ギザキの戦い 〜26〜 3
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
ぎィガいぃん!
少女に襲いかかる石像の剣を受け止めたのは老執事の長剣。だが、石像の一撃は凄まじく老執事の膝が崩れ折れる。千斤斧を軽々と受け止めた老執事の技量でも石像の剣圧は受け止めるのが精一杯だった。そして既に……老執事の長剣はひび割れ、折れていた。
「お嬢様! 私が相手をしている間に早く!」
老執事は襲い来る石像……聖宝の護持のために置かれた石像と戦い始めた。だが、老執事が如何なる強者と言えど、巨大な石像相手には敵わない。それでも石像の注意を奪い、ノィエには向かわせぬという気迫が老人の剣に鋭さを与えていた。命を削るかのような鋭き剣筋。今……老執事は少女の護り役としての務めを命をかけて果たそうとしていた。
そしてノィエは……今、白魔導師として避ける事の出来ぬ災厄に臨んでいた。
勇者の石像から聖宝……光の鎖剣を取ろうと、呪符を自分の手に幾重にも張りつけていく。それは……白魔導師が持てぬと言う剣……その柄に手をかけようとするが為の呪符。しかし……これから掴もうとするのは只の剣では無い。
聖宝……光の鎖剣。
古より伝わる総ての闇を、魔を撃ち倒すと言われた聖なる剣。
呪符なぞ何の効力も発しないのでは無いか? 剣が持つ呪力、法力がノィエの呪符の効力を撥ね返すのでは無いか? 不安がノィエの決心を怯ませる。もし……呪符が効力を発しなかったら……ノィエの手は焼け爛れ、ギザキに剣を運ぶことは適わない。
だが、臆する暇は無い。
「剣よ。光の鎖剣よ。我は御前を護持する者。其方を護る為、今、この場から移す。我を信じ、その身を……我に預けよ。我の命と共に御前を護ろう……」
古文書に在った言葉、伝神言を想い出し、ゆっくりと唱える。しかし……その言葉だけで正しいのかも今は想い出せない。だが……他に浮かぶ言葉は無い。
「……我に従えっ!」
(助けて! ギザキっ!)
心の中でギザキに助けを求めて、ノィエは柄に手を伸ばした。
掴んだ瞬間!
錆ついた鉄が光と共に砕け散る。光となった剣の欠片が飛び交い、床の七亡星に耀きを与え、床一面、総ての壁に描かれた呪紋に光を移し力を与えていく。
呪紋に籠められていた力とは……七亡星に籠められた呪力とは……岩城の崩壊だった。岩城の震動が一際大きくなり、部屋を、城を崩し壊していく。
(……間違えた? 聖宝の剣が……壊れた?)
言葉が足りなかったのか、資格が無かったのか? 今となっては問う事はできない。剣は……刀身は砕け、四散した。柄だけがノィエの手の中に残っている。
「あっ! 熱いっ!」
手の中の柄を見る。
(砕けたときの熱? ……違うっ! これは……この熱はっ!)
柄が熱いのではない。柄を持つ手が熱い。火傷しそうなぐらいに。
(この柄は……いえ。柄が……この柄こそが聖宝。光の鎖剣……光の聖剣っ!)
姿形がどうなろうと呪符で抑えきれぬ熱さが、呪符の効力を越える法力をノィエに伝え、確信させた。
聖宝の剣が手の中にある。
持つことが適うかどうか解らなかった聖宝の剣を持つことが出来ている。間違いなく。
掴んでいる。それだけで十分。
「取った! 爺っ! 戻るわよっ!」
振り返ったノィエの眼に映った老執事の姿は……石像が振るう石剣に打ちのめされ、床に叩きつけられた老執事の姿だった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ! 爺っ! 爺っ! 大丈夫っ?」
ノィエの呼びかけに老執事はゆっくりと上体を起し、手を振り先を促した。
「さぁ……お嬢様。その剣を……ギザキ殿に」
立ち上がり、今一度、襲いかかろうとする石像の剣を折れた剣で受け止める。短く……数寸だけ残る刀身で受け流そうとする。が……石像の剣の剣圧が残る刀身をも砕け折った。それでも……老執事は石像にしがみついた。少しでもノィエの助けになろうと身を捨てて石像と戦い続けている。やがて石像は……護るべき聖宝が奪われた事により法力が解けたのだろう。幾つかの岩塊に解け、床に落ちて砕け散った。
「爺っ! 大丈夫? ねぇっ! 爺ッ!」
砕けた岩塊の横に倒れ落ちた老執事を起そうとする。しかし、老執事はその手を握りノィエに告げた。
「……よい。もう、よいのです。さぁ……その剣を……ギザキ殿に。私は少しだけ休んでから後を……ついて行きますから……さぁ」
その手は冷たく……握る力も弱くなって行く。
「……さぁ。総てを無為に帰しては為りませぬ。未来へ……光へと御進み下さい」
「判った! 爺っ! 待っててね。すぐ戻ってくるから……」
ノィエは涙を拭き、後ろを振り返る事なく駆け出して行った。ギザキに剣を届けるべく暗い城の回廊を出口の光に向かって駆けていった。光の中へと。
その姿を見送りながら、老執事はゆっくりと起上がった。残る力を振り絞って。
「さぁ……ここで寝てる訳には……私には……もう一つ……やるべき事が……此処で……このまま崩れ去る訳には……」
老執事は這いずりながら出口に向かって行く。残された……今この時に、この身に残された唯一つの事を成し遂げる為に……柄だけとなった自らの剣を口に咥え、持ち続けて……
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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