三話
──授業の合間。
昼休みに昼食を終えて外へ出て行くクラスメイト達の姿を、僕は図書室の窓から眺めていた。
髪を茶色に染めた男子生徒が転がっているバレーボールを拾い上げて、サッカーをはじめる。
こんな暑い日によくもまぁ、ボール遊びなんてできるものだと、呆れ顔でその姿を見ていた。
僕は五月蝿いのは嫌いだ。
正直言って、空調の小さな音すらも本を読んでいるときは鬱陶しくて仕方がないほどだ。
図書室の中は、図書管理委員の先生を除いて僕しか居ないという空間で、
昼休憩の時間は、殆ど僕の貸切みたいな状態なので、暑さを我慢すれば空調なんて切ってしまいたい。
「今日はなんの本を読んでいるんだ?」
「宮沢賢治です。」
手が空いたのか先生が僕に話しかけてくる。
僕はそんな彼に表紙を向ける。
何度も読み返した本を、手にとってまた読み始めた一冊だ。
「銀河鉄道の夜か。先生も何度も読んだよ。リスペクト作品も多くていい作品だね。」
「そうですね。」
「たまには、旭ヶ丘くんも外に出てみたらいいんじゃないか?」
僕が先ほど外を眺めていたのを見ていたようで、先生はそう提案してきた。
羨ましそうに見ていたのだと思われたのだろうか・・・。
「今日は午前中に体育がありましたし、別にいいんですよ。」
身体弱いですし。等と言い訳をした。
なんとも情けない言い訳だ。
「そうか、それならまぁ、いいんだけどな。」
「はい。」
そうこうしていると昼休憩を知らせる鐘が鳴った。
外では慌ててバレーボールを投げ捨てて校舎に向かって走ってくるクラスメイト達が見えた。
「じゃぁ、授業行ってきます。」
「気をつけてね。」
先生は僕にそう告げると自分の仕事に戻っていった。
残念なことに今日は姫路さんの店は閉まっていた。
だから、今日の運勢はマイナスだ。
どうりで、寝不足で頭がフワフワしていたわけだ。
他にも、物理の教科書を持ってくるのを忘れてきてしまって、話したくも無いクラスメイトにお願いして見せてもらう羽目になるし
体育の授業では足を捻ってしまった。
本当は自転車を漕ぐだけでもズキズキと鈍い疼痛が走る。
この痛みを姫路さんに心配してほしいなんて甘い考えがバレてしまったのだろうか・・・。
「・・・・・・・。」
家の近所の、あの公園の跡地である真四角の空間。何も無い空白を見つめる女の子が立っていた。
昨日とまったく同じ光景だ。
夏なのに見てるこっちが暑くなるような冬服のセーラー服に袖を通し、伸ばしっぱなしの長い長い黒髪の小柄の女の子。
不釣合いなその光景が、まるで幽霊のように見えてしまう女の子。
まだ、明るくて今度ははっきりとその姿を見る伺うことができた。
当たり前だけど足は生えているようだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・!」
不意に目があってしまった。
というより、僕が凝視していたのが彼女に気付かれてしまったらしかった。
僕が慌てて目を逸らすと、彼女はそれでもしばらく不思議そうに僕の方を見つめていたようだった。
そうしていると彼女は、視線を公園に戻しその公園跡地にその足を踏み出していた。
なんだかまるで自分の家に帰るみたいにして、彼女はその公園に入って行った。
まぁ、いいや僕もさっさと自分の家に帰ろう。
今日はついていない。さっさと晩御飯を済ませて暖かいお風呂に入って、眠ってしまいたかった。
ドカリとベッドに寝そべり、靴下を脱ぐと捻った右足は青く腫れていた。
どおりで痛いわけだ。
「いいさ、明日は休みだし何もせずに家の中にいよう。」
シップを張りながらそう呟く。ヒヤっとしたシップが火照った足の一部に染みた。
姫路さんには会えなくて、だから今日は昨日なんかよりもっと眠れないだろうと思っていたけど、
案外、すんなりと眠れたと思う。
────だ・・・だよ!・・・嫌だ・・・・!!
誰かが叫ぶ声が聴こえる。
全身を強く叩きつける様に、雨が強くその背中を叩く。腕を叩く。顔を、髪を、全身を容赦なく叩きのめす。
それでも、その声は絞り出すように叫ぶ。
だけど雨も負けじと、その声を掻き消さんとばかりに大きな音を立てて降りしきる。
次第に周りの音も、その懸命な声もフェードアウトしていくように遠ざかっていく。
私はその声を知っている。
いつまでも知っている。
───どこ!?嫌だ!!
その声を忘れられない。私はその声を忘れることはできない。この胸の痛みを忘れられない。
いつまでも、アナタを忘れられない。
アナタが泣いた数だけ、溢した数だけ、私は「ありがとう」を言いたい。




