六話
もうあれから一週間程になる。
僕は学校をサボった。
だから、姫路さんのお店にも、もちろん公園にも足を運んでいない。
外出なんてしちゃいないんだ。当然だ。
「今日も学校休むつもり?受験生でしょ?」
「・・・風邪引いてるやつが学校なんて行ったら皆に伝染して迷惑掛かるだろ。」
本当は家から出たくないという言い訳に過ぎない。
「いいんだよ。行かない分は自宅学習にして取り戻すから。出席日数だって全然余裕あるし。」
「余裕ある人はそもそも、そんな事言ったりしないでしょうよ・・・。ウサギみたいな事言ってると、後ろからきた亀にサッサと追い越されるわよ?」
「御伽噺は御伽噺だよ。」
それでも結局、本日僕は登校の支度を整えて、あれよあれよと言う間に
自転車に跨り通学路を走り出した。
するとどうしても、あの公園跡地が視界に入ってくる。
「・・・・・・・・・・・」
あの少女は、女子中学生は居なかった。
流石に、あんな殺伐とした事がありゃ当然か・・・。
というか、あんなの僕一人が勝手に怒っていただけなんだけどね。そう思うとなんだか大人気ないし情けない。
余計に外出が嫌になるな。今からでも家に引き返したくなる。
不愉快な気分でいっぱいな僕は、本日は食事も摂らず昼休憩に図書室に寄ることもなく、
そして、帰りは姫路さんの店に足を運ぶこともせず、真っ直ぐ帰ろうと思った。
どうせ、こんな不愉快で仕方が無い日だ。
行ったところで、寧ろ申し訳ないという気分に襲われるだけだ。
自己満足ならぬ自己不満足だ。
「いらっしゃい千尋くん。」
しかし、途中で気が変わってしまった僕は、しっかり姫路さんの経営する花屋に向けて足を運んでしまっていた。
人間の意志なんて、風が吹けば時としてあっさり変わってしまうものらしかった。
「一週間も見かけないから、ちょっと心配してたよ。」
「すみません。テスト期間中だったので一生懸命、受験戦争に奮闘していました。」
「そうだったんだ。受験生だもんね。」
もちろん、そんなものは無かった。
「ところで・・・」
僕は先ほどから気になっていた事を姫路さんに尋ねた。視線の先にはせっせと、売り物の花を包んでいる背の低い女の子の姿があった。
「アルバイトでも雇ったんですか?」
バイトを募集しているんだったら、是非やりたかった。
僕の存在に気が付いたのか、彼女は手を止めて僕達のところへ来るなり、ニッコリと微笑んだ。
何度も指を切ったのだろう、手には絆創膏がペタペタと張られており、顔には土が少し付いていた。
肩のところまで伸びた髪は、とっても真っ直ぐでサラサラした黒髪をしていた。
眉毛が少しだけ掛かる前髪が汗で額にペッタリ張り付いていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・何?僕の顔に何かついてる?」
不思議そうに僕の顔を見つめる。
「千尋くんは、なんだか女心がわからないというか、なんというか・・・、気付いてないの?この子の事。」
「・・・・・・。」
時に不思議そうに、またはニコニコと人の事を観察するその姿に、僕ははっとした。
「まぁ、流石にこんなにバッサリ髪を切ると気付かないかもしれないけどね。」
と苦笑される。
「お店空けたままだったし、それにこの子も髪の毛ズタズタにされてたしね。帰ってから少しだけカットさしてもらったの。」
そして、次の日になるとちょっとずつ手伝いに現れた。
そういう事らしかった。
「まるで鶴の恩返しですね。」
「あれは最終的に飛んで行っちゃうんだけどね。それに恩を返されるような事でもないし。」
私がしたのは精々、髪を切っただけ。そう言う。
別にいい。と僕の時と同じように姫路さんは言った。
「最近、お客さんも増えて、だから助かってるのは確かなんだけどね。」
確かに、最近は姫路さんに会える事も減ってしまったのはそれが原因か。ならば───。
「じゃぁ、僕も一緒にお手伝いさせてもらえないでしょうか?」
そう提案した。
「千尋くんは受験生でしょ?」
