準備する
僕たちは話し合いの結果ゴブリン殲滅について、3ヵ月を準備期間とすることにした。
僕がするのは、イチリの装備品の準備、リリフスの大森林内での寝食の方法の確立、その他サポート品の準備等々だ。
一方イチリは、資金の調達と剣の強化を担当する。
まぁ、やることはただのゴブリン狩りだ。
ひたすらにゴブリンを殺しまくり、魔石を集め、街へ戻り売りさばく。
僕は生まれて初めて資金を気にしない魔道具開発というものを経験した。
学園に通っていたころは、成績順に予算を割り振られており、僕に割り振られた少額の予算も魔導装甲開発のためにと銘打たれており、勝手に魔道具を開発することは許されていなかった。
だからバイトしたお金や余った材料などで細々と魔道具を作っていた。
学園から追い出されてからは言わずもがなである。
そして現在。
イチリは毎日おびただしいほどのゴブリンを狩ってきて魔石を調達してくる。ゴブリンの魔石というだけあって単価はそれほど高くはないのだが、それでも天然の魔物の魔石だ。
使いどころは多く、売るには困らない。
イチリは魔石で稼いだお金をすべて僕にくれる。
僕は、最初こそイチリの普段着や替えの下着等を買いそろえることに使うように全てのお金をもらうことは断り続けたが、イチリがそういう生活必需品を買いそろえると二人の食費、宿泊費以外をすべて魔道具の開発に充てるようになった。
2ヶ月が経つ頃には、魔道具開発に使ったお金は魔導装甲を一台作れるほどに達していた。
「どうどう?順調?」
今日も工房に籠り作業をする僕に、ゴブリン狩りから帰ってきたイチリが声をかける。僕の説得の甲斐あって、イチリはようやく『洗浄の魔道具』で身を清めてから帰ってくることを学んでくれており、今日はゴブリンの血にまみれていない。
「順調だよ。好きな魔石を買えて、魔力補充用の薬も買えて、素材の金属にもこだわれる。本当に幸せだ。これで順調じゃなければ、イチリの専属魔具師失格だね。」
僕は『位置情報発信装置』の外郭形成を一時止めて、イチリのほうへ向き直った。
「休憩してご飯食べよ。」
イチリの手にはおいしそうに湯気を上げる大き目の陶器の碗が握られていた。
「最近、流行ってるみたいなんだよねぇ」
嬉しそうに手渡された碗を見てみる。
透き通ったスープに麺が沈んでおり、その上に野菜や肉なんかを炒めたものが乗せられていた。
いいにおいがする。
僕たちは工房の床に座り込み、食事をとった。
「イチリのほうは?順調?」
渡されたフォークで、麺をすくいながら食べる。うまみのある塩気が口の中に広がる。うん、おいしい。
「順調。順調。なんとゴブリンを倒す速度が、平均1秒くらいになりました。」
イチリも同じように、麺を食べながらえっへんと胸を張った。
「すごいね。ちなみに剣のほうは?」
「それもすごいんだよ。今ステータス書き写すからちょっと待ってね。」
イチリはそう言ってずるずる麺を大きくすすってから、碗を床に置き、設計台へ紙とペンを取りに行った。
そして書いてくれた剣のステータスは以下のとおりである。
名前: 未設定
種類: 喰魂剣
【魂】 ランク:240 ポイント: 26953
【魔力】ランク:232 ポイント: 25055
攻撃力:3089 耐久値:2465
スキル: 魂喰Ⅸ 魔力吸収Ⅸ 成長Ⅹ 超成長Ⅰ
自己修復Ⅳ 不壊Ⅱ 斬撃強化Ⅱ
装備者付与スキル:【能力向上系】
能力向上Ⅸ 俊敏Ⅶ 強力Ⅲ 魔力量上昇Ⅱ
体力的向上Ⅶ 反応速度上昇Ⅰ
【技能付与系】
剣技Ⅷ 斬撃範囲拡大Ⅰ
「どう?すごいでしょ」
確かに、物凄く成長していることはわかるが、数字やよくわからないスキルの羅列ではいまいち成長がピンとこない。まぁ、一日に400匹以上のゴブリンを狩っていることだけははっきりとわかるのだが……
成長が、Ⅹになって次に超成長というスキルが生まれている。どうやらスキルの横の数字、おそらくはレベルかランクかの上限はⅩまでなのだろう。
Ⅹまでいけば新しいスキルを習得するというような感じなのだろうか?
