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ギザキの戦い 〜19〜 2

 光と闇の狭間で戦うギザキの物語


「……」

 ノィエは言葉を失い、ただ……涙を流れるままに見つめていた。ギザキの瞳の奥を。

「……それから……何処をどう走ったのか……憶えていない。姫を……聖宝を奪おうとする敵兵から逃れようと、護ろうと、逃げた。だが……辿り着いたのは……城の裏手。物見櫓の上だった。どうして……どうしてあのような逃げ場のない場所に行ってしまったのか……よく憶えていない」

 ギザキの声は……ただ虚ろに響いていた。



「くっ! 姫! こちらに!」

 姫を物見櫓の一室、最上階の物見部屋へと導き、素早く扉を閉める。そこらにある椅子や机を閂として厳重に扉を閉めた。敵兵達が扉を突き破ろうと叩き壊そうとするが、戦に備え造られた頑丈な扉は簡単には壊れない。扉の向う……敵兵達の足場が螺旋階段という事が力を集中させずにいた事もギザキ達には幸いとなった。

 だが……それも時間の問題。

 逃げ場の無いこの塔へ逃込んだ以上、敵に掴まるのは間違いないことだった。

「何か……何処か、逃げ場は……?」

 部屋の全てを探し、生き延びる手立てを考えるギザキ。窓から外を見る。遥か城下は……紅蓮の炎に包まれ……物見櫓にも火の粉を運んでいた。そしてその外壁には……下に降りられるような何の引っ掛かりも無かった。遥か下に見えるのは……氷河の融け水が暴れる濁流として流れる峡谷。

「くっ……考えろ! 考えろ! 何か手はある筈だ! 考えろ!」

 諦めず、生き延びる手段を考えるギザキ。考えねば……師や友や王の言葉に、否、命に応える事ができない。必死に考えるギザキを、その姿を姫は……虚ろな目で見つめていた。

「……ギノ。どうして……こうなったんだろうね」

「姫! 今は生き延びる事を!」

「ずっと……ずぅっと側にいて欲しかっただけなのに。一緒に……いつも一緒にいたかっただけなのに……それが……それが……こんな事になるなんて……」

「姫! 御気を確かに。姫。姫?」

 虚ろな表情のまま……瞳からは真珠のような涙が、はらはらと零れていた。

「……ちゃんと選んだよ。選んだんだよ。目隠しして……何の印も無いんだよ? 形も同じ……重さも同じなんだよ? 私が……他の水晶玉を選べば……選べば良かったの? そんなの……いや。嫌だったの! 姫なんて呼ばないで! 私は普通でよかった。平民の子でよかった! 姫になんて生れて来なければよかった! そしたら……そうだったら……ギノ。……ギノ! 貴方と……貴方といつも一緒にいられるのに! 城なんて要らない。国なんて要らない! 全部……全部、滅んでしまえばいいのよっ! 跡形もなく! 燃えてしまえばいいんだわ!」

「姫っ! ……!」

 泣叫び暴れる姫を押さえようとした時、背後の……敵兵を防いでいた扉が破られた。

「姫! こちらに!」

 姫を背後に隠し、部屋の片隅へと逃れる。だが……逃げ場はもう無かった。

 敵兵達はゆっくりとその黒き姿を、相手の出方を確かめながら、ゆっくりと部屋の中へと入って来た。敵が手を伸ばす。剣を翳し、自分達へと……聖宝を奪おうと……


 その時、姫が思いも寄らぬ行動にでた。

「……欲しいんでしょ? コレ。こんなの。こんなモノ、くれてやるわ!」

 聖宝を……聖鏡の楯を……敵へと投げつけた。慌てて受け取ろうとした敵の手は……空を掴み、聖宝は石の螺旋階段を転げて墜ちて行った。粉々に砕けながら……

「姫! 何を……ぐぅおっ」

 振り返ろうとしたギザキの背に鈍い痛みが走った。姫が……護身用に持っていた短刀をギザキの背に突き刺し……荒々しく引抜いた。

「ギノ……御願い……一緒に死んで。私は姫だから……この国の姫だから……もう生きてはいけないから……御願い……私も……一緒に逝くから」

 止める間もなく、姫は短刀を自分の喉へと突き刺し……窓の外へと墜ちて行った。

「姫ェえぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ギザキは……何もできなかった。引止めようと伸ばした手は何も掴む事はできず……残されたギザキにできることは、せめて……せめて一緒に逝こうと窓の外へと身を踊らせる事だけだった。

