ギザキの戦い 〜4〜
光と闇の狭間で戦うギザキと3人の姫の物語
4.城の姫
「では、御緩りと……」
案内された部屋に入ると荷物を床に放り出し、ベッドにどさりと身を投げる。
部屋は城の中庭に面している角部屋。二つの窓からは同じく中庭に面した部屋の窓が見えるが……全ての部屋に灯りがついていないのは既に就寝している所為だろうか。
見渡せば壁も床も天井さえも同じ紋様で飾られた一枚岩。峠から見た時に感じた「岩を刳り貫いたような城」は強ち間違ってはいないようだ。ベッドの脇に置かれたテーブルの上に幾つかの果物。夕食の代わりだろう。
(……宿のベッドより上等だな)
飾りの無い布地ではあったが、手入れの良さを感じさせる乾いた香りが、心地よかった。
微睡みの中で今までの事が脳裏に微かに浮かぶ。
(ふ……捨てた。全ては捨てた事だ)
燃える城。血に染まる視界。美しい女性。背に走る鈍い痛み。
「や……めろ。何……故……だ。どう……して裏切る! ……はっ」
べっとりと嫌な汗を額……いや全身に浮かべて飛び起きる。いつの間にか微睡みがギザキを夢へと誘っていた。
(捨てた過去だ……今さら縛られてどうする?)
自問して服を脱ぎ汗を拭う。窓から忍び込む夜の冷気が心地よい。
(ん?)
冷気と共に部屋に、いや城中に染み込むような……
(声? 誰かが歌っている? こんな夜中に?)
錆びついた鉄枠の窓を大きく開けると……庭を挟んで向うの尖塔、鐘楼と思われる尖塔に人影が見える。
(誰だ?)
雲が月明かりを隠すのを止め、姿をギザキの眼に映し出した。
(! 何故ここに!)
驚きは風と共に消えていく。残るのは……
(いや……違う。アイツは死んだ。殺したんだ……この手で)
心に残る鈍い痛み。決して消える事の無い痛み……
しかし、今、目の前……彼方の鐘楼から響く美しい歌声は僅かながら心の傷を癒していくようで、ギザキはいつまでも聞き入っていた。
「起きろッ! 朝だよっ! 起きて朝ご飯だよっ!」
次の朝、いつの間にか眠り込んでいたギザキを文字どおりに叩き起したのは……昨夜、庭で見た少女だった。
「痛っ! なんだ? おい? ぶふうわっ。判った。起きた。起きました!」
羽根枕で叩き起こされたギザキは上半身裸だった。昨夜、寝つけずに脱いだまま床に就いたのである。
「きゃっあ! 淑女の目の前でなんて格好っ! ちゃっんとっ服を着てっ!」
枕でもう一殴りすると少女は部屋の扉の影に隠れてしまった。
(御前の目の前でこういう格好をしたんじゃなくて、御前がこういう格好のときに来たんだろうがっ!)
喉まで出掛かる悪言を飲み込み、ギザキは尋ねた。
「食事の前に汗を流したいんだが……お嬢ちゃん、ここに風呂はあるのか?」
少女は隠れたままギザキに応えた。
「風呂……は無いけど、霊泉なら下にあるわ」
「そうか。悪いけど案内してくれないか? お嬢ちゃん」
ギザキは荷物の中から着替えを取り出しながら頼んだ。
「『お嬢ちゃん』じゃないわ! 私の名前はノィエ。ノィエ・ノート・ワネル。特別にノィエって呼んでいいわよ」
「はいはい。……それは有難い事です。お嬢様」
少女は声で「違う!」と応える代わりに枕を思いっきり投げつけた。
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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