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この先の日本

 近年は頻繁に災害が発生している、自然的若しくは人為的に。それは偶発また必然なのか、そしてそれに人はどう立ち向かって行けばいいのか。

 また資本主義社会の維持、継続は本来人間が欲する豊かな暮らしに寄与しているのか、今こそ検証し、是正する時期ではないのか。

 大いなる疑念を抱き、この問題に真っ向から立ち向かっていきたいと思います。

これからの日本


 第1章 戦後75年の国民意識の変遷について


 前書き


 思いもしない新型ウィルスコロナの恐怖、人々はその脅威に為す術もなく立ちすくんでいる。懸命な治療、そして自粛、やれることはやろうと、しかし何時の時代もそれに水差す人たちもいる。愚かしい奴と罵っても、それらを全て含めて人間の性と言えば、聖人が語っているようでこれまた何とも味気ない。

 終息には時間を要することは、皆そう思っている。だが、進みすぎた経済活動は、そんな悠長に構えていたら、生活そのものが崩壊してしまうかもしれないと云う別な恐怖が背後を襲ってくる。

 コロナ対策が遅れた2大要因は東京オリンピック開催に固執したこと、そして対中国に阿ったことだが、これを否定しているのは、政府とその利権に絡む特権階級だということは誰もが認識している。

 

 資本主義の行きすぎは、やがて後で後悔してもしきれないおつりが返ってくることは分かっている。分かっていても、それに代わるものが見いだせない限り、それに突き進むしかいない、所謂開き直りというか、悪い意味での日本の特攻精神だ。


 さて、前書きが冗長になりすぎて何を言いたいのか、読者から顰蹙を買うので、渾身の力を込めて書き進めたい。



 歴史に学んでいるのか


 司馬遼太郎さんの、坂の上の雲、は明治期最大の国難を国民が一致団結し奇跡的な勝利を齎し、今日の日本の礎を築いたことを分かりやすく書いてある。

 そして、翻って今の日本はその先人の遺構を大切にしているか。ともすれば享楽主義に走り、国家100年の計を誰も考えない亡国の民となっていないか。

 


 戦後教育


 明治期、誰もが尋常小学校まで学ぶことが出来た事が、奇跡的な勝利を呼ぶ一因になった。

江戸時代、学問が出来るのは武士を始めとする特権階級だけ。庶民も、寺小屋で学ぶことは出来たが、一部だけ、それを明治政府は、全ての国民に受けさせた。

 文盲、これを差別語と言うようでは、余りにも無知過ぎる。言葉には一つ一つの歴史がある。それを正しく認識することが肝要であって、単なる言葉の響きだけで嫌悪しては本旨を失う。

 兎に角、国民が読み書き出来るようになったことが、現代の繁栄に繋がっている。

 列強の植民地支配が成功したのは、被支配地の殆どが文盲だったからだ。儒教の国、中国、朝鮮も例外ではない。

 

 さて少し話を進めるが、現在の教育を考えてみよう。筆者は昭和23年生まれの所謂団塊世代、競争社会の走り。何しろライバルが多い、裏を返せば企業は選り取り見取りだ。

 教育方針は詰め込み、記憶力の強い者が勝者。学級委員は成績が良いものが選出される。言葉を変えれば、先生のお眼鏡に適うものだ。

 恐ろしいことに、この教育方針は、一時期日教組の反対もあったが、今日迄続いている。

 大学に入るには記憶力が必須だ。だがそれは考えることを放棄する両刃の剣だ。能動的な思考体系を我々は捨てた、結果どうだ、国民の健康を脅かすコロナに適切な対応が取れなかった。

 台湾、韓国を一時期占領支配し、日本の優越性を誇示した。戦後も見下していた時もあった。

 だが、このコロナの対応は台湾、韓国に完全に負けている。その要因は何なのか。

 戦後教育を総括すれば、誰も責任を取らない、無責任の意識を助長させたことだ。



日露戦争勝利後の変化


 1905年の日露戦争の大勝利はアジア諸国の意識に変化を与えた、それはキリスト教支配からの脱却だ。

 十字軍の遠征を始め、キリスト教はその神の教えを絶対的と捉え、従わない国に絶えず圧力を掛けてきた。

 日本もその例外ではない、戦国時代既に宣教師が各地に布教している。他宗教を排他するキリスト教では、何れ紛争が起こる。そして列強は、信仰する人たちの命を守ると言いつつ、軍艦、大砲、鉄砲を始めとする圧倒的な火器で攻め込み、江戸時代末期には日本を除けば、アジア諸国はその支配下にあった。

 それが、日露戦争の勝利により、アジア諸国に微妙な変化を与えた。だが、あくまで微妙な変化で、それが大きな変化になるにはまだまだ時間を要した。

 だが、日本は一人列強への道を歩みだした。その飛躍の土台は教育だ、幸いに日本は地方による方言はあっても、文字は共通だ。漢字、ひらがな、カタカナ、そして何よりもその下地が徳川300年で築かれていた。

 寺小屋により、庶民は簡単な読み書きが出来ていた。ロシヤ艦隊の勝利は、ロシヤ兵と日本兵のその読み書きの差でもあった。

 厳しい訓練と優秀な火器が、軍隊の優劣を左右するが、それだけでは決めてとはならない。上官の指示命令を正しく認識すること、それは末端の兵も当然含む。

 

