをよく思っていない親族がいてね。そいつらが釣れそうな噂を撒いてあぶり出したかったんだ」

屋敷の書斎の一角にある応接セットで彼女と向かい合って座る。

テーブルの上には紅茶と有名菓子店から取り寄せたいろんな種類の焼き菓子。

部屋の隅には執事が黙って控えている。

「だから最近になって私を着飾らせて連れ歩くようになったのですね?」

「うん、ゴメンね。勝手に餌にしちゃって。お詫びにこのお菓子好きなだけ食べてね」

「・・・いえ、お役に立てたのでしたら幸いです」

彼女はそっと焼き菓子に手を伸ばした。


「それにしても旦那様はお強かったんですね」

ティーカップを手にして話しかけてくる彼女。

「まぁね。子供の頃から領地ではかなり鍛えられてたんだよ。今でも君にかっこつけたいから人目につかないところで特訓してるけどね」

「・・・私に、ですか?」

「そう、僕は君を守るために強くなりなかった。小さい頃から僕の後ろをついてまわる可愛らしい君を守らなきゃ・・・って、ずっと思ってた」


しばらく続いた沈黙を彼女が破る。

「私、小さい時からいつも遊んでくれて、お菓子をくれて、笑顔で頭をなでてくれた旦那様が初恋の人でした・・・でも私は使用人で、貴族である旦那様とは」

彼女が言い終わる前に隣に移動して抱きしめる。

「君も僕のことが好きだってわかって本当に嬉しいよ」

「でも、身分が」

少しだけ離れて彼女の顔を見つめる。

「うちはそんなことにこだわらない家系って知ってるでしょ?それから撒いた噂のことを覚えてる?」

「先王の娘を侯爵家で匿っている・・・って話ですか?」

彼女の肩を抱きよせる。

「うん、あれって噂じゃなくて事実なんだよね。君のことだよ」

「・・・え?」

「ちょうど君に話さなきゃいけない時期になってたから、この機会にちゃんと説明するね」



名残惜しいけど彼女から離れて向かいのソファーに戻る。

僕の背後には執事が立つ。

「君の母上は先王の御妃様が最も信頼する侍女だったんだ。御妃様が病気で亡くなられた後も王家に仕え、悲しみにくれる先王と御妃様の思い出を語り合う相手にもなっていた。そうしているうちに互いに惹かれあったが、これでは御妃様に申し訳ないと王宮を辞した。で、旧知の仲だったうちの母が自分の侍女として雇うことにしたんだけど、すでに君を身ごもってたってわけ」

彼女は無言で無表情のまま僕を見つめる。

そりゃいきなり出生の秘密を聞かされれば言葉も出ないよねぇ。

「先王は君と母上を王家に迎え入れたいと再三申し入れてきたけど、君の母上は頑なに拒んだ。ただ、王家の血を引く君については16歳になったら自分で選ばせる、ということで話がついたそうだ」

執事が彼女の目の前のテーブルに2通の封書を並べる。

「先王と君の母上からの手紙だ。僕に見る権利はないから後で自室で読んでね。それから今日注文したドレスが出来て、君が16歳の誕生日を迎えたら王宮へ顔を出しに行くからね」

「王宮へ・・・ですか?」

2通の封書を手に取る彼女。

「そう。君の母上は先王の御妃様の御子達にも慕われていて、むしろ再婚は大歓迎だったらしいんだよね。僕の幼馴染でもある今の国王陛下に『お前ばっかり俺の妹を可愛がりやがって』と何度責められたことか。だから、ちょっと離れて暮らしてるお兄ちゃんに会いに行くくらいの軽い気持ちでいいからね」

彼女の表情が少しだけ緩んだ。

本当はあいつがお忍びで何度か我が家に来ていて、彼女をこっそりのぞいていたことは内緒にしておこう。



それからしばらくの間、彼女は仕事はきっちりこなすものの、甘いものに全然手を出さなくなった。もともと仕事中はあまり表情を出さなかったけれど、休憩中も笑顔がなくなって口数もめっきり減ったため、使用人達もみんな心配していた。

それでも王宮を訪問する日には彼女なりに決意を固めたのか、引き締まった表情をしていた。

僕は彼女を王宮へ連れて行ったけれど、王家の人達との面会に加わることは認められなかった。だから、どんな話があったのかは知らないし、彼女も語ることはなかった。

先王は彼女の母上を追いかけてうちの領地へ向かったらしい。

そして彼女は僕の家に残ることを選んでくれた。それだけで十分だ。



今日もまた市場調査という名目で彼女と出かける。

「あ、そうだ。酔い止め代わりのキャンディをあげるね」

彼女はいつものようにひな鳥のように口を開けるが、そこにキャンディは放り込まず、僕は自分の口に入れる。

そして不思議そうな顔をする彼女に口移しでキャンディをあげた。

ゴメンね、僕だってちょっとは美味しい思いをしたいんだ。

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人名地名が出てこないあっさり風味の短編集
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