ゴブリンを斬る
次の日、僕とイチリはリリフスの大森林へやってきた。
久しぶりに足を踏み入れたが、相変わらず不気味な場所だ。
鬱蒼と木々が生え散らかっているため暗く、じめじめとしていて、そして周囲の魔素も淀んでいる。
「あいかわらず嫌な場所だ。」
「そう?良い場所だよ。魔物、殺したい放題。ゴブリン湧き放題。」
僕がつぶやくと、イチリは不思議そうにしていた。
イチリにとっては、そうでも普通の人間にとっては絶対にそうじゃない。そもそもあの精強なラフト軍が撤退した場所なのだ。いい場所であるはずがない。
軍国ラフト帝国にとって、リリフスの大森林攻略は悲願だった。
なぜなら、ラフト帝国は、リーユ海とこのリリフスの大森林に東西を囲まれている国だからである。野心の強いラフト帝国がさらなる自領の拡大を考えたとき、同盟国である北のリジン聖教国を攻めるよりもリリフスの大森林へ手を伸ばすことは自明であった。
そして、ラフト帝国はリリフスの大森林の洗礼を受け攻略を諦め、リーユ海進出を決意した。そして始まったのがラフトリーユ戦争である。
では、なぜラフト帝国はリリフスの大森林を諦めたのか?
洗礼とはどういったものだったのか?
答えは、木にあった。
ラフト帝国の主力は、大重量の魔導装甲を纏った魔導騎士部隊である。
ラフト帝国は、その魔導装甲の力を使い、リリフスの大森林の木々もすべてなぎ倒し、開拓し、新たな領地としようとしていた。
しかし、進行前の予備偵察で事態が発覚した。木々が想像以上の強度を誇っており、魔導装甲を使用しても容易に倒すことができなかったのである。
さらに、少なくない労力を払い木をなぎ倒したところで、3日もあれば元通りに生えてくる。木を避けてとりあえず進もうにも、木々は密に生えており、倒さなければ魔導装甲は通れない。この調査を受けて、ラフト帝国議会では、進行の中止も話し合われたそうだ。
しかし、ラフト帝国には意地がありメンツがある。
調査した結果、無理そうなのでやめたでは良い笑い話である。
ということで、ラフト帝国は魔導騎士を大量投入し、進行を開始した。
僕としてはやめとけばよかったのにと思うのだが……
ラフト帝国はリリフスの大森林、中央部に向けてかなりの距離を進んだ。
しかし、リリフスの大森林は総面積15万平方キロメートルを超えるといわれている。補給線は木々の成長により3日で切られる。進めば、進むほどに森に囲まれていく。
切れる魔石、魔力、食料、水……
そして動かなくなる魔導装甲。来ない補給。強くなっていく魔物たち。狭い場所で真価を発揮しきれない装備。
最後にラフト帝国軍に引導を渡したのは、大森林の主、古龍リリフスだと言われている。
そういうわけで、いくら良質な魔石を取ることができ、広大な土地があるといっても、狭い地での戦いを余儀なくされ、魔導装甲にとって相性が悪く、過剰に魔石や魔力を消耗させられるリリフスの大森林は採算の合わない土地と認識されたのだった。
そんな場所をイチリは、鼻歌交じりに歩く。
すぐに、ゴブリンと遭遇した。本当に、リリフスの大森林の浅い場所は、ゴブリンたちの巣窟になっているようだった。
襲い掛かってくるゴブリンたちに向け、イチリは「来たぁ」と喜びの声を上げて向かってくる。気配を探るに100~150匹ほどの群れに出くわしたようだった。
イチリが目の前のゴブリンに、袈裟懸けに剣を振るった。
剣は何の抵抗もなく、まるで宙に振るったようにゴブリンを両断する。それどころかゴブリンのすぐ後ろにいた別のゴブリンも一緒に切られた。
何が起こった?明らかに剣の間合いではないゴブリンまで切れた?
「これ!これが、斬撃範囲拡大なんだよ」
僕が疑問に思っているとすかさずイチリが解説してくれた。やはり剣の間合いを伸ばすスキルか……
スキルのおかげだとわかったものの、納得はできない。ただ剣を振ったら近くのものが一緒に切れるってどういう原理だというのか?