 さて、アジア諸国において一人列強への道を歩みだした日本、その向かう先の大義名分に、欧米列強からのアジア諸国の開放、を掲げた。

 一言で表現するなら、のぼせたのだ。のぼせ、思い上がる、うぬぼれるとも言えるだろう。

 奇跡的な勝利は、日本全体にのぼせをもたらした。それは冷静な思考を排除する。

 日本人は優秀である、その優秀な日本人こそアジアの中心とならなければならない。またそれらを教育し導かなければならない。

 台湾、朝鮮、そして中国、東南アジアへの進出、そして太平洋戦争と突き進んでいく。



戦後の日本人の意識


 しかし敗れた、完膚なく。国土は荒れた、同時に国民精神も。そしてのぼせも冷めた、まるで憑き物が落ちるように。

 軍国主義に代わる民主主義、誰しもがその響きに酔いしれた。大東亜共栄圏を掲げた理念を放り捨て、戦後復興のため米国との運命共同体への道を選んだ。

 

 だが又しても日本は僥倖を得た、それが朝鮮戦争だ。瀕死状態の日本に強烈なカンフル剤が。

 しかしこれは効きすぎだった。軍国主義に懲りた日本人、朝鮮戦争勃発までの5年間、ひたすら反省した、二度と戦争をしてはならないと。

 民主主義の真の意味を理解するには時間がかかる、何しろ明治期以降、国民は常に受け身で、命令されることに慣れていた。

 だが、民主主義は自己啓発だ、一人一人が社会の秩序、繁栄は如何にあるべきか、それには良心に裏打ちされた平衡感覚を身につけなければならない。これは一朝一夕では取得出来ない。


 日露戦争で日本人の意識は変わったが、この朝鮮戦争でまた変わった。

のぼせから浮かれに変化した。そして民主主義を一人一人が都合よく利用した。

 ナンセンス、と云う言葉がひと頃一世を風靡した。相手の気持ちを理解しようとしない、そのナンセンスは、兎角物事を単純に捉えようとする日本人の思考体系に合致した。

 カタカナ語を多用する思考方法は、日本語が持つそれぞれの意味を否定する危険性を有する。

 

 

浮かれた日本


 思いもよらない経済復興は、先の敗戦の反省を吹き飛ばした。それぞれの国にそれぞれの美質があるが、日本人の美質は謙虚と寡黙、明治期はそれが何よりも重んじられた。

 それが、日本精神だと叩き込まれた青少年を含む大人たちは、圧倒的な物量で完膚なく叩きのめした民主主義という名の、物質中心に大きく舵を変えた。

 物を所有するものが偉い、簡単に言えば金持ち、そして資本家。もうこうなれば、謙虚は邪魔者の何物でもない。押しのける力、それが資本主義。 

 今日企業はコンプライアンス、法令遵守を掲げる。一見、それは社会秩序を遵守しているかのような幻想を抱かせる。それはあり得ない、何故なら資本主義社会においては弱肉強食、勝つか負けるか。またその中で働く社員も企業戦士として会社にとって有用か無用か、で判別される。

 日本国憲法第25条は国民の最低生活の保障を謳っているが、置き換えて、企業が社員の生活を永久に保障することはこれまたあり得ない。そんな保障をしていれば、不況となれば忽ち経営困難となり潰れてしまう。

 朝鮮戦争から1964年の東京オリンピック、そしてバブルと、何もかもが浮かれ、太平洋戦争は無かったかのように享楽主義に走った。

 物が溢れ、豊かになったような気がした。だが、それは本来日本人が持つ謙虚と質実剛健の気風も奪い去ってしまった。



無策の日本

 

 物質中心主義の資本主義社会では、豊かな暮らしこそ本来人間が求めるものだ、と心の奥に悪魔が吹きかける。

 そして、その豊かな暮らしからはみ出たものを、生活弱者と決めつけ、社会のお荷物だとして、無用と切り捨てる。何故なら、弱者への配分は豊かな暮らしを脅かすだけだから、と。

 

 少し話は飛ぶが、長い間、日本は中国に追い抜かれたとは云え、GDPにおいては世界2位を維持してきた。

 だが、近年は生活保護世帯の増加並びに3分の1の児童が満足に食事も出来ない状況が現出している。まるで、戦後日本国中食えずに闇市に狂奔したかのように。

 何なのだろうか、GDP現在は世界3位と言いながら、子供に満足な食事も与えられない、これが求めた豊かな暮らしなのだろうか。


 さて前に戻るが、生活弱者救済は経済発展を阻害するだけ、言い換えれば生活弱者は、社会の責任ではなく自己責任だ、と。

 この意識の蔓延こそ、今日の社会基盤が脆弱した最大の要因となった。だが、この根本的な原因に誰も目を向けようとしない。

 生活弱者は社会にとって有益ではない、とこれまで日本の為政者は放置してきた。先ほども述べたが、この放置こそ社会基盤を危うくさせている。


 生活弱者イコール働けない者ではない。国、社会が適切な収入を担保しないからで、低賃金で働かせ、経済の社会変動で働けなくなったら(会社存続という勝手な企業理念の押し付けによる解雇)、襤褸雑巾のように投げ捨ててきた今日の社会こそ、歪な社会だと気づこうとせず、臭い物に蓋をする感覚こそ恥ずべき行為だった。


 何時からか、日本人は恥知らずで無責任となった、明治期の日本海海戦の勝利は僥倖ではない、一人一人が責任をとっていたからこその総合勝利だ。

 置き換えて、生活弱者を見下す社会の風潮は、もう行き過ぎた資本主義の歪が齎したもので、その根本的な解決を模索し、追い求め、抜本的な社会変革をしていかなければ、日本、日本人として生き残れないことを一人一人が自覚しなければならない。


次回は日本国憲法第3章について私見を述べたいと思います。言うなれば、この第3章をおざなりにしてきた事が、弱者切り捨ての風潮を助長した、と筆者は考えるからです。


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