ギザキの戦い 〜22〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
22.瞬刻の決闘
ギザキが橋を渡ろうとした時、戦いの相手……双長剣の剣士が叫んだ。
「ノ・トワ城の姫君。我等は総てこの場にいりまする。歌を止め『道』を閉じられても、構いませぬぞ」
それは姫の喉を心配しての言葉だったが、姫は歌を止めずに『配慮無用』と言わんばかりに更にその声量を上げた。
「むぅ。要らぬ配慮だったか……」
自戒する剣士の近く……約十数歩の近くまで歩み寄ったギザキは立ち止まり、拳を胸の前で静かに合せた。
「そういう事だ。貴殿の配慮は無用。配慮なさるのであれば、即座に戦いを始める事だ」
「ん! ……んん? 貴殿は……どこか怪我でも?」
相手がギザキの姿を見て訝しがった。何故かと言えば……
「そのような呪符を……何故に幾多に……そこまで、身体中に貼られているのだ?」
相手の言うとおり、ギザキの身体中、特に楯や額の鉢巻などの防御武具には元の地金が見えぬほどまでに呪符が張りつけられていた。
「……気にするな」
「いや、しかし……。死人人形みたいで気味が悪い。生者ならばせめて顔を顕しませい」
死人人形とは死者に呪符などを張りつけ、意のままに操る方法により造られた人形。大抵は歩行等の単純動作、主に移動させる為だけに用いられるだけで、何かの判断をともなう動作(例えば戦闘等)を命ずる事はできない。故に「人形」と呼ばれている。通説に堕落した白魔導師の俗称である『人形遣い』という言葉の元である。
ギザキは相手の指摘が正しい。いや、的を射た言い回しだとは思っていた。特に鉢巻に貼られた呪符が頬の辺りまで垂れ下り、自身の視界にも差し障っているほどだ。だが……自分の身を心配する余り……いや、多分、それに加えて楯を変色させたという負目がノィエにここまで呪符を貼りつけさせたのだろう。判っている以上、無下に取去る訳にもいかない。
(しかし……無礼な。使っていい言葉というモノが在るだろうに……)
「ギザキ。そんな無礼な事を言う剣士なんて見た事も聞いた事もないわ! さっさとやっつけちゃえェェェェ!!」
背後……遥か後方の橋の袂でノィエが老執事の窘めを無視して叫んでいる。確かに生きている者に向かって『死人人形』とは無礼千万である。が……
(その無礼な言葉はオマエが言わせたんだろうが!)
心の中でノィエに悪言を吐いてからギザキは相手に詫びた。
「見苦しい格好で申訳ない。が、失礼だが、言を返させて貰えるならば言葉が過ぎる。それにこれらは戦いには差し障りは無……い!?」
ギザキの言葉が終わる前に、眼前を通りすぎる切先。鉢巻に貼られた呪符を相手がい合で抜き切ったのである。
長剣の切先が通り過ぎ……いや、相手が刀身を鞘に収めた時に眼前を覆っていた幾つかの呪符は二つに別れ、ギザキの足元に舞い落ちた。
(ほう。なかなかの手練れ。だが……)
ギザキはその一振りで相手の技量を推し量った。そして相手の弱点をも。
「これで、視界が開けたであろう? 呪符なぞを敗北の言い訳にされても困るからな」
剣を従者が捧げ持つ鞘に納め、腕を組み、凛とした立ち姿は一角の剣士である事を身をもって顕そうとする気位の高さを物語っていた。
(……要らぬモノにこだわっていたのでは……な)
「どうした? 僧侶殿。相手は即座に戦いを始めたいらしい。即座に開始の合図を!」
ギザキは鉢巻に残る呪符の切れ端を力任せに剥ぎ取ると、立会役である僧侶に開始の合図を促した。
「ふ……。死に急ぐこともあるまい。貴殿の名は? 墓銘に刻む名を聞いておかねば近衛兵としての名が折れる。名も無き者を切ったと在ってはな。さぁ、名は? それに武器が無いようだが? 丸腰の者を殺めたと言うのも我が武勲以上に我が主君の名を汚す。武器を取り来るまで待たせて貰おう……ぞ……」
相手の言葉を左右の拳を打合わせ、その重き音で遮った。
「必要は無い。我が武器はこの拳。我が名を名乗る必要も無い。何故ならば……」
もう一度、胸の前で拳を合せる。一際、重き音が辺りに響き、相手の従者達を驚かせた。
「俺は負ける事はない。故に墓銘などと言う配慮は無用。名乗る必要はない」
「……ふむ。ならば、始めようか?」
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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