ギザキの戦い 〜5〜
光と闇の狭間で戦うギザキと姫の物語
5.霊泉
ノィエに案内され、岩の中に造られた螺旋階段を下に降り外に出た。出た所は……岩棚。天に突き刺すかのように聳え立つ岩城から真横に……空中に飛び出た岩の上だった。眼下に広がる深く美しい森。大木の樹頂は未だ下に見える。仰ぎ見ると遥か上に城がシルエットとなって青い空に浮かんでいる。
(んん? そんなに降りたかな?)
自分が降りた高さと仰ぎ見る高さにはかなりの違和感がある。
(錯覚? いや、何かの術か?)
此処までの道で記憶にあるのは螺旋階段に貼られていた様々な呪符。
(ひょっとするとアレか? だとすると……)
空間操作の呪符。今まで聞いたことはあっても見た事はない。つまり城に居る呪符師はかなりの腕前だという事になる。
「凄い腕前だな……」
「え? 何の事?」
ノィエは何やら嬉しそうな表情で聞き返した。
「いや、こっちの事。で、霊泉って? 何処だ?」
辺りを見渡しても泉らしいものはない。岩の窪みがあるだけだ。
「ちょい待ち……え〜と。お風呂だから……コレだな」
ノィエは袂から幾つかの呪符を出し、いろいろ選んでから二つの呪符を岩の窪みに投げ入れた。
途端に岩の亀裂から湧き出す清水。湯気が伴っているのはかなりの温度だということ。風呂を望んでいたギザキにとっては都合がいい。
「……どういう仕組みだ?」
「何が?」
下からノィエが笑顔で覗き込む。
ギザキは呪符一つで泉……しかも温泉が湧き出した事に納得できなかった。
(いくら腕利きの呪符師といえど無から有を産み出す事なぞ……出来るのか?)
城の何処かに居るのであろう呪符師、少女が持つ呪符を書き記した者の技量に感嘆する。
「ま、いいさ。じゃ遠慮なく……」
少女の眼を気にもせずに無造作に服を脱ぎ始めるギザキ。
「きゃ! 言ったでしょ! 淑女の目の前で……きゃあぁぁぁぁ!」
素っ裸になったギザキにノィエは両手で目を隠して立ち去っていく。
「あぁ。ごめんな。お嬢ちゃん」
「ばかぁ!」
遠くから投げ込む少女の小石がギザキの頭にあたって泉に落ちた。
「いてぇ。いい腕だな……」
「ふぅ……」
霊泉に浸かり四肢を伸ばしていると身体中の傷……戦場で受けた古傷が癒えていくようだ。そういう雰囲気を泉よりも城と深き森が持っていた。
およそ戦いには不似合いな場所。そして自分がその場で寛いで居る事が不可思議だった。
(だが……戦場が……戦が待っているんだな。ここにも……)
それが傭兵である自分がここに呼ばれた理由。だが、昨夜に想えた事は……
(ああ……そうか。闘技だったな。それにしても……)
もう一度、神が宿っているかのような風景を見る。
(戦にも闘技にも似つかわしくない所だな。それに……)
耳を澄ます。聞えるのは木々の葉の音。風の音。小さく囀る小鳥の声。
(……人がいない? 闘技ならば観客が居る筈だが?)
感じるのは、樹と岩と風と……不意に背後に感じる人の気配。
(! いや……この気配は)
「何か用か? お嬢ちゃん」
「へぇ? 振り向かなくても判るんだ? タオル持って来たよ」
背後に篭の置く乾いた音。
「それとね……えぃっ!」
突如、振り下ろされる剣。だが……
「……剣士の才能は無いな」
振り向かずに片手で剣を受け止める。剣とは……紙を丸めた只の棒だった。
「へぇ。剣かどうかも見なくて判るんだ?」
「戦場暮らしが長いとな。気配でどんな剣か判別できないと命に拘わる。俺の戦闘手段は……コレだからな」
拳を握って少女に示す。
「拳? どういう事?」
「殴り倒すのさ。この拳でね」
拳を湯の中に沈めてから、胸の前で合せる。鈍く響く音と水面に広がる波紋がギザキの拳力の鋭さと重さを物語った。
「変なの。どうして剣を持たないの? その方が楽でしょうに…… 持てないの?」
剣と魔法のこの世界。剣が持てぬ者たちも居る。替りに何らかの力を得ている者たち。
例を挙げるのならば……白魔導師達だろう。だが、傭兵で白魔導師とは……有り得ぬ事。
「持てないんじゃない。持たないんだ。持つのを……辞めたからな」
静かに話す声には過去の傷が隠れていた。が、尋ねる無垢な少女には判らない。
「辞めた? どうして?」
暫く間を置いてからギザキは応えた。
「……その内、判るさ。お嬢ちゃんにもな。年頃になれば……恋をする頃になれば、な」
気配は少女が無言で立ち去った事を示していた。が……不意に篭がギザキの後頭部に思いっきり叩きつけられた。
「何よっ! 子供扱いしてッ! それにねっ! 『お嬢ちゃん』じゃなくて私の名前はノィエよッ!」
走り去るノィエの足音を篭とタオル越しに聞いたギザキは少女の投擲の腕に感心していた。
「本当にいい腕だな。呪符師よりも投槍使いの方が似合ってるかもな……」
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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