ギザキの戦い 〜2〜 2
光と闇の狭間で戦うギザキと3人の姫の物語
最後に自分を諌めた男。奥の席で一人静かにしていた男の前にどかりと座るとその盃に強そうな酒を注ぎながら静かに言葉を吐いた。
「さっきはありがとよ。おかげで給仕役になっちまったぜ」
男はちらりと酒を注ぐ男を見たが目を閉じて応えた。
「ありがとよ」
そっけない男の態度に、それまでの出来事で昂っている感情が爆発寸前になりながらも辛うじて自制した男は相手の形にふと違和感を憶えた。
中肉中背。均等が取れている姿態のようだが腕と脚が異様に太い。特に腕の太さは自分と同じ……いや、それ以上かもしれない。身につけているのは錆銀の色で統一された鉢巻と楯と胴巻き。装備は傭兵としては普通だが、楯の数が多い。見慣れぬ紋様の楯を両腕、両肩に付けている。異形な輩が多い傭兵と言えど両肩、両腕に装備しているのは珍しい。肩に楯をつけるのは戦い慣れしていない貴族達の態。貴族を気取った輩が真似する事も有り得るが、利き腕には楯は付けない。武器を振るう時に邪魔になるからだ。
そして、その武器は……
「ん? 御前、業物がねェじゃねぇか? 何を使うんだ?」
確かに男の両腕、両肩につけられた楯はかなりの業物。だが……剣、もしくは槍や斧という武器が見当たらない。
男は「またか……」と思いながらも聞かれるままに応えた。
「俺はコレだ」
突き出したのは拳。呪文が描かれた布で捲いてはいるが、ただの拳だった。
「ぷっ。いや、……ぷぷぷ。悪い……笑うつもりはないんだが、そんなモノで戦えるのか? おい? ぷっ。ぎゃははははははは。おい。皆! コイツは得物無しで戦うんだってよ? ぎゃっはっはっはははははは」
昂ぶらせていた感情が嘲笑となって男の口から噴き出していた。
「なに?」
「なんだって?」
厳つい男の声を聞いて傭兵達が静かな男を取巻き口々に囃し立てた。
「おい。そんなんじゃ首一つ上げられないぜ」
「結構な楯を持っているじゃねェか。 そうか! 御前、それで戦場で逃げ回っていたんだろう?」
「いやいや、隠れんぼでもしているんじゃねぇか? なぁ? おい!」
喧騒の中で男は言われるままに言葉を流して座っていた。
その態度に厳つい男が感情を爆発させた。
「おいっ! すかしてんじゃねぇよ! 何とか言いやがれ!」
胸倉をつかみ無理矢理男を立たせると、腰から巨大な斧を取り、男の前に翳した。
「この斧の錆にしてやるから表に出……ぶっ……」
巨大な斧ごと厳つい男は壁まで吹飛んだ。
静かにしていた男が斧越しに厳つい男の顔を殴り飛ばしたのである。
「野郎っ!」
傭兵達が手に手に得物を振り翳して静かな男を取巻いた。
緊迫した雰囲気を破ったのは亭主の静かな声だった。
「お客さんだぞ。静かにせんか」
「客? 依頼人か?」
男達が入口を振り返るとそこに居たのは……白髪の老人。城の執事のような身形だがどこやら埃っぽい。ここノ・チト国の城の者ではなさそうだ。だが……右手に持つ英紗のついた長剣……長剣というには短い部類に入る程の長さしかない……を持っているのが異様では在った。
「おい。爺さん。どこの城の使いだ?」
いかな小国とはいえ王家以外にも貴族や眷族達の城も幾つかある。それらの城ならば傭兵を雇う事もあるだろう。しかし老執事の身形では……
(とても金があるとは思えんな……)
傭兵達は老人を訝しげに睨んだ。が、老人は傭兵達を見ずに亭主に尋ねた。
「どなたかな? 三つ月の紋章をお持ちの方は?」
「三つ月ぃ?」
それは滅びたムーマ文明の聖紋。幾多の王家で自らの紋章に組み込まれている紋章だった。
「誰だ? そりゃ?」
「そんな奴がいるのか?」
「はっ。そんな高貴な御方がこの中に居る訳がねぇ。こんなクズ共の中になぁ。ぎゃははははは」
自嘲する傭兵達。それを静めたのは厳つい男の罵声だった。
「居るぞ! 其処に! 其処の若造が三つ月の紋様の楯を持ってやがる!」
床から立ち上り、数度、首の座りを確かめながら自分の得物……重厚な斧をひょいと拾い上げると他の傭兵を押し退けて、静かな男に近づいて行く。
「元貴族様を気取った男ならここに居るぜ? 爺さん」
「ぎゃはははは。何処の国の貴族様だ? こんなに落魄れなさって、さぞ、御苦労なさっておられるのでしょうな。ぎゃははははは」
「そいつが貴族なら、俺は王様だ! ぐぅはははは」
「おい? 何で御前が王様なんだよ?」
「なぁに。首を数千万も上げりゃ、俺が王様よ。誰も居なくなるからなぁ。ぎゃはっはははははははは」
喚き立てる傭兵達の嘲笑に耳を貸さずに亭主は静かに応えた。
「確かにそこにいる黒い奴だ。だが……剣士では無いぞ」
「剣士では無い? ふぅむ? まぁ、よいさ」
読んで下さりありがとうございます。
アコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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