ゴブリン虐殺の誓い
「可愛いね。ガラクリ!」
イチリはガラクリを大層気に入ったようで、膝の上に乗せて、串焼きを頬張っている。
「ガラ、クリ、カワイイ」
ガラクリもイチリの膝の上が気に入ったようで時々楽しげに上体を揺らしていた。
「これからだけど……」
僕はイチリの買ってきてくれた肉入りの饅頭を頬張りながら切り出した。
「ゴブリン狩りに行く!あの森凄いよ。狩っても、狩ってもゴブリンがやって来る。だから、狩り尽くす!」
僕の話を奪い取って、イチリは無茶苦茶なことをとても楽しそうに宣言した。
ゴブリンを狩り尽くす?それはおそらく不可能だ。
確かラフト帝国がリリフスの大森林の開拓を諦めて撤退してから15年の歳月が経っている。
単純に計算してみる。
ゴブリンは、半年に一回子供を10~15匹産む。生まれた子供は、半年で成長し、子供をはらみ、その3か月後にはさらにそいつらが子供を産むことになる。つまりは生まれたゴブリンは、9か月で新しい子供を産む計算になる。
仮に、2匹のゴブリンから群れが始まり、一人のゴブリンから生まれる子供は10匹に固定。さらに、外的要因でゴブリンの数が減らないとしよう。ちなみにゴブリンの寿命は30年ほどと考えられており、その間生殖機能は衰えないことは証明されている。
もちろんあり得ない計算であることはわかりきっているがそれでもどれほどのゴブリンがいる可能性があるか考える助けにはなるはずだ。
という訳で、以下の条件で考えてみた。
二体のゴブリンからスタートして考える。
成人したゴブリン二体で一つのつがいをなし、三か月に一度10匹のゴブリンを産む。産まれたゴブリンがつがいを作り、子を産むまでに九か月を要する。外的な要因を考慮せず、ゴブリンの特徴である他種族との交わりも除外する。期間は人間の影響をうけなくなった15年間とする。
さて最初のつがいから
3か月後にその2体から10匹のゴブリンが生まれる。
ゴブリンは、3ヶ月で12匹に増える。
もう3ヶ月で更に10匹を産む。半年で22匹。
9ヶ月が経過し、また、最初のつがいは10匹のゴブリンを産む。
9ヶ月で32匹。
1年で、最初のつがいは10匹のゴブリンを産む。
そして、最初に生まれたゴブリンが成長し五つの番を作り、それぞれが10匹ずつのゴブリンを産む。一年で92匹。
1年と3ヶ月では、11組の番が出来、1年と3ヶ月で202匹となる。
1年半で、362匹まで増える。そして1年と9ヶ月で爆発的に数が増加する。46のつがいができ、460匹をうみ、総数は822匹になる。
2年で1832匹。3年で35122匹。4年で7万匹を超え、5年になると1千5百万匹にも迫る。5年9か月で1億匹を突破し、10年で35兆匹、15年で1垓匹を超える計算になる。
あぁ、この計算意味なかったな。
5年目くらいを計算しているときに、不意にばかばかしくなり、やめようかと思ったがついつい最後までやってしまうのが僕の悪い癖だ。いかに驚異的な生命力を持つリリフスの大森林であったとしても、1垓匹という馬鹿げた数のゴブリンを養う土壌にはなりえない。しかし、これが1億匹くらいなら?
リリフスの大森林であれば、あながち生息していても不思議はないと思えてしまう。
イチリは、突然、計算機まで引っ張り出してきて、ぶつぶつと数字を唱え始めた僕を怪訝そうな顔で見つめていた。それに気づき急に恥ずかしくなる。
「ごめん。さすがに、ゴブリンを狩りつくすのは無理じゃないかなって思って計算とかしてた。」
「本当にケイは忙しいね。」
イチリはそう言って笑って許してくれた。イチリの言うように僕の思考は忙しい。
「それで、なんで無理なの?私、ゴブリンなんかに負けないよ。」
「それは、昨日見てわかったけどだからと言って、仮に1億匹のゴブリンを倒せるかというとそれは別の問題だよ。」
「なんで?なんで?同時にかかってくるって言ってもゴブリンは5~6匹が限度じゃん。群れても100匹~200匹ワンセットだよ?狩り続けてれば、いずれ狩りつくせるんじゃないの?」
イチリは、納得していない様子で堂々と剣を構える。さも何匹でもかかってこいと言っているかのようだ。
「わかった。じゃあ説明するね。昨日イチリは30分くらいかけて100匹のゴブリンを殺した。あってる?」
「ケイにあった時だね。あってるよ。」
「じゃあ、仮にリリフスの大森林に1億匹のゴブリンがいたとしよう。倒すのにどのくらい時間がかかると思う?」
「しらない。やってみなきゃわかんないよ。」
「単純に計算するのに一匹のゴブリンを殺すのに18秒かかった計算だ。つまり1億匹殺すのに、18億秒つまり57年ほどかかる。」
しかもゴブリンは1億匹以上いる可能性だってある。全部殺すのは不可能だ。そんなのはわざわざこんな雑な計算をしなくてもわかる。
だが、イチリはそんな僕の頓珍漢な計算を笑う。
「よし。じゃあケイの計算を超えて見せよう。
大丈夫‼簡単だよ。一匹0.5秒で殺せばいい。そしたらえっと、何秒かかる?」「5千万秒かな?」「つまり、何日?」「大体、1年半だけど……」「じゃあ、行けるよ。現実的な数字だね。」
イチリは屈託なく笑った。イチリの笑顔は見とれるほどにまぶしく、僕はあきれながらも何も言えなかった。数秒フリーズしてから、考え直す。このまま押し切られたらやばい。
どう考えても現実的ではないのだ。
「で、でもさ。」
僕が反論しようとすると、イチリは大声を出した。
「ケイ‼でもとか、だってとかもういいや。
私の専属の魔具師になったんだからさ。考えてよ。私が、1年半リリフスの大森林で戦い続けられる方法をさ。それから、どうやったら戦いを魔道具でサポートできるかを、考えて。私は剣のために、ケイは、私のためにだよ。大丈夫、私の専属魔具師ならできる!できるよ」
そんな真正面からの信頼を向けられて僕はできないとかそんな言葉を言えなくなった。今まで、誰も僕を認めてくれなかった。誰も僕を評価してくれなかった。必要としてくれなかった。
学園を退学になり、露店でもまったく売れなかった。
路頭に迷い、苦肉の策で、リリフスの大森林へと忍び込んだ。そして、死にかけた。
僕は、出来損ないで、哀れで、可愛そうで……
そんな僕をイチリは、求めてくれている。森で出会っただだけなのに……
まだ一つしか魔道具を作っていないのに……
イチリは、僕を求めている。僕の魔道具を求め、必要として、そして認めてくれている。しかもガラクリをかわいいと褒めてくれたんだ。
それが何よりもうれしかったんだ。
「ねぇ、ケイ。1億匹のゴブリンを狩り殺した剣がどれほどに強くなるのかな?ワクワクしない?」
決定的な一言だった。
僕もワクワクする。
100体狩っただけで数値上だが、随分と強くなって帰ってきたのだ。1奥匹もゴブリンを狩ればどうなるのか?
気にならないわけがなかった。
「やらせてください。ゴブリン殲滅、魔具師 ケイ=ラインファが全力でサポートさせていただきます。」
僕は、恭しくイチリに傅き頭を下げ、手を差し出した。
「うん。お願いするよ」
イチリは嬉しそうにしながらも軽い感じで、僕の手を取った。