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MONARCH  作者: 29-Q
第一章

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21/114

青空は誘う

登場人物紹介


・モナーク [推定 22] [男]

自称、盗みの天才。盗人になる前の記憶が無い。はっきりと覚えていることは、ただ「モナーク」という言葉と、盗みと弓矢の扱い方だけであり、それ以外の記憶は断片的ではっきりしない。



・リリーナ・フラウム [18] [女]

カサブランカ家に着任した騎士。カサブランカ家に侵入した男を捕らえるためモナークと行動を共にしている。食べることが大好き。暗闇が嫌い。レズビアンであることをモナークに告白した。



・デューク [不明]

正体不明の逃走犯。帝国出身の小柄な男らしい。『リスト』と呼ばれる謎の文書を持ち出し、北を目指して逃走中。



・リリー・カサブランカ [13] [女]

小さな町の領主であるカサブランカ家の一人娘。人には言いづらい恋の悩みを秘めている。モナークとは友達。

 目を覚ますと、森は霧に包まれじっとりとしていた。魔導オルゴールが音を奏で続けていたので、ぱたりとふたを閉め懐にしまう。

リリーナがいない。朝の食料でも取りに行ったのだろうか。

それほど遠くない位置から川のせせらぎのような水音が聞こえたので、顔でも洗おうかとモナークは起き上がる。


 少し歩いたところに木々の合間から泉が見えた。まだ寝足りないのかあくびが漏れる。手で水をすくい、ばしゃばしゃと大雑把に顔を洗う。昨日の矢を受けた傷がジンジンとしみたが、何とか堪えてもう一度水をすくい顔を浸した時だった。

「起きたのか」

「ごぶっ!?」

全く気付かなかったが、すぐ隣でリリーナが水浴びをしていた。

突然視界に裸体が入ると、人はこうも心乱されるのかと再確認する。

「い、居たのならもっと主張をだな!」

「すまん、音を殺すのがくせでな」

「アサシンかお前はっ…!!」

「そう育てられたのだ、許せ」

「あーそうかよ、ひっぱたくくらいの恥じらいも教わっとけよ」

「なんだ?恥ずかしがって欲しいのか?そんな女に見られていたとは心外」

「そんなもどんなもねえバカ!人前では隠すのが普通なの!!」

そう言ってモナークはリリーナに向けて木に掛かっていた麻布を投げつけ、頭を抱えてため息をついた。

「…お前はそういうとこ無頓着なのな」

「戦場に恥じらいなど、無かったから」

大きな麻布を肩に羽織ったリリーナはモナークの隣に腰を下ろし、髪の水気を布で撫で落としている。

「…前から疑問だったんだが」

「なんだ」

「どうして騎士に?それも、あんな領主に仕えて」

「人の主君を悪く言ってくれるな…まあ、ひどい男なのは間違いないが」

「自分の主を悪く言う騎士の方がどうかしてるぜ?」

「っは、たまの愚痴の一つぐらい、許せ。それに主と言ってもあの方に仕えてまだ日も浅い。つい先週、ウラーヌに着任したばかりなのだ」

「へえ…先週、ね」

「…それがどうかしたのか?」

「いやいや。あの家の娘の」

「リリー様か?」

「そう、あの子が先週着任したばかりの『警備の方』と友達になった、って教えてくれたんだ」

「…そうか」

リリーナは少し嬉しそうに笑みを零す。そして少し考えるように水面を見つめてから、続けた。

「騎士になったのは、…私には生まれつき、戦いの才能があったのだ。そしてその才能を、もう二度と、大切な人を失わないために使おうと思ったからだ」

「そう、だったのか」

「なぜそう私の生い立ちを気に掛ける?」

「いや、少しお前を勘違いしてた。てっきり騎士になる事を、戦いの中で生きることを、誰かに強いられていたんじゃ、って。女が騎士や傭兵として生きている姿を見ると、何となく勘ぐっちまうんだ」