 墜ちながらも……ギザキは姫を抱きしめようとしたが……姫の身体はギザキに抱かれる事もなく濁流の中へと消えて行った。



「濁流に流されて……気を失い……気付いた所は……海岸近くの中州、芦原で目を覚ました。姫がいないかと……夜の……燃え上がる街の炎の残照の中……赤黒い闇の中を捜し……見つけた」



 蒼き月明かりの下。

 姫は……既に血の気を失い、息は……絶える寸前だった。それでも……もしかしたらという淡い期待……期待だけがギザキを動かした。

「……姫、姫。姫! ……姫ぇ!」

 小さく静かに揺り動かし、小声で呼びかける。やがて……手に力が入り……強き揺動が、心の震えが小声を叫びへと……慟哭へと変えた。



「……その時、姫が……目覚めた。目覚めてくれた。ほんの少しの……間だけだったが」



「……ギノ。もう……戦いは……終ったの?」

 姫の問いにギザキはそれまでの叫びが……慟哭が喉に支えて……声にならなかった。

「……勝ったんだよね。そうだよね。だから……私に……城に戻って来たんだ……よね?」

「! ……姫?」



「姫は……あの時……あの戦いを……城が燃え落ちる前の戦い……魔物との決闘だけを姫は尋ねた。あの惨劇を……王の最後を……燃え落ちる城を……姫は……記憶から……いや、記憶を封印していた」



「大丈夫? ……怪我して無い? 何処も……。毒に……やられて無い? ……大丈夫?」

 力なく笑う姫。その笑顔には……何の翳りもなく……穏やかで……優しい笑顔だった。

「え……ええ。毒は……術者達の……法術で……防げました」

「……よかった。心配してたんだよ。寺院で……ずっと……祈ってたの。ギノ……ギノが……戦いの……準備で……忙しそうだったから……何も……話せ……なくて。私……」

 消えてしまいそうな声。思わず姫を抱きしめた。

「……痛いよ……ギノ。大丈夫……これから……ずっと……一緒に……いられ……るん……だから……あ。あれ?」

「どうしました? 姫」

「……駄目じゃない……怪我してるよ……ギノ。ほら、背中……怪我している」

 それは姫が刺しつけた傷。ギザキの背中の傷からまだ流れる血が手に触れた姫は……それをギザキの目の前に翳して叱った。

「……駄目じゃない。大丈夫、私が……癒して……上げるから。私の……白魔術も……結構……」

 自分の命が消え去ろうとしているにも拘らず、姫は……自分の命を費やす法術を……治癒の術をギザキに掛けた。

「姫……姫! いいのです。この傷は……この傷は……この傷は! ……この傷はもう法術士に……術を掛けて貰いましたから……もう直、血が止まりますから。もういいのです。姫……姫!」

 法術を掛け、仄かに白く耀く手を……穢れ無き仄かな純白に光る手を、背の傷から奪い、強く握り締めた。

「駄目よ……ギノ。駄目……」

「いいのです! もう……いいのです。姫」

「駄目よ……私を『姫』と呼んじゃ……駄目」

「え?」

「私は……私が……洗礼式を……済ませ……て……婚儀を……済ませたら……私は……貴方が……夫……なのだもの……姫と……私を……呼んだら……おかしい……わ。だから……もう……姫と……呼ばないで……名前で……呼んで……ね。御願……い……だ……か……ら……」

 力なく、腕の中から崩れ落ちる姫。

 男は……何も出来ず……ただ、姫の名を……叫び続ける事しかできなかった。



 読んで下さりありがとうございます。


 この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。


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