「いやいや、大丈夫ですよ。仕事と勉強を両立出来ないくらい程度の低い男でもないですよ。」
「バイト代・・・すごく安いよ?お小遣いにもならないんじゃないかな・・・。」
「寧ろ僕が払いたい気分です。それに姫路さんと一緒に仕事すればとっても勉強になると思います!」
「・・・・・とってもありがたいんだけど・・・。わかった。だけど、ちゃんと勉強もしてね?」
正直、下心でいっぱいだった。
というよりは、そこのイメチェンした女子中学生に対する対抗心も少しある。
絶対、僕の方が上手に仕事をこなしてみせる。
そんなこんなで、翌日から僕も姫路さん・・・姫路さんと髪の短い女子中学生との仕事が始まった。
彼女に対してのイジメは、どうやらまだ続いているらしかった。
それについては、姫路さんも悩んでいたし心配しているらしかった。
店に現れる度に、彼女はどこかしらを怪我しているか、何か取られていたりしていた。
そして、そんな姿に対して彼女はいつだってヘラヘラしていて、それが違和感を際立たせていた。
口数がすくないどころか、まったくもって、一言も喋らない彼女は、しかしそれでも
店を訪れるお年寄りには蝶よ花よと可愛がられていた。
あのニッコリ笑顔がお爺ちゃんお婆ちゃんには受けがいいらしい。
アイツは今、何を考えているんだろう・・・。
どんな時もニッコリ、ヘラヘラとしている彼女に対して、僕はそんな事を思った。
「ニコ。客足も減ってきたし、昼だしそろそろ休憩にしよう。」
「ニコ」というのは、僕がつけたあだ名のようなものだ。いつもニコニコしてるから「ニコ」。
姫路さんにはネーミングセンスを疑われたものだったが、だってこれは僕の皮肉の象徴のようなものだから、センスもへったくれもない。
そもそも何も言わない本人が悪い。
嫌ならニコ本人が名乗るだろう。
と、思ったのだけどニコはその名前をどうやら気に入ってしまったらしくニコニコしていた。嬉しそうに。
ニコは僕の提案に対して、首を横に振った。
「今、飯食っておかないと倒れるぞ?」
しかし、彼女は首を横に振り続ける。
「・・・・適度に休憩を取る奴ほど、いい仕事をするもんなんだぞ?休めるときに休まないと。」
しかし、彼女は尚も首を横に振り続ける。
「あっそ。じゃぁ、勝手にしろ。僕はお前なんかと違ってしっかり飯食って、しっかりと仕事する出来る男だからな。」
そう言ってドカリと裏の椅子に腰掛けると、ニコニコと作業を続行する彼女を観察しながら持ってきたサンドイッチを頬張り始めた。
というか、どんくさいので正直、昼食どころではない。
何かやらかさないかハラハラして仕方が無い。
「頼むから仕事増やさないでくれよ?」
しかしニッコリ笑うニコ。
ポケットに突っ込んでいたスマホがブルブルと震えた。
そこに表示されていた二文字の名前に僕はドキっとしてスマホもサンドイッチも手からこぼれ落としそうになる。
「姫路さん、どうかしました?」
『あぁ、千尋くん!ごめん、すぐ戻るつもりだったんだけど、ちょっと実家から連絡着ちゃってね。なんの様かはわからないんだけど、急用みたいで
だから申し訳ないんだけど、今日はもうお店閉めておいてくれる?』
矢継ぎ早である。
「え、わかりました・・・。えっと気をつけていってらっしゃいませ。」
そう言うと姫路さんは『ごめんね。』と残して慌てて電話を切った。
ニコに姫路さんからの連絡の内容を伝えると、流石に首を横に振ることはせず、納得した様子で首を小さく縦に揺らした。
「じゃぁ、ニコ。お疲れさん。真っ直ぐ帰るんだぞ?」
シャッターを下ろし『準備中』の札を下げると僕は、そんなテンプレのセリフを吐く。
ニコはそんな僕の手を掴む。
「何するんだよ。指さし確認ならしてるよ。大丈夫だ。」
「・・・・・・・・・」
彼女は長い上り坂の方、つまりはこれから僕が帰る方角、そして、あの公園跡地の方向を指で示していた。
「・・・まぁ、いっか。」
喋らないから勝手な解釈をする。ニコの家も僕と同じ方角なので一緒に帰ろう。っとかそういう事が言いたいのではないだろうか?