「ッどう生きるかなんて、お前如きが勘ぐって何になる?優しさのつもりか?」

「いや俺は」

モナークの慌てぶりを見て自分が思っていたほど前のめりになっていたことに気付いたのか、リリーナは咳払いをして、姿勢を正す。

「俺はただ、昔の知り合いとお前の境遇を、勝手に重ねて見てたんだ。何も知らないくせに、思い込みでな。…すまん」

「…その女も、騎士だったのか」

「いや、盗人」

「なおさら一緒にするなっ」

いつもの調子でむすっとするリリーナを見て、少し安心する。

「悪かったって。…お前はお前で、あいつはあいつだもんな」

「恋人か?」

「いや。仕事仲間だ」

「そうか」

「いや」

「なんだ、やっぱり恋人」


「相棒だ」


相棒。そうだ。

彼女は『相棒』で、もういない。

仕事は一人で。組むべからず。か。

自分が今も盗人である理由も、リリーナの騎士を志した理由に重なったような気がして、モナークは黙り込んでしまった。


「…お前の背中の傷も、大切な人を失ったときに?」

「なんだ、よく見てるな。興味津々じゃないか」

「いや下心抜きで気にもなるさ。かなり酷いぜ、それ」

鎧の隙間からも見えてはいたが、騎士として数々の戦いや厳しい鍛錬をこなしてきたからなのか、彼女の体は傷だらけだった。

とりわけ背中は目立つ傷が多く、何度も何度も切り付けられたかのような跡と、深く突き抜かれたかのような大きな跡が残っている。

「傷は喪失なんかじゃない。ことさら騎士にとっては、誰かを護った勲章だ。覚えておけ」

「…、へえ」

感慨深げに語るリリーナをよそに、モナークは首元のスカーフに触れる。

感傷からふと空を見上げると朝日もすっかり昇り、霧ももう薄くなり始めている事に気が付く。

「長話が過ぎたな…もう歩けそうか?」

「ああ。大丈夫だ」

「じゃ、とっとと服着て戻ってこい。これからの道を決めないとな」



モナークが立ち去ると、リリーナは麻布で体をふき始めた。香草をくべた松明の火で干していた服と鎧を着てぱたぱたとはたき、身支度を整える。

「ん。よし。これで焦げ臭いなんて言わせないぞ」



 焚き火跡の前に腰かけて、目覚めの一発に焼き付いてしまった光景はしばらく忘れられないだろうな、と、モナークは深いため息をついた。

「今道すがら考えたのだが」

不意に声をかけられたのでドキリとする。

リリーナが泉の方から戻ってきて、焚き火跡を挟んで反対側に腰を下ろした。まだ少ししっとりとした髪を丁寧に拭き取る彼女の仕草に見入ってしまったが、すぐさま話題を探って切り出す。

「で、考えってのは?」

「次に向かう町は、ウィクトルが妥当だと思う」

「…そうか。飛空艇、か」


ここ、ヴェルゲルミア大陸は中央を高い山脈が隔てているため、陸路での移動には障害が多い。その障害を超えていくために大陸を中心に発達したのが、魔法の力で空を飛ぶ船、『飛空艇』の開発と運用の技術である。

リリーナが提案した空の都の異名を持つ町ウィクトルは、『飛空艇』の発着場と共に栄えた町であり、大陸の南北にある大きな港と物流のための空路で繋がっている。そしてその南北の大きな港の内、北にある港町こそこの旅の最終地点、『エギルン』なのだ。


敵はすでに大陸中で指名手配されていて、飛空艇に乗り込むことはほぼ不可能。だから地上を行けばウラーヌからエギルンまで領主が言った通り一週間はかかるが、飛空艇を使えば半日とかからずにウィクトルからエギルンに向かうことができ、今なら先回りだってたやすい。

これまで遅れをとってきた二人にとって、デュークに追いつくためには飛空艇に乗り込むのは絶対に外せない選択肢なのだ。



「よし、そうと決まれば話ははやい。港行きの飛空艇は午後、ウィクトルを出発だったな?」

ああ、と言いかけたころにはリリーナは立ち上がり、髪をリボンで束ねながら駆けだす。

「おいおいおい、待てって!」

「どうした早く来いっ!置いていくぞ!」

焚き火跡を踏み均して荷物をまとめたころには、リリーナは彼方、虱のような点になっていた。



 正午を回り日がわずかに傾いたころ、ウィクトルに着いた。ここまで走り切った二人は激しく息切れをしていたものの、最後の最後、僅差で先に町に到着したリリーナは満足そうな顔でモナークを見つめ、勝ち誇っている。

