健康で文化的な生活と生活保護
憲法第25条を国は努力義務としてこれをおざなりにして来た。だが、憲法に明記された条文を、ある条文は重視し、ある条文は軽く取り扱う、これが果たして最高法規の憲法と云えるのか。
国が予算を理由に、憲法第25条を軽く取り扱うのではあれば、それに関わる者全ての関係者は憲法を遵守していない責任をとって辞職すべきだ。
生活保護世帯は年々増加の一途を辿っている、親父のように生活の困窮に喘いでいても、それを受けるのを恥とばかり我慢している方を含めると、もうこれ以上放置しておけば、社会の秩序、治安にも大きく影響を及ぼすことは必至だ。
私も年金受給者、70歳まで働き通算48年3月厚生年金を収めたが、警備員だったので年間所得が低い。年金は保険料に応じて支給される為懸命に働いても、妻の加給年金を引くと生活保護手当の月14万と比べ若干良い程度だ、これが実態だ。
しかし健康でこれからも働けるので幸せだが、止む無く生活保護を受けている方には様々な事情を抱えている、そのひとつひとつに目を向け解決を図って行くのは国の責任とともに、それに関わる全ての人が真摯に取り組まなくてはならない。
それともっと大切なことは、国民の意識そのものを変えることだ。弱者はお荷物ではない、全ての弱者を受け入れる社会が、人として正常な社会だ。
道路を作り、建物を作るだけが国の政策であってはならない、国防を強力な武器だけで守ろうしてはならない。世界とより良い関係を築いてこその国防であり、弱者を守り素直に受け入れることこそ成熟した民主主義社会と云える。
ホームレスの人が無惨にも、放り捨てられたことに対し何ら抗議しなかった私、上記のようなことを語る資格がない、ことを承知で書くことをお許し下さい。