「お前一人で歩かせると、ひょっとしたら段差で躓いて、そのまま転ぶかもしれないもんな。一緒に帰ってやるよ。」
そういうとまたニコニコする。
意地悪のつもりだったのに嬉しそうだ。もう慣れたけど・・・。
ニコは僕より前を歩いたり、後ろをうろちょろしたりと、落ち着かなく歩き回った。
本当に転んでしまうんじゃないだろうか?
「怪我しても、もう助けてやらないぞ?」
尚も嬉しそうだ。
そうこうしていると坂を登りきり公園跡地が見えてきた。
「・・・・・・・・・」
ニコは、公園の前でその四角形の空白を眺めた。
思えば、最初に彼女を見た時、・・・・ニコに会ったのも、この公園跡地だった。
最初は幽霊か何かだと思ったけど、
こうして改めて彼女を見てみると全然違って見える。
あの時は暗がりだったし、でも今は真昼間だから違って当たり前だ。
あの時の印象としては、不気味としか思えなかったし、だから同じニコニコ顔でも全然違った。
いつでも、変わらずニコニコと笑っている彼女を、僕はその時
柄にもなく「──可愛い。」と思ってしまった。
不意にニコはこちらを向き珍しくビックリした顔をした。
柄にもなく驚いた表情を見せた。
「・・・・・・こ、こう言えば女子は喜ぶんだろ!?」
そんな恥ずかしいセリフをうっかり吐き出してしまったと、溢してしまった思うと僕の方が恥ずかしくなってしまう。
一瞬でもいいから、地球の自転を巻き戻してなかった事にできないだろうか・・・懇願した。
慌てふためきながらニコの表情を見ると、彼女は驚いた表情もニコニコも、不思議そうな顔もせず
困った顔で赤くなっていた。
こういうのを照れているというのだろうか?
あぁあ。なんだ。ちゃんと可愛いじゃんか。
絶対、もう二度と言いたくないセリフだけどね。
「こんなところで何をしてる!!」
突然目の前で停まった軽乗用車から初老の男性が降りてきて怒鳴りながら走ってきた。
急なことで、僕はビクついてしまった。
「えっと、あの、何か御用でしょうか?──痛!?」
オドオドと話しかけた僕は男性に突き飛ばされた。
「お前はこんなところで何をしてる!」
「ちょ、どうかしたんですか?コイツが何かやらかしましたか?」
乱暴にニコの腕を引っつかむ男性との間に入るが、彼は「なんだお前は!!」と聞く耳持たずという具合に突き飛ばす。
「ニコ!!」
彼女と目が合う。お前いったい何をしたんだ!とか、このオジサンは誰なんだ!とか以前に状況が飲み込めない。
だけど・・・・。
「すみません!一回だけ手を離してやってください!どうしたんですか!?」
「他人には関係ないだろう!家族の問題だ!」
全く知らない人に・・・家族の問題だと言い張る男性に・・・グーで殴られる日が来るとは思わなかった。
なんだ、今日って不幸な日だったのか・・・。
変だな、姫路さんの店で仕事してるはずなのに・・・幸福であるはずなのに・・・。
まさしく青天の霹靂と言った感じだ。
不幸である現状にではない。
こんな静かな昼下がりに知らない人に怒鳴られ、殴られたからでもない。
僕は驚いた。
それに対して、だから僕も動かなくちゃと、それが危機的状況であると感じた。
だって、ニコが笑いもせず、不思議そうにもせず、あんな──嫌がる表情をしていたんだから・・・。