では、今Ⅸの魂喰がⅩになればどうなる?
わからないな。
ほかにもわからないことは多い。
スキルの斬撃強化とは、ステータスに表示されている攻撃力と違うのか?不壊というスキルがあるのに耐久力が設定されているのはなぜか?
装備者スキルにも謎が多い。
【技能付与系】の剣技と斬撃範囲拡大に、【能力向上系】の斬撃強化、強力等々が新しいスキルだがこれらの効果もよくわからない。
魔力量上昇、体力的向上、反応速度上昇ってのは文字通りだろう。能力向上は、前にイチリに聞いた感じでは身体能力が向上する感じらしい。
強力は、力が強くなるってことだろう。
俊敏は速くなるとかかな?
では、【技能付与系】の剣技と斬撃範囲拡大ってのはなんだ?
剣技の技能を付与するって、剣を持つだけで剣の技術が上がるってことなのだろうか?じゃあ、斬撃範囲拡大は?そのままの意味でとれば、間合いが伸びるってことか?わからない。
疑問をはっきりさせるためにも、一度イチリが戦っている姿をちゃんと見る必要があるだろう。
まずはイチリの機嫌を取りつつ、提案してみることにしよう。
「すごいね。どんどん強くなる。」
とりあえずイチリが剣についての感想を求めたのであれば、褒めなければならない。これは、僕がこの2ヵ月でよく学んだことだ。剣について否定的なことや、わからないといった消極的なことを口にしたら最後、イチリは拗ねてしまい、しばらく口を利かなくなる。
それはそれで可愛らしいのだが、機嫌を直すのに剣を何十回も褒めちぎらなければならないのはそれはそれで面倒だ。だから、僕はとにもかくにもイチリの剣に対してはとりあえず褒めるということにしていた。
「一回、今のイチリの戦ってる姿見に行ってもいいかな?いくつか装備品の使用感とかも聞いてみたいし。」
「是非、是非。」
「じゃあ、明日お邪魔するよ。その時使ってほしい魔道具があるんだけどいいかな?」
「いいよーどんなの?」
「リリフスの大森林で仮眠をとるための魔道具なんだけどね。『仮結界強化の魔道具』って言うんだ。」
「なにそれ?変な名前。でもとうとうできたんだぁ。森で安全に寝るための魔道具‼」
「うん。結構コストは度外視なんだけどね。」
「ケイ、最近そればっかり言っているよ。」
確かに僕は最近コスト度外視の物ばかり作っている気がする。
魔石がいとも簡単に手に入りすぎるせいだろう。ちなみに魔石は、ゴブリンの魔石よりももう少し上質な魔石を国営魔石交換所で交換してもらい手に入れている。
純度95%保証の人工魔石が今のお気に入りだ。
今まで作った魔道具である
『循環の腕輪 改』
『探知・探索の魔道具』
『清浄の戦闘着』
『伝導のグローブ』
『容量拡張水筒』
『位置情報受信装置』
も今作っている
『位置情報送信装置』も、これから作成する予定である高速移動装置的な魔道具も制作コスト、運用コスト共に度外視だ。
本当にイチリさまさまだが、イチリが死なないため、戦い続ける環境を作るためには、仕方がない。いくら高性能な魔道具をつくっても足りないのだ。なぜなら相手は気の遠くなるほどの量のゴブリンたちなのだから。
「じゃあ、明日お邪魔するね。ゴブリン狩り。」
「うん。私の剣のすごさを見せつけちゃうよー」
イチリは、気の抜けた感じで、剣を掲げていた。