ギザキの戦い 〜24〜
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
24.最後の相手
「……そろそろ昼ですが、宜しいですかな?」
老執事はギザキの様子を訝しげに見ながら尋ねた。昨日から……昨日のあの戦闘から何も疲れる事はしていないだろうに一睡もしていないかのような疲労感がギザキから漂ってくる。ただ疲労感の中に一筋、触れ難いような威圧が隠されているのも感じられる。
「……気にするな。昂ぶっているだけだ」
「そうですか? それでしたら、別に構いませぬが……」
後ろを振り返りノィエを見やる。何故かノィエもあまり寝ていない様子。朝からずっと生欠伸を噛み締めている。不思議な事に寝不足ながらも気は張っているようで眼は凛と耀いている。
(……ふぅむ?)
天を仰ぎ、鐘楼を見やった。
(ま、似た者同士なのかも知れませんな)
時となり、鐘楼から歌声が響き始める。歌は風に乗り、隧道の呪紋様を煌めかせ、その岩に刻まれた法力を発し始める。法力の耀きが隧道の中へと広がって行き、別の空間へとその先を繋げて行く。
「今度のお相手は何方でしょうな?」
老執事の疑問は……この後の出来事を暗示していた。
「さぁな。先方の城の兵士では無かろう? 昨日の相手の言葉が真実ならば……公国の兵士では有り得ない……」
ギザキは自分の言葉の意味を隧道から出てくる相手を見て理解した。
瞬時に……
虹色に耀く隧道から姿を顕したのは……漆黒の鎧の兵士達。闇の如く、魔の如く、恐れと絶望を溶かし込んだ様な漆黒の闇の鎧の兵士達。
ギザキが忘れ得ぬ憎悪の権化。
今まで戦い続けた雑兵では無い。軍事国家オーヴェマの紛う事なき精鋭たる魔兵団達。「何故?」という疑問よりも今、自分の奥底から沸立つ感情に支配されて行く自分がいた。
自らの全身の毛が逆立つのを憶える。血が逆流するのを感じる。逆流した血が、感情が、記憶が、覚悟が、ギザキの総てが爆発しそうに煮えたぎった。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
城門楼を飛び出て、庭に駆けおり、重く軋む城門を感情のままに押し開ける。
「オーヴェマ! 覚悟ぉおぉぉぉぉ!」
叫び、駆ける。駆けていく。敵を……長年、恨み続けた敵を目指して。
だが……
敵の鈍く黒く光る刃が地に突き刺さり、その刀身に籠められた法力が発動した。籠められていたのは地龍の術。大地を轟かし、石橋を、森を、岩城の総てを軋ませ揺るがせる。振動はギザキの足元を掬い、石橋の袂に転がせた。
瞬時に鐘楼の歌声は変調し、隧道を他の空間と繋ぐのを止め、光の綱と楯となり、城を結界で包み込む。それは対魔法結界。総ての法術を弾く結界。
しかし……
結界の外。しかも予め剣に籠められ唱呪文を用いない法術の発動には無意味だった。それでも揺らぎが、振動が幾分か納まったのは唱歌の法力故だろう。だが、振動は……城を、石橋を少しずつ崩し、壊して行く。
絶え間ない地響き中、橋の欄干に手を伸ばし身を預けて立ち上るギザキは……黒き魔兵団の中に信じられぬ者を見た。
「……外交大臣?」
既に網膜に焼きついたかのように見忘れぬ姿。憎悪の象徴。仇の姿。最初……その姿を目の当りにした時、ギザキは幻覚かとも思った。
だが……幻影では無い。
顔の半分近くを覆っている面兜で顔の全ては見えない。面兜が隠し切れない火傷の痕はあの時の物だろうか? しかも、黒き鎧で身を飾り、兵士達を指揮する剣士は識者として武から離れていた外交大臣とは余りにもかけ離れた姿。あの時の面影は無い。
しかし……間違いなく、国を、城を、友を、王を、そして姫を……総てをギザキから奪った張本人。人生の全てを掛けて倒す事を望んだ相手。
「大臣! 外交大臣! その姿! 見忘れはせぬぞ!」
ギザキの叫びが、全身の総てが上げたかのような凄まじき……低い叫びが相手の耳に届いた。辺り一面、山が、城が、木々が、揺れ動き、断末魔の如き唸りと軋みの中で、叫びが裏切り者の耳に届いたのは、奇蹟ともいえるだろう。
「ん? ……ほぅ」
聞えはしないが相手の表情で判る。感情一つ動かさず、まるでギザキが此処にいる事を知っているかのような相手の反応。その反応もギザキの感情に火を注ぐ結果となった。
「うぅおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
即座に駆け出し、敵を目指す。燃え上がる感情が、怨みが、憎しみが感覚を研ぎ澄ましていく。石橋の振動も、軋みも、震える風の所在も判る。鋭き刃物のような感覚となったギザキに振動する橋は何の障害にもならない。ギザキは……自分の身体の動きが遅く感じられ、震動に合せて蹴り出す足の動きを、泥沼を歩くかのように感じていた。
(疾く、疾く、疾く、疾く動け! 彼処に、あの兵士の向うに奴がいる。奴がいるんだ! 彼奴を、奴等を倒さねば! 今まで生き永らえた意味が、意義が、意志が、遺志がっ……! 疾く、疾く、疾くっ!)
だが……ギザキの願いは途中で……無為に帰した。
魔兵団の魔剣が放出する呪力に、呪力が齎す震動に石橋が耐え切れず、崩落したのである。ギザキの足元で……
橋は……只の石塊へと形を変えて、落下して行く。
ギザキと共に……
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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