ギザキの戦い 〜19〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
19.崩壊
「その時、俺は……後ろで立ち上る炎を……俺は何一つできなかった。ただ……ただ、燃え上がる城下の街を。生家を。友の家を。王宮を。見つめる事しかできなかった。そして……城に向かう事だけが……俺に残された……ただ一つの……出来る事だった」
ギザキの視線は前を見ていたが、何も見ていなかった。ただ……ただ流れる涙をノィエが見つめていた。
「姫! 姫は何処に! ……おぉ! 外交大臣殿。御無事でしたか? なっ……何を?」
燃え上がる城内で姫を探し、彷徨うギザキは炎の向うに外交大臣を見つけた。剣を……老いた王の喉にひたりと付けた大臣の姿を。その足元にある骸は……老いた王妃? 見渡せば……既に動く者は他にはいない。此処に来るまでにも見得たのも燻る火に焼かれ、息絶えた城の全ての者達。警護の者達、屈強な兵士達や将が晒していた骸だけ。
その中で……何一つ傷を追わずに王に刃を向ける識者。外交大臣が……この惨劇を演出した事は即座に見て取れた。
「貴様ぁあぁぁ! 何をしているぅうぅぅ!」
ギザキの叫びに応える者は……誰もいなかった。
煙る城内。血塗られた大広間。絨毯の上に折り重なっている侍従、侍女達の骸。今、この場に生きているのはギザキと外交大臣と首に刃を突き付けられた老いた王だけ。
その王も……既に片胸を血に染めている。幾度か……直ぐには死なぬ程度に刃を突かれ、……既に言葉を発する事もできなくなっていた。
外交大臣は昂ぶる感情を……この状況を静かに説明し始めた。冷たく……地の底から響くような冷たい声で……叫びながら。
「ギザキっ! ギーザ・ノキ・ワルト! どうだ? 貴様は……貴様がこの事態を招いたという事を知っているのか? 貴様が勝たねば……勝ち続けなければ、このような事にはならなかったのだ!」
ギザキは外交大臣が何を言っているのか判らなかった。
「何の……どういう話だ? 何の事だ! どういうつもりで王に剣を向けているのだっ!」
外交大臣は……ニヤリと……憎々しく……しかし悲しげに笑った。
「数年前から使者が来ていたのだ。軍事大国のオーヴェマの使者が! 奴等はこの国には何の興味も無い。ただ……この国の聖宝を欲していた。婚儀の時にのみ現す宝を。婿に授けられる筈の宝を欲していたのだ。だから……姫の婚儀の折りに婿を……婿の候補をオーヴェマの息が掛った国から選んだのだ。誰が婿になっても聖宝は……聖鏡の楯はオーヴェマの手に渡り、この国は安泰となるのだ。平和に暮らせる筈だった! それを貴様が……貴様が打ち砕いてくれたのだ! あの魔獣を! この国、この城、諸共になぁぁぁぁ!」
「魔獣を? この国を? どういう意味だ?」
応えながらも、外交大臣の手は震え、今にも国王の喉を切り裂きそうだった。
「……貴様が、魔獣に倒されれば……いや、魔獣なぞ持込ませるような事態になる前に誰かに敗れれば……もう一度、やり直せる。婿を……婿選びをなぁ! そうすればこの国は安泰だったんだ! 満足か? 魔獣を倒せて。 満足だろうなぁ? 貴様は! 貴様が魔獣と共にこの国を討ち滅ぼしたんだからなぁ!」
喚きながら外交大臣は……後ろへと退き、宝物庫ヘと足を運んで行く。国王を人質にして。
どうする事もできずに、ギザキはついて行った。隙あらば襲いかかろうと。……だが、宝物庫の前でギザキは信じられぬ光景を見た。
「姫! 何をしているのですっ!」
宝物庫の前で姫が……扉を開け、聖宝を抱えて佇んでいた。聖鏡の楯と呼ばれる国の聖宝を抱えて……雨に打たれた仔猫のように泣き濡れて、震えて。聖宝が自分の全てかの様に強く抱きしめて。なにもできずにただ立っていた。それでも姫はギザキの姿を見止めると……駆け寄ろうとした。が、それを留めたのは……執務大臣。外交大臣の非を唱え、王に愚行を懺悔した執務大臣が敵、黒き兵装の敵兵達と共に薄ら笑いを浮かべて。
「執務大臣! 貴殿は何を? ……まさか、貴殿までもが?」
問うギザキに執務大臣は何事でも無いかのように応えた。
「そうだよ。この段取りをしたのは……私だ。意外かね? 彼らは私をこの国の次の王と認めてくれたのだ。この宝を……いや、宝と姫をオーヴェマに渡す事でな」
「皆を、民衆を……この国を焦土と化してもか! そんな手段でこの国の王になろうというのかっ!」
憤怒の感情が炎の如き叫びとなり、敵に……裏切り者達に吐き散らした。
だが、裏切り者は……何の感情をも顕さずに応える。
「そうだよ。王は権威を護る者だ。権威とは? 伝統だ。歴史だ。古式の儀礼だ! それらを踏みにじる者が王である筈も無かろう? 焦土? ふん。消えぬ炎なぞ在りはせぬ。民衆? この地は貿易に最適だ。炎が消え、船の訪れと共に人は集まるさ。如何なる時でも愚民は金に群れ集まるからなぁ! 愚民を統べる為の……その為だけの権威が、つまりはこの聖宝が在れば……いや、聖宝が無くとも権威だけが、姫だけが在れば良いのだ。権威の象徴として、人形のように美しく何一つ我侭を言わぬ姫がいれば良いのだよ。そして……権威を司る私が。判るかね? この国には、国の王には儀礼だけがあればよいのだ。貴様がもたらしたこの災厄を祓う為にはな。さぁ。姫。こちらに……その宝と共に。どうぞ、こちらへ」
執務大臣に招かれて姫は……感情を失った姫は次の間へと……奥へと歩みを進めた。敵兵達と共に。怒りに身を震わせるギザキを残して。
刹那!
老いた王が外務大臣に身を当てた。我が身を省みずに、最後の力を振り絞って。炎の中へと吹き飛ばされる外務大臣。その手に握られた刃で王の喉を突き刺して。王は喉を切られた事を何も……何事も無かったように立ち上り、執務大臣に切りつけた。自らの喉に突き刺さった刃を抜き、振り翳して……
「うわぁ!」
執務大臣が王の刃から跳び逃げる。凄まじき形相は黒き兵達をも怯ませ、王は……姫を敵から奪うとギザキの方へ突き飛ばした。
「我が王!」
ギザキの声に……少しだけ微笑んで、王は扉を閉めた。自らの身を扉の閂と化して。敵兵と裏切り者達から姫とギザキを逃がす為に、裏切り者達を閉じ込める為に扉の閂となって。
扉の前に倒れた姫を抱き起こしてギザキは叫んだ。何かを叫んだ。
だが……叫びに呼応したのは……
扉を突き通した敵の剣先。王の身体を突き刺し、重厚な扉をも貫き通した鋭き剣先。鮮血を……王の赤き血を飾りとし、鈍く低き音を響かせた無数の冷たき剣先だった。
「いゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
感情を失っていた姫が叫ぶ。
城の……国の全てを震わせて。
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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