剣を知る
国営魔石交換所で、拾った大量の魔石の一部を換金した後、そのお金でレンタル工房を借りた。
レンタル工房は、流れの魔甲技師や傭兵のために作られた時間貸しの工房である。本来は魔甲の作成や調整を行うことを目的としているために、かなり広いスペースが設けられている。
僕が魔道具を作るには十分すぎる設備がここにはある。僕とイチリは作業用の椅子に座って剣についての話を始めた。
「まずは、剣について教えてくれないかな?」
「この剣はね。『喰魂剣』っていってね。殺した相手の魂を取り込んで成長する剣なんだよ。」
剣が成長する?
なんだそれ?あり得ないだろ。普通無機物は成長しない。
いくら魔道具でもそんなことは不可能に思える。前例がない。聞いたことがない。
困惑する僕に、イチリは続けた。
「あり得ないって思ってるんでしょ?
でもね。本当のことなんだよ。この剣は、殺せば殺すほどに硬くなって壊れにくくなる。それから切れ味も増すし、使う人間も強化してくれるようになるの。
使用者として登録されている私にはね。ステータスって言ってこの剣の成績評価表みたいなのが分かるの。切れ味がどのくらいかとか、強度がどのくらいかとか、特殊な力がどんなのが、どのくらいあるのかわかるんだよ。」
「正直。あり得ないって思ってる。
いったいどんな原理で成長する剣なんてのが作れるんだ?」
「うーん。製作者はもう死んでるからわかんないけどね。
殺した相手の魂を自分のモノとして取り込んで、剣の格を上げるの。
ステータスには、ランクってなってる。ちなみに魂は一体のゴブリンで1ポイント。100ポイントくらいで1ランク上がるって感じかな。」
聞くほどに、謎理論だ。頭が痛くなってきそうだ。
基本的には、魔導もしくは魔法で引き起こせる事象は
1. 強化
2. 操作
3. 変化
の三つの効果に分類されている。
正確に言えば、魔法に至る前段階としての「感知」「知覚」「把握」「支配」があったり、物体に回路を組み入れる「刻印」があったり、特殊魔法が数種あったりするのだがそれはひとまず置いて、とにかく大まかに魔法や魔導は三つに分類されている。
魔導装甲は、強化を主体とした兵器であり、輪転と反動の魔道具は操作と変化を組み合わせた防具である。
イチリが語る成長というのは、一応は変化や強化には当たるのだろう。
しかしそのエネルギーとなるものが、魔力ではなく魂という謎の物質(確かに解析の魔眼で見るに、それらしい根源的なものはみえたのだが)だというのだ。
わからない。
そんなものどういう魔導回路を組めばなせるのだろうか?
それからステータスだったか?
これも謎だ。
能力の数値化というのは、古代から現代にいたるまであらゆる方法で実践されてきたことだ。
しかしそれらすべては、何かしらの媒介を必要とする。
学力であれば、試験。
魔力であれば、水流式魔力量判定機もしくは、魔力感応球による照度測定。
筋力であれば、魔導式筋質測定器。
体力であれば、体力測定。
etc...
これらの媒介を用いずに、物体が自らの能力を数値化して算出するというのは、驚愕であり、どこかうらやましいことでもあった。
「わからないけど、とにかく分かったことにしよう。魔力を吸収するのは?その剣が魂を吸収し強くなるのであれば、魔力を吸収することにはなんの意味があるの?」
「えっとね。魔力でも成長するんだよ。もうステータス書き写したほうが早いね。」
僕が尋ねるとイチリはそう言って、工房に置いてあった設計用の紙に大きく自分の剣のステータス?を書き始めた。
名前: 未設定
種類: 喰魂剣
【魂】 ランク:4 ポイント:432
【魔力】ランク:1 ポイント:108
攻撃力:37 耐久値:107
スキル: 魂喰Ⅱ 魔力吸収Ⅰ 成長Ⅳ 自己修復Ⅱ 不壊Ⅰ
装備者付与スキル:【能力向上系】
能力向上Ⅰ 俊敏Ⅰ 魔力量上昇Ⅰ
【技能付与系】
なし
なるほど、【魂】、【魔力】両方にランクがあって、ポイントが分かれているわけだ。このステータスとやらが、本当であれば、イチリはすでに400匹を超える生物を殺しているのか?
恐ろしい。
けど、面白い。この剣は面白い。
知りたい。この剣のことをもっと、もっと知りたい。
成長する魔道具。
魔具師として途轍もなく興味が引かれる話だ。
「どう?つまりは、この剣はこういう剣なんだよ。
で、魔力のほうのランクがあんまり伸びてなくてね。それが改善されるって話だったから私うれしいの。」
「わかった。その代わり僕を君の専属魔具師として雇ってほしい。
その剣を成長させるサポートを僕ならばいろいろできると思うんだ。」
僕は、たまたま出会ったこの少女にすべてを気になっていた。いつか成長する魔道具の謎を解きたい。自分も同じような魔道具を作ってみたい。
強くそう思っていた。
「やったね。こっちこそお願いしたいくらいだよ。協力者ゲットだぁ。」
イチリは飛び上がりながら喜んでくれた。その屈託のなさがまぶしくも感じる。僕は胸をなでおろす。これで成長する魔道具が研究できるうえに、食うにも困らなさそうだ。
あれだけのゴブリンを一度に相手にして勝てるのだ。
魔石を売れば、人が二人生活していくには問題はない。
そんな打算的なことも考えていた。
僕が右手を差し出すと、イチリはその手を力強く握った。力強い手だった。僕も魔道具の開発で手は固いが、イチリはそれ以上に固い手をしていた。