僕が戸惑うのを戦闘は待ってくれない。次々にイチリをゴブリンが襲った。
ちなみに僕は、ゴブリンに襲われる心配はほぼない。
なぜなら今は『遮断の魔道具』で姿を隠しているからだ。といっても、前に死にかけた経験から足は震えているのだけど……
イチリの剣が再び、ゴブリンを引き裂く。しかも今度は2匹どころではない。同時に5匹は殺している。
僕はそのからくりをしっかりと『解析の魔眼』で見ていた。
斬撃範囲拡大というのは、剣から魔力が伸びて通常よりも間合いを伸ばしているのだ。剣で斬っているというよりは、魔力を飛ばして斬っているといったほうが近い状態である。しかし、魔法でそんなことをするのは困難を極める。相変わらずでたらめな魔道具だ。
しかもあれで、斬撃範囲拡大Ⅰの力だ。だいたい2~3メートルくらいだった。あれがⅩまで成長したらどれくらいの範囲を一気に切れるのだろうか?
そう思っていると、イチリは「ケイ。今日は全力で行くからね」と突然に叫んでから走り出した。イチリと僕を囲むゴブリンたちはまだまだ残っている。
逃げたのか?
疑問に思いながら追いかけるが、なかなか追い付かない。
速い‼
前よりもずっとだ。
おそらくは、能力向上と俊敏の力なのだろう。
ゴブリンたちも必死でイチリを追いかけている。数秒後、別の群れのゴブリンと戦うイチリに追いついた。僕と一緒にイチリを追いかけていたゴブリンたちは、ギィー、ギィーと疑問の声をあげながらもイチリに襲い掛かる。
イチリは、目の前のゴブリンたちを斬り殺しながらも、後ろから襲い掛かってくるゴブリンたちを思い切り蹴り飛ばした。2匹に蹴りが命中し、巻き込まれて7匹が転ぶ。巻き込まれて、倒れた7匹も目にも止まらない速さで、斬り殺す。
ただゴブリンを蹴っただけなのに、完全に蹴られたところがつぶれているし、数メートルは飛んでる。ものすごい力だ。
これが、強力のスキルの力なのだろう。
「弱い、弱い、弱い、弱い、弱い!」
ゴブリンたちは見る見るうちに数を減らしていく。
ゴブリンたちは、それでも恐れずにイチリに襲い掛かってくる。剣のように石を切り出したゴブリンがイチリを背後から襲う。相変わらずイチリは、後ろに目があるかのようにそれを察知して、ゴブリンの石剣をすっと剣で撫でるように左のほうへと流した。ゴブリンは、流されるままに左から襲っていたゴブリンとぶつかり、そのまま二人まとめて、イチリに首をおとされる。
なんだかイチリらしくない軽やかな剣技だった。そんな感想を抱くのを待たずに再びイチリは走り出す。
10~12、3匹ほどのゴブリンたちが密集している場所に走り込み、ぐるりと剣を一周させた。見事に周りにいたゴブリンたちの首が飛ぶ。その首が地面に落ちるのを待たずにイチリはすかさず走る。ゴブリンたちに襲わせる暇を与えない。
ゴブリンたちが動く前に動き、殺していく。大きなまとまりから順に飛び込んでいき、数を減らしていく。瞬く間に、ゴブリンの数は減っていく。イチリは楽しそうに笑い声をあげていた。
2つの群れのゴブリンたちが残り20を切るというところで、イチリは再び大きく動き出した。僕もゴブリンも慌てて追いかける。走り出すついでというように、ゴブリンを3匹ほどすれ違いざまに斬っていった。
こうして殺して、探して、殺して、探すをひたすらに繰りかえし、1時間ほどでイチリは30の群れを殲滅した。本当に、1秒に一匹に迫る速度だった。
しかしさすがに無理をしたようで、イチリは肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ、どう?すごいでしょ。」
「すごい‼イチリは最強だね」
「私じゃなくて、この剣がね、最強なんだよ。」
「うん。その剣は本当に最強だよ。」
そんな風に雑談をしながら、『仮結界強化の魔道具』の準備をする。
イチリはこれ以上連戦するのは、辛そうだ。だが、リリフスの大森林にいる以上、いつ魔物に、いやこの辺りの場合はゴブリンに襲われてもおかしくない。だから、セーフティーゾーンをつくるのだ。
それが、『仮結界強化の魔道具』である。