自衛隊
交戦権は認めないとしながら、自衛隊は海外に派兵している。戦闘地域から離れ、後方支援として活動していくと政府は説明するが、何処までが戦闘範囲で何処からが非戦闘地域か、誰が決める、そして一度紛争に巻き込まれたら戦うしかない。
その時自衛隊員に多大な犠牲が発生した時、その説明を政府はきちんと自衛隊員やその家族、国民に出来るのか、甚だ疑問だ。
武力では決して国際間の紛争を解決しないことは、先の2度の大戦で世界は学んで来た筈が、各国は相も変わらず戦力の増強に明け暮れている。
日本は亜細亜圏に多大な迷惑を掛けたことを反省し、外交努力を持って世界に貢献することと、あくまで自衛権という目的で戦力を充実させてきた。
自衛権ということで、国民に認知されてきたのに、その戦力を国外で例え自己を守る為仕方なく使用したとしても、国民は納得するだろうか。否、納得したなら、先の大戦で300万人の尊い犠牲と国土が荒廃し途端の苦しみをなめたことが無駄になるではないだろうか。
私が自衛隊員だった時、戦争が勃発したとき隊員は積極的に国に身を投じることが出来るか、地方の小さな駐屯地で試みられたことを述べたが、それは自国が攻められたことを想定してのことであって、積極的に海外で戦うことまで想定しての、隊員に対する踏み絵ではなかった。
政府があくまで憲法に明記したいと言うのなら、幹部を含め自衛隊全員に海外で殉死する覚悟があるかどうか無記名で確認して頂きたい。そして、そのアンケートを余すことなく国民に開示して頂きたい。
もし半数以上にその覚悟があると認められるならば、それを自衛隊員の国を想う心として、真摯にそれを受け入れる。
で、なく、自衛隊に入隊したのは生活の為に選んだ職業で、それに殉ずる気持はさらさらない、となればわざわざ憲法に明記する必要はない。と、このような考え方をするのが合理的ではなかろうか。
何れにしても、憲法明記が拙速であってはならない、また国民投票を急いではならない。国民の中で充分議論を尽くしてからでも遅くはない。重大な事柄こそ腰を落ち着けて議論するスタイルを、この機会を通して国民一人ひとりが身に付けるべきだ。
自衛隊の将来及び日本国として世界秩序にどのような形で貢献していくべきか大いに議論していこうではありませんか。
それが、熟成した民主主義国家と言えるし、そのような国家でなければ世界に貢献することは出来ないと筆者は考えます。




