折り紙の輪
折り紙を覚えたきっかけは祖母の入院だった。親子3人九州福岡県飯塚市炭鉱の長屋暮らしから引き揚げ、お袋の実家の一間で暮らすようになって早や4年過ぎた頃、祖母は肝臓を患い桜山にある名古屋市民病院に入院した。
祖母の看病で、お袋はその市民病院に寝泊まりするようになった。私は小学校3年生だったが、とても親父と一緒に暮らすことは考えられず、学校が終わるとその病院に行った。住まいの雁道町から桜山まで、子供の足でも小1時間程、祖母が亡くなるまでの二月程は毎日病院から学校に通った。
お袋は、ベッドの下に準備された付き添い用の1畳ほどの畳で寝泊まりし、私もその1畳でお袋と一緒に寝た。勿論大部屋だから、周囲に気兼ねしながらだったが、子供にとって、見知らぬ人と話す楽しみもあった。
その病室で、まだ30代半ばと思われる女性からある日折り紙を教えて貰った。鶴の折り方は知っていたが、その女性が教えて呉れたのは、昔の千石舟を模したものだった。その立体的な舟の形は子供心を興奮させた。
しかし、それから折り紙の事はすっかり忘れていた。そう、2011年3月11日の東北大地震で、女房の実家だった郡山の家が住めなくなり、此処本宮で長男が建てた家で5年振りに妻と一緒に暮すようになってからだから、50年も過ぎていた。
妻はクリーニング店に勤めているが、子供連れの母子にちょっとした折り紙を渡していた。そして、ある日私に折り紙を折って欲しいと云うので、女の子が好きなワンピース等作ったら、もっと色々な物が欲しいと要請された。
気を良くした私は、インターネットで探すと、立体的な薔薇を見付けた。その余りにも見事な出来栄えに心を奪われ、その薔薇を折って見たいと挑戦することにした。
川崎ローズと銘々されたその薔薇は、数学教授の川崎先生が考案した薔薇で、実に理論に適った折り方だった。ビデオを見ながら悪戦苦闘したが、何とか折りあげることが出来た。
それからは次から次と妻からの要望が続き、様々な物を折りあげて来た。
しかし、60の手習いではないが、折り紙に挑戦したことで思い掛けない副産物を得た。




