第1話「佐藤くんは悟られる」
やあ、おはよう。
「おはよー!」
教室に入ってきたクラスメイトの森咲さんが返事をくれる。
肩の上で整えられたボブを茶色に染めた、愛嬌のある女子だ。
思春期特有の「グループ」の垣根を飛び越えて誰とでも談笑でき、誰にでもボディータッチを仕掛けては男子の誤解を量産する、ある意味では人の――少年心を解さないモンスターといった側面も持つ。
とはいえ、今のは君に向けた挨拶じゃないのだけれど。
ごめんごめん、君と話がしたいんだ。
突然だけど、君は「超能力」って信じてる?
サイコキネシスだとかテレパシーだとかパイロキネシスだとか――
普通の脳活動からは生まれるはずのない超常現象。
僕は「超能力」は存在すると声を大にして主張したい。
「信じるも何も、テレビとかでめっちゃやってんじゃん?」
先ほどとは別のクラスメイト、僕の座席の列の一番前に座っている神田くんが明るく返した。
短く刈り上げられた黒頭は、彼が運動部――確か野球部だっただろうか――に所属していることを物語っている。
少しお調子者なところはあるが、男子同士なら誰とでも打ち解けられる、これまたコミュニケーションに長けた生徒だ。
女子を前にすると露骨に口数が減るのが玉に瑕。推して図るべし。
ともあれ、今のは君に向けた質問じゃないんだ。
でも拾ってくれてありがとうな。
ニカッと白い歯で返す神田くん。スポーツマンらしい爽やかさが眩しい。
ええと、僕が言いたいのは、もっと身近に――やらせとか演出とかヌキに、実態を伴って存在するかどうか、ということだ。
例えば、触ってもいない戸棚が勝手に開いたりとか。
もしくは、自分の思考が他者に読み取られるとか。
あるいは、ゴミ箱からひとりでに炎が上がったりとか。
テレビというフィクション化の媒体を介さず、現実として接したことがあるかな?
「実際に起こったら大騒ぎになるって! あるわけないじゃん、そんなこと」
僕の右隣の席から梶くんが返してくる。
目のすぐ横まで伸びた前髪、ぼさぼさの眉毛と垢抜けない印象の彼は、日頃から口数こそ少ないが――自分が興味を持った話題には肉食魚のように食いつき、流れるように持論を喋っては潜るように黙る、というのが茶飯事だ。
数こそ少ないが、彼が口を開くということは少なからず興味を持っている事象であると判断が可能だ。
しかし、君に向けた話題でもないんだ。
今度またじっくりお話しような。
さて、梶くんの言葉を借りるとするならば、そんなことはあるわけない、との言だったけど。
僕は一度も口を開いていないのに、皆が返事できるのはなんでかな?
まるで全員に僕のモノローグが筒抜けになっているようなのだけれど、誰か説明してくれるかな?
僕が誰に言うともなく――あるいは誰という誰に対しても問いかけた瞬間、喧騒に包まれていた教室が一瞬にして静寂に包まれた。
――いやいや、全員一斉に黙っちゃ流石にダメだろう。揃いも揃ってポンコツすぎやしないか?
