事故
もともと泳ぐことが好きだというきっかけで入った水泳部
特に強豪校というわけでもなかったし、レギュラーを外された自分にとって失うものはないと思っていた。
気が付いた時にはかび臭い部屋のベッドの上にいた。
右腕の痛みと後頭部を打ったのか頭の後ろから痛みがジンジンと響く。
右足には足の指の先まで包帯がしっかり巻かれていてギブスで固定されている。
かび臭い部屋の天井を眺めながらぼんやりと自分に何が起きたのかを思い出す。
その日は夏の最後の大会の前日ということもあり普段よりも早くに部活が終わった。
突然の降った雨のせいで傘を差しながら歩いて帰ったところまでは記憶にある。
頭に走る痛みと共に事故の記憶が脳内に鮮明な映像を映し出す。
信号を待っている途中で白い車が自分めがけて突っ込んできたのだ。
その後は?と思い出そうとしたがそこからの記憶がない。
たぶん自分は車に轢かれ病院に運び込まれたのだ。
どれくらいの間眠っていたのか。家族は見舞いに来たのか。
他に人はいないかを調べようと痛みに耐えながら四角い部屋の中を見渡したものの、時計はなく誰かがいる気配も家族が見舞いに来た形跡も見当たらなかった。
ここである違和感に気が付く。
包帯や点滴がされている自分の服装が学校の制服のままである。
何故、自分は制服のままなのか?
そんなことを考えていると看護服を着た女性が部屋に入ってきた。
「目が覚めましたか?ご気分はいかがですか?」
そう優しく尋ねる声に、少しばかり安心した。
質問に答えようと、枕に頭はつけたまま顔だけをなんとか動かし質問に答えた。
「ちょっと、腕と頭がズキズキします。」
「そうですか?もう少ししたら点滴代えますね。」
「すみません。記憶がないのですが、ここってどこですか?」
看護服を着た女性は少し驚いたような顔をした後、優しく微笑みかけながら答えた。
「ここは病院ですよ?車に轢かれたのは覚えてます?」
「はい。そこからの記憶がないです。」
それを聞いた看護服の女性は少し安心したように「そうですか。」とだけ答えた。
ここで会話が終わり、看護服の女性が戻ってしまうのではないかと思い会話を続けた。
「あの、私の家族に連絡してもらますか?あと、事故からどれくらい経ったのですか?」
「丸々1日くらいですね。大丈夫ですよ。ご家族には警察から連絡が行ってると思います。」
自分が丸々1日も気を失っていたことには驚いたが、家族に連絡が行っていると聞き、心にあった不安が少し解消されたような気がした。
「1日ですか?白い車に轢かれたのは覚えてます。でもそんなに寝てたのか。」
考えるでもなく、聞いたばかりの情報を反芻し理解するような呟きが口から洩れた。
次に看護服の女性はが質問をしてきた。
「ご自身に何が起きたか覚えてますか?」
「いえ、白い車が自分目掛けて突っ込んできたまでは記憶にありますが、それ以上は。」
そう答えると看護服の女は「代わりの点滴を持ってきますね。大人しく寝てて下さいね。」と微笑みながら部屋からそそくさと出ていった。
そういえば、怪我の症状について聞くのを忘れた。
あと、できれば水を貰いたいと思いナースコールを探すがナースコールが見当たらない。
もしかしたらベッドの脇から落ちらのか。と痛む体の体制を変えながらベッドの左右を見渡しがどこにもそれらしいものはない。
それどころか、照明やコンセントといった病室では必ずといっていいほどある物が見当たらない。
そこでようやく今自分がいる場所が病室ではないことに気が付く。
どうして自分は事故のあとに病室ではない部屋で寝ているのか。先ほどの女は何だったのか。
頭の中が疑問で埋まる。
また激しい頭痛に、事故のあとの映像がフラッシュバックする。
雨が落ちてくる映像と冷たいという感覚。
雨を遮るようにして覗き込まれた顔が、嬉しそうに微笑む看護服の女であること。
あの女が白い車の持ち主であり、被害者である自分を病院ではなく監禁している現状を理解した瞬間
頭の中で『ここにいたらマズイ』とアラームが鳴り響く。
どうにかしてでもすぐに逃げなければと、響く痛みに耐え身体を無理やり起こした。
すると、ギブスをしている右足の膝の部分にこれまで体験したことのないような激痛が走る。
鳴り響く脳内のアラームは恐怖から身体への激痛による痛みに上書きがされる。
自分の脚に何があったのか。
布団をめくりとどす黒く固まった血まみれシーツと本来自分の足に巻かれているはずのギブスが欠如した膝の下にあたかも自分の足であるかのように置かれていた。
思わず、情けない声で女のような悲鳴をあげた。
『脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。脚がない。』
今自分が置かれている状況など考えられるわけがない。
昨日まで付いていた脚が切り取られ、そこに血が固まった包帯が何十にも巻かれているのだ。
叫び声を聞きつけた看護服の女が困った顔をして入ってきた。
「大丈夫ですよ。みんな片足くらいじゃ死にませんでしたから。」
DNA鑑定の結果、今朝見つかった若い男性のものとみられる左腕が、2年前に見つかったバラバラ殺人事件の被害者ものと一致した。
被害者は恐らく監禁され生かされており、何らかの理由で左腕を切断されたとみられる。
まだ、右腕と頭部や腹部など見つかっていないことから捜査が再開された。
同じ様な被害者が他にも複数名いることがわかっており、犯人は同一人物ではないかという線で捜査されているが一向に足取りはつかめない。