原発事故の一真実
平成23年(2011年)3月11日午後2時46分東北大地震発生、本宮市に新居を構えていた妻、長男、三男、四男が、老朽化した家屋が倒壊しその下敷きになっているかもしれないと心配し駆けつけて呉れた。その日は、長男の家で泊ったが、郡山市内のホテルの駐車場係として働いているので、翌12日は何時ものように夜6時から勤務に就いた。
しかし、郡山市内も地震の影響で開店休業状態、勿論私が働いているホテルも。施設係の馬田さんと同僚の片桐さんと料金精算所で話しこんでいた10時頃、2台の乗用車が駐車場に入って来た。
市内全体が停電状態、辛うじてホテルは自家発電機で照明は維持しているが、駐車場はその僅かなロビーの光が漏れて浮かび上がっている状況での入場だった。
車から降りてきた男が宿泊出来るかと聞くので、現状を話してとても無理だと言うと、何処か泊れる所はないか、と更に聞くので、郡山市内のホテルは全て駄目でしょう、泊るなら会津若松市まで行かれた方が、で、どちらからいらしたのですかと、逆にこちらから質問すると、大熊町からと。
その時は漠然と聞き流していた。確かに、地震で東京電力の福島第一原子力発電所が地震の影響を受けたことをNHKはニュースとして報道していたが、例え放射能漏れがあっても人体には影響がないことを、東京大学の教授が力説していたので。
だが、尤も信頼すべきNHK報道そのものが全て嘘だった。発電所がある双葉、大熊町の住民は地震発生時からその危険性を確かな情報として捉えていた、それは、復旧にあたるべく1000人余の内9割が職場放棄していたからで、当然その危険性は地元住民に伝わっていた。それゆえの2台の乗用車だった。
では会津若松市に行きます、と言って去っていった。




