キャリー
「チカンです!」
駅で電車を待ちながらほげーってしてるとそのような、え?お、なんだなんだ、穏やかじゃないぞ。っていう感じの艶めいた声が聞こえた。
朝のラッシュ時でもなかったのでちょっと様子を見に行ってみると、階段寄りのホームの方にJKが、JKらしきキービジュアルの人がいて、それがチカンだチカンだと騒いでいた。
「JKらしきがチカンだって言ってるなら、まあチカンかな」
そう思ったが、しかしチカンしてる側の存在というのがいない。どう見てもいない。
JKらしきの側にはペットキャリーを持った人が一人いた。
「チカンだチカンだ」
そしてJKらしきはそれに向かってチカンだチカンだと言の葉を放っていた。そのペットキャリーを持った人ではなく、ペットキャリーに向かって、
「チカンだ!」
と言っていた。
「かわいい!」
って。
「チカンが可愛い?」
ええ?そんな事あるんですか?特殊な性癖ですか?
体をぐーってやってペットキャリーの中身を覗き込んでみると、そこに猫が居た。マンチカン。
「チカンだ!」
嘘だろおい、JKらしきおい!
やめろそれ!マンチカンをチカンとか言うな。そうやって略すな!マジでをま!とかいい。ウケるを草でもいいよ。でもマンチカンをチカンっていうな。
私、今年の夏ホラーは猫駅長がなんかすごい人から評価とかポイントとかもらえてて、ありがたいことこの上ないんですよ。それがマンチカンをチカンとか言う話を書いたら、あれだろ!マンチカンの信者の方に印象悪いだろ。馬鹿野郎。猫駅長に評価くれた人もその評価取り下げるかもしれないだろこの野郎!
「チカンだチカンだ!」
JKらしき馬鹿野郎!
「可愛い!」
そうそう、そっちよ。そっちだよ。そっちを優先させてよ。
その後、ホームに電車が来てみんなして乗り込んだので事態は収束した。
「うーん」
で、私はこのことがどうにか夏ホにならないか考えていた。テーマとしての駅は使ったからいいものの、でもこのままではホラー感がない。だってJKがマンチカンをチカンだって言ってるだけなんだもん。
どうしたもんかなあー。って思ってたら例のキャリーバックの人が空いてるこちらの車両に移動してきた。
私の向かいに座った。
キャリーバックの口がこちらに向いた。中を見ると空だった。
「え?」
マンチカンは?
私の困惑顔に気が付いたのか、キャリー主は私に聞こえるくらいの小さい声で。
「これ、ジモティーで安く譲り受けたものなんです。で今、受け取りに伺った帰りで・・・」
と言った。
「あ・・・そうですか・・・」
「マンチカン見えました?」
「え、いや、はい」
がっつり見えましたけど。
「いないんですけどねえ」
うん。今はどう見てもいない。手で目をグシグシさせてからもう一回見た。
いや、
どう見たっていねえ。