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意識の変化

 綜合警備(ALSOK)の警備員となって、名古屋の住友ビル名鉄セブン警備隊に勤務していた時、何時も見掛ける光景はマイクロバスに乗り込む一団だった。


 夜中1時の外周巡回はホームレスや浮浪者の敷地内排除、加えて朝6時は、デパート開店前の最終外周巡回。


 流石にその時間となると浮浪者達はいないが、それに代わりマイクロバスの乗降口で道行く人に声を掛ける男達がいる。


 口々に日当の金額を叫ぶ、誘われるかのように男達がバスに吸い込まれる。そう、手配師だ。


 このような中間搾取行為は労働基準法で禁じられているが、建築や道路作業でその日の工事に間に合わせる為に必要な労働力、法律を遵守していてはそれに携わっている企業そのものが倒産する。


 頼む方も頼まれる方もいわくつきだが、行政も見て見ぬ振り、一度たりともその取締り光景を見たことはない。

 

 徳川家康は江戸を開拓するため地方の者たちを受け入れた。爾来、常に江戸は他国者が職を求めて流入してきた。その流入者に職を斡旋するのが、口入れ屋だ。


 見も知らぬ土地、誰も頼りに出来ぬ流入者にとってその口入れ屋が身元代わり親代わり、だがそれを良い事に随分あくどい口入れ屋も出現する。時代は流れて、明治、大正、昭和になってもそれに類する斡旋は続いた。


 第二次大戦終了後、日本国憲法の基、労働三法の整備により労働者の生活は向上するかのような幻想を抱かせたが、国土の荒廃は精神の緊張と寛容さを失い最早弱肉強食の世界、自動車メーカーのトヨタ争議、三池炭鉱争議を始め各地の労働争議も、戦後復興が何よりも優先する、と最後は労使協調の美名の儘、弱者労働者が切り捨てられ、それが今日生活保護世帯の増加や高齢化等、この先どうなっていくのか国民が不安を抱く一因となっている。


 32歳で警備員として働いたが、世は空前の人手不足、まだブラック企業という言葉がない時代、警備業はその典型だった。36協定、遵守していたら、1日とて警備業は成立しない。大手の綜合警備も慢性的な人員不足、平均150時間の残業(当時は週48時間)は当たり前、中には300時間も。


 しかし、この異常な残業時間は家庭崩壊の元になり、我が家も妻が悲鳴を上げ、その危機に直面したこともあった。


 1964年東京五輪をきっかけにテレビドラマで取り上げられ、徐々に認知度は高まってきたが、私が入社したときは警備業も十分に法整備されておらず、営業の自由と称して暴力団も一部参入していた。


 警備員による労働争議介入は世間の顰蹙を買うこととなったことから、警備業は単なる届出制から、条件をクリアする認定制となった。


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