露骨に目を逸らす者、教室から出て行く者、急に携帯を弄りだす者――繰り広げられた挙動不審の展覧会に思わず吐息がこぼれる。本当にそれで僕が何も気取っていないとでも思っているなら、臍で茶が沸くどころか、臍から茶が湧くぞ。
「ブフッ…」
僕が心に映し出した「半裸でばっちりポーズを決めた僕の臍からマーライオンのごとくほうじ茶が湧き流れ出る」ビジョンを受け取ったらしい梶くんが小さく噴き出したと同時、僕と目が合うとばつが悪そうに顔を伏せて狸寝入りの体勢に入った。
更なる衝撃映像で追撃を加えようかと思ったけれど、今の標的は君じゃないから見逃してやることにする。
「で、どう思う?」
埒があかない。僕は小さく嘆息すると今度は声に出して問いかけた。
君たちは明らかに僕の声が聞こえているのに、どうしてわざわざ声での手続きを踏もうとするのか、良ければそのあたりも詳しくお聞かせ願いたい。
「わぁ、佐藤くんってば自分がテレパシーでも使えるみたいに急に質問してきた! びっくりしちゃうなーもう」
芝居がかった動作で驚いて見せたのは僕の左隣に座る日吉さんだ。
長い髪を後ろで二つに分けて括っており、黒縁の大きな眼鏡を掛けている。
僕が朝から開口一番――実際には口は開いていないのだが――問いかけ続けていたのは彼女に対してだった。
いかにも委員長然とした、真面目そうな見た目とは裏腹に、学力は非常に低く授業中も大半を眠って過ごしている。
即ち、尋問を仕掛けるには都合のいい相手だと踏んだのだが――他のクラスメイト同様、露骨に白を切ってくれる。
僕としては黒も切ってスッキリしたいところなのだけれど。
「あっ、そういえば佐藤くんは昨日テレビ見た? 超能力の奴」
話を濁したいのか掘り下げたいのか微妙な話題を投げかけてくる日吉さん。
一蹴することは容易いが、彼女に複雑な駆け引きができるとは思えない。
手っ取り早くボロを出してくれる可能性があるので、ひとまず話題に乗ってみる。
「超能力? そんな特番あったっけ?」
「もー、ニュースだよ! 皆超能力が使えるようになる研究が進んでるって話!」
へえ、それは凄いね。
「でしょ!?」
今の、声に出してないんだけど。
僕が脳内で突っ込みを入れた瞬間、ギギギ、と首と顔筋を硬直させて急停止する日吉さん。
ボロを出すとかそういう次元じゃない。特大の溜息が流れ出そうになるのをどうにか飲み込む。
望む情報を引き出そうと手を尽くしている僕の方こそが馬鹿を見ているのかもしれない。二重の意味で。
「…いかにも胡散臭いね」
「えー…でもナントカ研究所の綺麗な白衣のお姉さんがすっごい大々的に記者会見してたよ?」
「同じように発表して大失敗したナントカ細胞の研究員とか居た気がするんだけど?」
全くもって眉唾物だ。皆が超能力を使える、だなんてまるで超能力が技術として認知されていて当たり前みたいな言い種じゃないか。
「夢がないなー、佐藤くんは」
むしろこの現状が夢であって欲しいよ。
小さく息を吐いて時計の針を確認したと同時、始業のチャイムが鳴った。
結局今日も誰一人、この僕がサトラレであると声に出して認めることはなかった。
これだけの状況証拠があるのだからいい加減誰か一人くらい認めたって良いと思うのだが、一向に誰一人として明言する気配はない。
まるで誰かに緘口令でも敷かれているかのように。
まるで誰かから何かを守ろうとしているかのように。
と言っても、僕自身は概ね事態を把握している上に、教室の空気という空気が僕の推察を肯定している。
彼らクラスメイトに「君はサトラレだよ!」と言ってもらえたところで「よくぞその真実にたどり着いた! 君のサトラレ体質を治してあげよう!!」と神が降臨してくるわけでもなく、今日のやり取りだって何故か僕のサトラレ体質を隠し通せているつもりでいるクラスメイト達とのコミュニケーションのようなものだ。
だから、彼らにアプローチするのは無意味――という訳でもなく、彼らから引き出したいのはそのリアクションそのもの、そしてその意図と言っても良い。
そして、こちらの成果は概ね良好だ。
心の声が筒抜けというのは勿論居心地が良いとはとても言い難いが、どうやら心象の全てが伝達されるというわけではないらしく、明確に思い浮かべた文章や風景でもなければ読み取られることはないようだ。
現状生活に不自由を感じるほどの問題も起きておらず、即ちスピード解決を望むつもりもない。
この体質と一生付き合っていくつもりはないが、幸い卒業までに時間はある。
退屈な学生生活のほんの彩りだと思ってゆっくりと解決策を探せばいい。
こうなった原因があるのであれば、必ず解法は存在するはずなのだ。
何度目かの溜息を吐き出した僕は、いつも通りの退屈な教師の講釈を聞き流しながら――クラスメイトたちに対する小さな仕返しとして、無数の駄洒落を思い浮かべ続けた。
誰か僕にタイトルセンスをください。
Twitter:@Kn0xk42
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