意識の変化
警備員の基本原則、警備業法第8条(現在は第15条)を、現任教育で何度も繰り返し頭の中に叩きこんだが、当時警備業に来る者は程度が低いと自他共に認める時代、その第8条を正確に理解している者は少なかった。
しかし、その時代と現在で、はっきり異なるのは雇用体系だ。名古屋駅前を中心として、ホームレスや浮浪者(この言葉は穏やかではありませんが)を一時の労働力として暗躍するブローカーの存在はあったものの、大半は正社員として雇用されていた。
やがて時代は大きく転換して行く。しかし、ここで労働者、この響き良くないですね、”働く人々”でしょうか、その働く人達に意識変化が起こったことだ。
簡単に云えば、正社員という束縛から解放され、自由に働く自由人として生きて行こうと。フリーター、何と言う新鮮な響き。お飾りだけで、何ら労働者の権利を保護しない労働三法、そんな当てにならない法律より、人生の貴重な時間を好きなことだけして生きていきたい、と。
だが、それは浅墓の一語に尽きた、資本主義社会でその思考は自殺行為だ。バブル時代に突入し、誰もが浮かれているとき、その危険性を指摘する適切な見識者は皆無、不幸な時代の幕開けとなった。
やがて派遣業という新職種が勃興する。何、“現代版口入れ屋”、企業と労働者を仲介してその利ザヤを稼ぐ商売だ。
江戸時代、流入者の身元保証人としての役割を果たしてきた口入れ稼業は治安の安定も担っていたが、誰もが身元不明などないこの現代社会で、人をまるで商品のように右から左へ動かし利益を得るのは、暴力団の資金源の温床となることから、法律は固く禁じて来た。
その目を掠め、冒頭の手配師の暗躍を見て見ぬ振りをしてきたのは一重に行政の怠慢ではあるが、需要と供給関係、それを云い張っては経済発展に水を差すとばかり放置して来た。
その根底には常に、経済が優先、言葉を変えれば大企業優先の大原則が存在する。
最初は高度な知識や技能を有する人達を対象にしてきた原則も、今は単純労働者がむしろ主役となっている。手配師を禁じていたにも拘わらず、法はその手配師稼業を保護する法律にすり替わったのだ。
常に大企業優先に傾く、仕方ない、何故ならその法を作るのは大企業に擦り寄る官僚組織だからだ。退官後の天下りで人参をぶら下げられている官僚に、弱者労働者の権益を守る気持ちは一かけらもない。
しかし問題はこの大企業優先の論理ではない、それはむしろ働く側にあった。第二次世界大戦が終了し、国民が見たものは無惨な国土荒廃だった。
やがて米国の支配下で勃発した朝鮮戦争は、戦後経済復興の起爆剤になったが、劣悪な労働環境は復興という旗印のもと、多くの弱者労働者が犠牲になったのは歴史的事実だ。




