ガラクリとイチリ
目が覚めると宿屋にいた。知らない宿屋だ。
そういえば、宿の契約は明日までだったなぁ、明日からどうしようか、なんて悠長なことを考えてすぐに飛び起きた。
そういえば僕は、剣で戦うイチリの専属魔具師になって、それから容量の大きい魔力循環型の魔道具を作ろうと調子に乗って倒れたんだった。
そこまで思い出して、あたりを見渡す。
宿屋ではあるが、僕が泊まっていたところではない。
そして、イチリもいない。
昨日持ち歩いていた荷物は、ベッドの隣に備え付けられている簡素な机の上に無造作に置かれてある。
状況から推測するにどうやらイチリがあの後運んでくれたのだろう。あたりを見渡すと、どうやら一夜明けて朝になっているらしい。
「ガラクリ……捨てられていなければいいけど。」
ふらふらと立ち上がって、外へ出る。昨日まで泊まっていた宿屋に荷物を取りに向かった。
活気のいい露店街を抜ける。
串焼きやスープ、サンドイッチ、麺等々屋台が色んな食べ物を並べていて、おなかがぎゅるぎゅるとなるが、買う気にはならなかった。
とりあえず、ガラクリだけでも無事であってほしい。そんな祈りを込めながら、宿屋に着いた。幸いにガラクリ他僕の持ち物は、捨てられてはおらずフロントで預かられていた。
また、追加料金を請求されることもなく、普通に返してもらえて安心しながら、とりあえず目が覚めた宿屋へと戻った。
宿に戻ると、部屋にいっぱい屋台の食べ物を並べたイチリが待っていた。
相変わらずボロボロの服を着ているが、昨日にもましてひどいありさまだ。魔物の血がベットリと身体中にこべりついていて生臭い。
そんなイチリは、僕が部屋に入ってくるのを見つけると大声で叫びながら飛び付いてきた。
「ケイ‼君は天才だぁ~」
汚れきったその出で立ちに身を反らそうかと逡巡するも虚しく僕は、イチリに抱きつかれた。べちょっとした感覚があり、その後ごつごつと骨が当たる感触と仄かな温かさが伝わる。
しがみつくイチリは異常と思えるほどに細く、小さかった。
成人男性としては、小柄な方の僕よりも頭一つ分ほど小さい。そういえば、剣のことばっかり考えていて、イチリ自身をあまり見ていなかった。
あれほどの力を持っているのに、なぜこんなに痩せ細って……
「聞いて!聞いて!
剣がね、剣がね。ランクアップしたんだよ。
ケイが作ってくれた魔道具付けてゴブリンたくさん殺したら、ポイントがガンガン入って、それで、それでまた一つ剣が強くなった!」
疑問を抱く暇もなくイチリは下から覗き込むように捲し立てる。
「それは、よかった。僕の魔道具を使って魔物狩りをしてきたの?」
「うん。腕輪が完成した途端、ケイが倒れたからビックリしたんだけどね。
宿屋に運んだ後早く試したくなっちゃって、ケイも起きないし、それで夜にゴブリン狩りに行ったんだよ。」
全く僕は何をやっているんだろう。自分の魔力量くらい自分で管理できるようにならなければな……なんて反省しながら謝罪する。
「ごめん。迷惑をかけたね。」
「いいよ、そんなの!それよりも見てよ。これステータス!」
イチリは離れていき、机に置いてある紙を取ってきて僕に嬉しそうに見せてきた。僕としてはさきに身を清めたかったのだが、それを言うとイチリがしょんぼりする気がして言い出せなかった。
帰ってきてからすぐに書いたのであろうステータスの書いた紙には、べっとりとゴブリンたちの血がついていた。僕はそれに触れないように、ステータスを見る。
名前: 未設定
種類: 喰魂剣
【魂】 ランク:8 ポイント:882
【魔力】ランク:3 ポイント: 333
攻撃力:72 耐久値:170
スキル: 魂喰Ⅱ 魔力吸収Ⅱ 成長Ⅳ 自己修復Ⅱ 不壊Ⅰ
装備者付与スキル:【能力向上系】
能力向上Ⅱ 俊敏Ⅰ 魔力量上昇Ⅰ
体力的向上Ⅰ
【技能付与系】
なし
凄いな。この数値をそのままに信用するならば本当に剣が成長している。確かに心なしか内在する魔力も増えている気もする。
「どう?どう?魔力の所が凄い伸びてるでしょ?」
イチリはかなり上機嫌で、自信満々だった。確かに数値だけを見ると魔力の項目は伸びている。しかし、上昇率は依然として魂のほうがいいようだ。
そんなことよりもだ。イチリがゴブリン臭い。
「そうだね、確かに前よりは伸びてるけど。それよりも、とりあえず身を清めようよ。はっきり言ってイチリ汚いよ。」
