アメリカ、その思考
話は変るが毎年3月10日は自衛隊記念日、旧陸軍記念日。日露戦争で勝利した日本軍が満州奉天入城を祝したことに始まる。
福知山の駐屯地から新設の普通科連隊に異動したその翌年、大阪城で師団検閲があった。その壇上に松下幸之助氏が登壇し、隊員は捧げ銃を持って迎えた。一民間人に軍隊が最高の栄誉を持って拝した訳だ。
その意味を考えてみたい。若い私はその時何ら違和感を持たなかったが、これはどう考えてもおかしい。松下氏の功績は誰も否定出来ないが、何故それが捧げ銃に繋がるのか。
昭和40年代、自衛隊の存在は国民に快く受け入れられていなかった。私が直接税金泥棒と罵られたことを書いたが、60年安保から10年、1970年は自衛隊にとって岐路に立っていた。
それは、治安出動という名目で国民を制圧するかもしれない、銃を向けるかもしれない、との焦燥が自衛隊内部であったと充分推察出来るからだ。
その国民意識を変えるについて、松下氏の栄誉礼は効果的だった。日本を代表する経済人と自衛隊との融合、それが捧げ銃。
また太平洋戦争で人気の高かった源田実氏が参議院選挙に出たことは、これも何より国民と自衛隊との融合に他ならない。
しかし、一人蚊帳の外に置かれたのが沖縄だった。漸く米国の占領下から解放された沖縄県民が感じたものは、本土が先の大戦を忘れ、米国を賛美している姿だった。
沖縄県民の犠牲を忘れたかのような、戦後復興に湧く本土。翻って沖縄は、ベトナム戦争で、新たな米軍の重要軍事拠点。やがて観光ブームが訪れる。皆、沖縄の海は見るが、その海に身を投じた凄惨な出来事は見向きもしない。




