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営業の自由

 人の営業の始まりが私娼だと何かの本で読んだことがある。昔は自由に商売出来たことても、現代では公序良俗の大義名分でその自由は規制され若しくは排除されてしまう。


 しかし、営業の自由とは何だろう。また、不自由とは何だろう。何、そんなに悩むほどでもない、全てお役人が考えるから。だが、肝心のお役人事態、法と正義の名の下で誠実に仕事をしているだろうか。時に、権力者の諮意に迎合する法を作成し、改正と称して都合良く変更(改悪)していることがないだろうか。


 私は長く警備員として働いたが、警備業が営業として受け入れられるに際して、その警備業法が度々改正され、その度に多くの人が翻弄された(この詳細は次回に)。


 警備業は、最初は誰でも営業が出来た。それこそ新規参入の機会とばかり誰もが飛び付いた。それまでも工場には守衛が居たが、守衛する人達はひと仕事を終えた人とか、悪口になるが、会社では厄介者扱いされている社員が勤めているそんなイメージだった。


 それに代わり、単なる守衛ではなく、侵入、火災防止として一次的な役割を担う専門職として警備業が導入された。と、同時に労働組合が活発な時代でもあった昭和40年代は、その組合を封じ込め若しくは弾圧する目的も込められ、強面の集団、一部暴力団も資金調達として参入してきた。


 昭和20年8月15日の敗戦は国土の荒廃と秩序の崩壊も齎した。明治以降任侠道の名で、各地にやくざが存在していたが、この敗戦を機にその任侠道も廃れ、世は一挙にその支配をめぐり、各暴力団が覇権を競う時代となった。


 東映映画はその暴力団抗争を描いて莫大な興業収入を得ていた。まるで、暴力を賛美するかのように凶器が飛び交う、しかしそれは表現の自由として規制されることはなかった。


 そこに警備業が営業として商売になることが分かると、砂糖に群がる蟻のように、その一部不逞な集団も参入してきた。そして、労働組合の活動に手を焼いていた会社は、組合潰しの為警備を利用した。


 警備業発足当時、警備業は警察署に届出すれば営業出来た。言うなれば、自由に営業が出来た訳である。だが、警備員が労働組合活動妨害に一助していることが分かると世間から顰蹙を買うこととなり、警備業に対し厳しい批判が向けられた。


 昭和58年、警備業法は大改正を実施した。職業選択の自由として人は自由に営業出来るが、私娼が禁じられているように、その営業の自由に厳しい規制を敷いた。


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