ギザキの戦い 〜27〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
27.聖宝を持つ者
ギザキが振り返った時、剣……柄だけの剣は遥か上、見上げる位置にあった。が、ノィエの力ではギザキの場所……広場の端、橋の破口までも届かない。空中で勢いを失い、遥か下、割れ裂けた樹々の中……廃墟と変って行く森の中へと落下し始めた。
自分の眼前に魔獣。魔獣は狂った濁った眼光で彼方を見ている。未だ融合の術が暴走し狂った頭脳で、自身が何者であるのかを思い出そうとしているかのように……
不意に仇敵の声が魔獣から響いた。
「……剣だとぉ? 今更……無意味だ……ぐぇ……」
一瞬、両の首が仇敵の顔と変わり……他の見たこともない顔へと変わり……狼の顔へと戻った。仇敵の気配が消え、魔獣は在らぬ彼方に視線を投げてから濁った瞳で声を上げたノィエを不思議そうに見ている。ノィエが投げた柄も視界には捉えているのだろう。小首を傾げながら、その動きを追い、歩みを止めている。だが……
もし、それが武器だと気づいたら……或いは仇敵の意志が再び魔獣を支配したら……即座に一飛でギザキの喉元を噛み砕ける位置にいた。
「くっ!」
ギザキはいっその事、飛び降りようかとも思ったが、剣を掴み取った後にしがみつけそうな場所が見当たらない。魔獣から逃れてもそれは一時だけの事だろう。狼に似た姿態を持つ魔獣。狂った今となっても急峻な山肌を駆降りることは容易いだろう。思い倦ねている間にも剣は下へと速度を増して落ちて行く。
「ギザキぃ! 帰順の術! 帰順の術を唱えて! 早く!」
(何ぃ? どういう事だ? 俺にその資格が……? っ!)
叫ぶノィエに意味を尋ねようと見やったギザキの眼に映るノィエの手。声をこちらに届けようと口の側に当てる手は……焼け爛れている。
(剣を掴んだのか! 素手で! 白魔導師なのに!)
ギザキはこの時、ノィエが呪符越しに掴んだとは思えなかった。
剣が持つ法力が呪符の力なぞ物ともせずにノィエの手を焼け爛れさせたとは。
剣の力を未だ知らなかった故に。
ギザキは……ノィエの言葉を信じた。
其処までして届けたノィエの言葉を疑う事はギザキにはでき得ぬ事。即座に言われるままに呪文を唱える。
「……リタント」
あまり使い慣れぬ術とは言え、呪文は知っている。
(……間違っては、いない筈だ!)
自らの言葉を、術の効力を疑う。
魔獣は何かを察したかのようにゆっくりとギザキへと向かう。
声を発したギザキを生者と判断し、その頭を一咬みに噛み砕こうと。
そして双頭の一つ。片方の頭の半分が仇敵へと変わり、ギザキを睨みつけた。
「ぎ……ザ……まを喰らって……やる。グ……ギ……」
在らぬ声を上げながらも仇敵の意志と魔獣の行動が一致した。
それでも……狂い、混沌とした神経……身体は統一した動きではない。
しかし……確実にギザキに狙いを定めて歩を進めていく。
柄は……柄だけになった聖宝の剣は空中でその向きを変えギザキへと向かい始めた。
しかし……力が足りぬのか、術が未熟なのか、柄は落下の動きを止めただけ。
ギザキの指先からの見得ぬ糸に繋がれたかのように向きを変えて垂直な岩壁にぶつかり、動きを止めた。
まるで……岩に穿たれた楔かのように岩壁で静止した。
(くっ! 来いっ!)
もう一度、呪文を唱え、術を掛け直す。
柄は……ゆっくりと動き、からんと音を立てて上に転がり出した。
(疾くっ!)
ノィエが焼けた手を合わせて祈る。
(疾く……来いっ!)
ギザキがその手を伸ばし祈る。
柄は勢いを増し、回転しながら上昇する。
天へと向かう銀の車輪のように。
乾いた音を放ちながら、ギザキの手を目指して。
鐘楼からの歌声が一際大きく響き渡る。
ギザキとノィエの祈りに呼応するかのように。
柄が転がる乾いた音に魔獣は一瞬、動きを止めた。
が、狂った眼光から濁りが消えて行く。獣の本能が……ギザキを敵とはっきりと認識した。
その瞬間、首の一つが仇敵の顔へと完全に変わり、さらには仇敵の意志が魔獣を支配し……即座に飛び掛かった。
「遅いわっ! 噛み砕いてやるっ!」
そして……
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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