まぁ、僕もイチリに汚されて汚いのだけど、イチリよりは随分とましだ。
「うぅぅ。めんどくさいなぁ。」
イチリはあからさまに邪魔くさそうな顔をする。
「そんな恰好じゃあ、せっかく買ってきてくれたご飯もおいしくないし、さっとシャワー浴びてきて着替えなよ。」
「仕方ないなぁ、行ってくる。」
そういってイチリは、トボトボと部屋に備え付けられたシャワー室のほうへと向かった。僕は、イチリがシャワーを浴びている間に、ガラクリのメンテナンスをすることにした。
背負いの大きなカバンからガラクリを取り出して、魔力を通して起動させる。
「ケイ、オハヨ」
ガラクリがだらんと力なくうなだれている頭を起こして、真正面に僕を見つめる。
「おはよう、ガラクリ。とりあえず不備のある箇所があれば教えてほしいんだけど?」
自身で自分の体の状態を把握し、報告することはできるように設定してある。
「ホコウ、カイロ、ヒトツ、フタツ、エラー、アル。ホカハモンダイナシ。」
事前入力作業に従って、ガラクリは自分の不調箇所を報告してくれる。再びガラクリの活動を停止させて『解析の魔眼』で言われた当たりの魔力の流れを観察した。
なるほど体性感覚を司る回路のあたりが損傷しかけているようだ。
刻印筆といくつかの魔工具を取り出して、ガラクリのメンテナンスを始める。まずは背中の部分を少し解体し、魔導式をぎっしりと書き連ねてある内部構造を解析する。欠損しかけている箇所はすぐにわかった。そこに、刻印筆で魔導式を上書きする。
ガラクリは非常に簡易な魔導式を多数組み合わせることでできるているため、修繕自体はすぐに終わる。最後に手足の関節の稼働域を再確認し、油をさしている途中でイチリが戻ってきた。
「なにそいつ?可愛い!」
「ガラクリって言うんだ。完全自立型の人形型魔導機械だよ。」
説明しながらイチリの方を見る。イチリはびしょびしょのまま、何も着ていない状態でガラクリを見つめていた。僕はすぐに目線を外す。
「ぁあ、イ、イチリ!ふ、服は?」
「えー洗ったから乾かしてる。ケイ、うるさいよ。」
「う、うるさいって、なんだよ。イチリ、き、着替えは?」
「持ってないよー。あれが、一張羅‼」
何言ってんだよ、と思いながら火が出るほど顔が熱いのを感じる。だめだ。落ち着け、落ち着け。慌てるな。できるだけ、イチリを見ないように、見ないように……
「と、とりあえずこれ羽織って!」
僕はなるべくイチリのほうを見ないように唱えながら、自分のローブをイチリの方へ投げた。
「ケイは何だか忙しいね。」
イチリは笑いながら、ローブを受け取り、言われたように体を隠してくれた。
なんで裸を見た僕の方が動揺して、見られたイチリの方があっけらかんとしているんだよ。もっと慌てろよ。そんなことを思ったところで仕方がない。イチリは色んなことに頓着のないタイプのようだ。
もっと頓着してほしいけど……
「それで?そのガラクリっての!見せて。」
イチリがぐっと身を寄せてくる。ローブだけしか羽織ってないのに……
僕の体とイチリの体が密着する。細くて、ごつごつしていそうな身体なのに、なんだか柔らかい感じがする。シャワーを浴びたてだからだろうか?
いいにおいもする。そして、何よりも無駄にドキドキする。
「ガラクリ、起きて。」
イチリが動かないガラクリを呼び掛けた。
「わかった。動かすから、待っててね。」
ガラクリを床におき、起動させる。ギィーと鈍い音を立てながら、ガラクリは立ち上がった。
「凄い!立った、立った‼」
イチリは馬鹿みたいにはしゃいでいた。
「ガラクリ。挨拶して。」
「オハヨウ。ボ、クハガラ、クリ。ヨロシク」
ガラクリは僕の声に反応してイチリに向かって頭を下げた。
それを見たイチリがパチパチパチパチと、意味もなく拍手をしていた。
「アナタ、ハドナタ?」
拍手が鳴りやむのを待って、ガラクリがイチリに尋ねた。自己紹介の後は、相手のことを尋ねるように設計している。
「私?私はね。イチリ!最強の剣を作る旅をしてるの!」
「ガン、バッテネ」
最強の剣を作るといってもガラクリにはわからない。わからないときは、とりあえず応援するようにと設定してある。
それでもイチリは嬉しかったのか、「うん!頑張る」とぐっとこぶしを握っていた。