「め、めしだ、飯を、食おうじゃないか」

「ああ、今回は、同意、しよう」

酔っ払いのような千鳥足で、二人は通りを歩いて行った。


 最初に見つけた出店で軽い昼食を済ませ、足取りに生気を取り戻した二人は、飛空艇の発着場へ急ぐ。途中、警備局に問い合わせるため駐在所に寄ったが、デュークに関する吉報は無かった。

発着場には離陸準備に取り掛かる飛空艇が停泊しており、どうやら午後の便はまだ飛び立っていないらしい。二人は切符売り場へ急ぐ。

「エギルンまで向かいたいのだが、席はあるか?」

「すまんね、エギルンまでの切符はついさっき完売したばかりなんだ」

「…金はある。貨物室にでもどこでもいい、乗せてくれ」

リリーナは通常料金の倍ほどの硬貨をどさっと机に置く。

「…あんたらいれて席無しは今日だけで三人だよ。…ったく、まあいい、まいどあり」

受け付けは何かさらさらと紙に書き留め、

「こいつを切符切りに渡せ、あとこれは絶対に落とさないように」

と、小さな緑のガラス玉のような石と共にリリーナに手渡す。二枚の紙には空艇商会の押印と『102』『103』という数字が走り書きされていて、どうやらこれが乗船券代わりになるらしい。

