仮結界強化の魔道具
『仮結界強化の魔道具』を使用するために、まず地面に魔術式を刻んだ魔石を一辺が1メートルほどの四角を形作るように4つ地面に配置する。その四角形の真ん中に、支柱となる伸縮型の魔金属の棒を立てた。
この棒にもぎっしりと魔導式を刻んでいる。
そして魔物の皮から作った巨大な布を支柱と設置した魔石の四点で四角推を作るようにかぶせる。
「結界っていうかテントみたいだね。」
イチリは僕の作業を見ながら、月並みな感想を言っていた。
僕だって、結界と言えば透明な膜で作ったバリアのようなものにしたかった。しかしどう考えてもそれは現実的ではなかった。だからこんなテントのような見た目になっただけだ。
「見た目はね。けど、普通のテントじゃない。」
そうこの『仮結界強化の魔道具』は見た目は平凡だが、性能は全く平凡ではない自負がある。
テントを仮の結界として、それを徹底的に強化する魔術回路を組んでいる。仮に魔導装甲の攻撃でも一撃は耐えてくれるほどの強度を誇っている。
しかも、すべての部品が一つの仮結界を構築する回路として働いているために、外部からの侵入は不可能。
部品を一つずつ分解することもできない。
一度起動してしまえば、中から結界を解除するか、魔導装甲に類する力を連続で加えない限り破れない。そういう代物である。
それをイチリに説明したところで、きっと理解してくれないだろう。
「とにかく、ここで少し休んでみてよ。」
イチリを『仮結界強化の魔道具』の内部、ようはテントの中に入れて起動させる。キーと甲高い音が一瞬なって、無事に魔道具は起動した。
「簡単に言えば、外から入れないし、壊れないテントだよ。地面に置いた四つの魔石の魔力が切れるまでだいたい6時間ぐらいは効果が持つよ。」
「へー、すごいね」
イチリは興味津々に中をぐるっと見渡した後、地べたに座り込んだ。
「イチリがリリフスの大森林で過ごす1年半は、基本的には疲れたらここで休んで、また戦ってって日々になる。」
1年半でゴブリンを狩りつくすために、考えたのが常に森の中でゴブリンと戦い続けることだった。いちいち街に戻るのは時間の無駄だし、攻略をすすめた場所まで戻るのも大変だという結論になったのだ。そのために、休める場所というのは必須だった。
そのための魔道具がようやく完成したのだ。
「ふぅ。一つずつ進んでるね。」
イチリは嬉しそうににやにやと剣を見つめながら言った。
「うん。後1か月できることは全部やるね。」
「お願いします。」
「そういえば、さっきの戦いでね。斬撃強化がなんとⅢになったよ。これならいける気がするんだ。」
斬撃強化?そういえば、さっきの戦いでははっきりと効果が分からなかったスキルだ。何がいける気がするのだろうか?
「なにを?」
「秘密。まぁ、すぐにわかるよ。」
気になったがイチリはそれ以上教えてくれなかった。
『仮結界強化の魔道具』に入ってから、20分ほどたってあたりが俄かに騒がしくなってきた。
ギィー、ギィー
ギィッ、ギー
どうやらゴブリンが集まってきたようだ。
「これってこのままここにいたらどんどんゴブリンが集まってくるのかな?」
大丈夫だとわかっていても、これだけゴブリンが騒げば不安も掻き立てられる。イチリもなのだろうか?その割には嬉しそうな顔をしていた。
「どうだろう。ある程度は集まると思うけど、すぐに飽きるんじゃないかな?ゴブリンってそんなに頭よくないしさ。」
「じゃあ、飽きてどこかに散る前に殺さないとね。」
イチリは獰猛に笑う。なるほど、僕とは全く違うことを考えていたみたいだ。心の底からゴブリンを狩り、剣を強くすることがうれしくて仕方がないといった様子だった。
そのうちに、ゴブリンの鳴き声以外にもテントを外から叩く音なんかが聞こえてくるようになった。まぁ、揺らすこともできず、ただ音だけが隔絶された外から聞こえてくるだけだけど……
「うん。このテント本当に安全そうだね。さすがケイ‼」
イチリは立ち上がりゆっくり伸びをする。どうやらそろそろまた戦いを始めるらしい。
「もう行くの?できれば、性能チェックに効果が切れるまでいてほしいんだけどさ」
「大丈夫。私は、ケイを信じてる。とりあえず、結構な数に囲まれてるみたいだから、私が合図をしたら出てきてね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。せめてもう少しだけ……」
引き留めるのも聞かずにイチリは、テントから出て行ってしまった。出ていったその隙間から、おびただしい数のゴブリンが見えて、慌てて結界を再度引き締める。
あれは100や200じゃなかった。
どうやら、魔道具から漏れ出る魔素や中の僕たちのにおいにつられてゴブリンたちが集まってきたようだった。 『仮結界強化の魔道具』は使い方によっては、危険な魔道具だ。間違っても僕が一人だけの時に入ってはいけない。
それからしばらく外ではゴブリン達がうるさく騒ぎ立てる声や、衝撃音、イチリの笑い声が響き続けた。だいたい5分くらいたって、静かになったと思ったその少し後に「ケイ‼もう大丈夫だよ」とイチリの声が聞こえた。
どうやらもう周辺のゴブリンを片付けたらしい。僕は恐る恐るテントの外に出た。