「行こうか」

売り場の小屋の柱にもたれ飛空艇をまじまじと見つめていると、袖をくいっとリリーナに引かれ我に返る。

「何かあったか?」

「いや、実物を初めて見たからさ。圧倒されちゃって」

「なんだ、なんだ?田舎者よ。私はもう二回も乗ったことがあるからなっ」

「…口ぶりの割に場数は少ないのな」

「ふんっ、負け惜しみかっ…あ、あとこの石は『絶対に落とすな』とのことだ」

リリーナから『103』と書かれた紙切れと、石ころを受け取った。切符、というのはわかるが、もう一つの小さなガラス玉がわからない。

「なんだこれ」

「毎回渡されるが、知らん」

「知っとけよ、三回目だろ」


 切符切りの男に嫌な顔をされながらタラップを見送られたが、飛空艇に無事乗ることができた。あとは、エギルンに先回りし、のこのことやってくるデュークを捕まえるだけ。

二人は特に船内に入るというわけでもなく、中央デッキから発着場を見つめていた。身を預ける手すりのプレートには『セントアロー号』という船の名前が掘られている。

「ここ、揺れますよ」

離陸準備に取り掛かるやせこけたクルーに声をかけられた。

「そうですか。…おいリリーナ、船内に行こうぜ」

「今はどこに居ても邪魔だろう。私はここでいい」

「でも揺れる、って」

「なんだ怖いのかっ?」

「いや怖くねえし」

そうこうしていると飛空艇は警笛をあげた。

それから一瞬の後、錨が巻き上げられ、地に足がつく感覚から解き放たれた。

「うわっ」

いきなりふわっとして驚き、モナークはリリーナの肩を掴む。

「ははっ、やっぱり怖いか?怖いのか?」

「や、やめろって。驚いただけだ」

「はー…無事飛んだか。良かった、良かった」

「な、なんだよ、飛空艇、なんだから、飛ぶのが当たり前だろ」

「…。いや、これは人から聞いた話なんだがな?飛空艇というのはな、二回に一回は飛び立つ前に動力の魔導機関が暴走して、爆発するらしいんだ」

「っんなっ…!!」

もちろん、嘘だ。そんな危険な代物が国の物流の要になるはずがない。だが、いまモナークはそんな嘘も見抜けないほどうろたえていた。

「二回に一回って、お前三回目だろっ、事故っとけよお前っ、誰なんだよお前っ」

「…まあ、それはそれ、だ。いやあ、しかし。今は嵐の季節だからなあ。気流も乱れてるだろうから、揺れるだろうなあ」

「…おい、落ちないよな、これ」

「それに本で読んだが、今は龍の渡りの季節でもあるらしいじゃないか、会えるといいなあ、龍」

「や、やめろっ、やめてくれっ、…ちょ、ちょっと俺、トイレ…」

「はは」

モナークは手すりを伝いながら、生まれたての小鹿のような足取りでデッキを後にする。

クルー数人が点検作業をするのみとなったデッキに一人残されたリリーナは、今はもう真下に広がるウィクトルの街並み、その地平線を見つめていた。その視線は街並みではなく、もっと遠く、ここではない場所に向けられているようで、はかなげだった。



「…う」

飛空艇の便所。一人の男がうずくまり、昼に食べたサンドイッチだったものとにらめっこをしている最中だった。

「あの女、いつか報いてやる、必ずだ…」

小窓からは、この個室の空気とは相反する爽やかな風が吹き込む。

まだ腹の魔物が唸り声をあげているようだ、とふらふらとしながら個室から出た時だった。


どんっ


「っあ、すまん」

「…ってて、すいませっ…!?」

個室からすぐ出たところで、自分の肩ほどの背丈の男とぶつかってしまった。男はぽかん、と口を開け、薄緑の伸びきった前髪の向こうの点になった目でこちらを見つめている。

「ん?どうかしたか…」

と言いかけて、モナークは先ほどまで自分が何をしていたか思い出す。

「っやっべ、すまん!!臭かったよな、す、すぐ口をゆすいできますんで!!俺の顔なんて忘れちまってくださいっ!!」

モナークは駆けだすが、馴れない揺れとふと目に入った真下の景色によって、便所から廊下に出た瞬間、手すりの向こうにまたアレをぶちまけた。出すものを出し切って液体だけとなったアレは、蒼天の中に霧散する。


「忘れ、られませんよ…」


男はその情景を見つめ、ぽつりとつぶやいた。


その時だった。

けたたましい警笛が飛空艇内に響く。なんだなんだと、乗客がそれぞれの客室から通路に顔を出すが、クルーたちがそれを止めに入る。

モナークは手すりに寄りかかり、その自然な流れで雲海に目が向く。


「なんだ、あれ」


雲の切れ間に、何かが見えた。

まずい。

直感がそう叫ぶ。

「おい、あんた逃げ」

先ほどの男に逃げろと叫ぼうとしたとき、船内放送がそれをさえぎる。

『全クルーに通達。急務第三、発令。マニュアル通り行動ののち、指定のクルーは中央デッキに集まること。繰り返す。急務…』

男はそこにいなかった。もう逃げたか、とほっとしているのも束の間、自分も動かないと、とその場を動く。

中央デッキ?リリーナがいた所じゃないか?

不安が足取りを加速させる。


「リリーナ無事かっ!?」

勢いよく戸を開け放ち、中央デッキに出る。そこには何人もの乗務員がなにかの準備をしていて、その中にリリーナの姿があった。

「ちょっとちょっと、お客さん…!困るよデッキに来られちゃあ」

「いや、待ってくれ、彼女に…リリーナ!おいって!!」

リリーナは乗務員に制止されるモナークに気付く。

「ああ、すまない!その男は私の連れだ」

乗務員の制止から解かれたモナークは、デッキの中ほどで乗務員の上官のような男と話すリリーナに駆けよる。

「いや、騎士様が乗っていたとは。助かりました!しかも二人も…!」

「いや、この男は騎士ではないんだが。…まあいいか」

「な、なんだよ」

話が見えない。

「とにかく、『第三発令』なんて久しぶりで…我々は防衛に関しては素人同然ですからね。戦術のプロが居てくれるのは、とても心強い」

「防衛…?戦術…?…なんのことだ?」


「…遭遇してしまったのだ」


リリーナが見つめる、雲海から伸びて大きくうねる雲、いや、それは正確には雲ではない事を、モナークは今になって理解した。


「龍の、渡り…!」


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